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Case.3 牛鬼
第九話
しおりを挟む「いや! これはりつが使うの!」
「違うよ! これはぼくが先にとったんだよ!」
今からおよそ十五年前のこと。何代も〈言霊使い〉として、鬼を退治してきた杉戸家に、双子が生れた。
〈退鬼師〉としての能力が目覚めるのは、早くても七歳。彼等はまだ、その年齢には達していなかった。
「なつ、さっきもそれ使ってたよ!」
「使ってない!」
双子は、延々と喧嘩をし続けている。日常茶飯事だ。親は二人の声に気付いていたが、過干渉はしなかった。
二人が引っ張り合っているのは、小さなくまのぬいぐるみ。今にも首が千切れそうだった。
ブチブチと音をたてて、首の糸が切れていく。二人は、それに気付かなかった。
ついに、一際大きな音がして、首が切れた。
「わっ」
ぬいぐるみを思いっきり引っ張っていた凛津は、フローリングに尻もちをついた。
ぬいぐるみは無残な姿になっている。
「こ、これ……、お気に入りのぬいぐるみだったのに……」
凛津は泣き始めてしまった。
「ご、ごめ──」
「もう、なつなんて『嫌い』!」
謝ろうとした名津の言葉を、凛津は遮った。
名津が床に倒れたことに、凛津は気づかない。
「どぉしよう……。壊れちゃった……」
凛津は泣きじゃくっている。名津は、何も言わなかった。
「ねぇ、なつ……」
凛津はぬいぐるみに向いていた目を、なつの方に移した。名津は何故か、うずくまっていた。
「なつ?どうしたの?」
心配になった凛津は、もう一度名津に声をかける。だが、名津からの応答はない。
「ねぇ、な──」
凛津の指が、名津に触れたその刹那、名津は堰が切れたように泣き出した。その小さな体に、無数の傷が浮かび始める。
「え……?」
このときの凛津には理解できなかったが、それは凛津の不完全な〈言霊〉による作用だった。「嫌い」と言ったことが、トリガーになってしまったのだ。その〈言霊〉は、術者に触れたことによって、完全に発動してしまった。
「なつ? どうしたの? 痛いの?」
凛津は必死に話しかけるが、名津は答える余裕がない。凛津の声が聞こえないくらい泣き叫んでいる。
すると他の部屋から、名津の泣き声に気づいた、家の大人達が来た。双子の母親もいる。
「凛津、どうしたの!?」
「わかんない! なつが、なつが……!」
それからの大人達の会話は、当時の凛津には理解できないことだらけだった。
「凛津が覚醒したのか。それも、こんなに強力な〈言霊〉を、この年で……」
「だとしても、こんなにも名津に影響が出ますか?〈言霊使い〉同士は、術の影響を受けないでしょ?」
「それは恐らく……」
それから数日が経った。
「一族で一番早い覚醒だな。おめでとう。凛津」
杉戸家の長が、凛津に直々にそう言った。
「……なつは?」
幼い凛津の頭にあるのは、怪我をさせてしまった名津のことでいっぱいだった。あの事故があってからというもの、凛津は名津に会えていなかった。
「お前はしばらく、名津と別々になってもらうよ」
「べつべつ?」
生まれてからずっと一緒にいた双子には、酷なことだったのかもしれない。
「お前の力は、強すぎるんだ。制御できるようになるまでは、名津とは一緒にできない」
「どうして? なつも一緒にしゅぎょうするんじゃないの?」
凛津は物心ついたときから、〈言霊〉の制御の修行を、名津と一緒にと言われてきたのだ。
「名津には、〈言霊〉を操る力がないんだよ」
「なつは、しゅぎょうできないの?」
それは、十年にも及ぶ、たった独りでの修行の幕開けだった。
凛津が〈言霊〉を操れるようになるまで、能力を持たない名津が隔離された。〈言霊使い〉同士は、その術の効果を半分しか受け付けない。凛津の〈言霊〉が少し暴走したところで、家族にはほとんど影響がなかったのだ。
能力を持たない双子の片割れを除いて──。
その十年の間に、凛津は、二つのことを覚えた。
一つ目は、〈言霊〉の制御。
二つ目は、自分の感情の不完全な制御だった。
* * *
それからおよそ十年。十五才になった彼等は、〈退鬼師〉育成専門の学校──四ッ谷学園に通っていた。
「凛津! そっちに行った!」
名津の怒号が飛ぶ。名津と凛津は今、学園内に住み着いてしまった〈天邪鬼〉の捕獲を試みていた。
天邪鬼。人間の煩悩を表す象徴で、天照大神の遣いとも言われている。
その力は決して強力ではないが、あくまでも神の遣いのため、無理矢理〈言霊〉をぶつけることができず、退治は難航していた。
対峙している鬼は三匹。一匹は凛津の〈言霊〉で拘束したものの、あと二匹に手こずっていた。
「『止まれ』……っ」
凛津が〈言霊〉を使うが、すばしっこい鬼には、なかなか当たらない。弓を使う名津も、矢をつがえる前に鬼が移動してしまい、ほとんど攻撃できなかった。
そもそも鬼退治という仕事に、〈退鬼師〉としての能力を持たない名津は向いていない。だが、杉戸の家の者は全員が〈言霊使い〉であり、〈退鬼師〉の世界において一定の地位がある。この世代は凛津と名津しかいないので、せめて次の世代が生まれるまでは、名津もこの世界にいなければならなかった。
杉戸の家に〈退鬼師〉ではない人間は、今はいないため、弓矢の使い方などはほぼ独学で習得した。
二匹の〈天邪鬼〉は、キーキーとやかましく騒ぎながら、凛津と名津の攻撃を避けている。その小さい体は、的になりにくい。
攻防が二十分ほど行われた後、〈天邪鬼〉が動いた。
二匹いる〈天邪鬼〉は、互いに違う方向へ走っていく。
〈退鬼師〉ではない名津は、独りの力では鬼を捕らえきれない。どちらを追うべきか。それを迷ってしまった隙に、〈天邪鬼〉は逃げてしまった。
「……ごめん」
名津は素直に謝るが、凛津は何も言わず、首を横に振っただけだった。それが何を示しているのものは、名津には理解しきれない。
〈天邪鬼〉をもう追えないとわかった凛津は、スタスタと歩き始める。教室に戻るつもりなのだ。
名津は、立ち止まったままだった。
「あいつが上手く立ち回れないのは、オレのせいなのか……?」
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