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Case.3 牛鬼
第十一話
しおりを挟む暴走した〈言霊〉は、この辺りの物を全て吹き飛ばせるくらいの威力があった。
「あ……」
この先に広がる惨状を想像して、凛津は目を閉じてしまった。
校舎はまだ希望はあるが、この至近距離で〈言霊〉の暴発に巻き込まれた名津は、どうなっているかわからない。もしかしたら、十年前の暴発のときよりも、深手を負っているかもしれない。下手をすれば、命に関わる。
だから、ずっと隠してきたのだ。自分の感情を。
感情によって刻々と変わっていくその「言葉」は、彼女にとっての武器であり、他人にとっての凶器だった。
凛津が周りを拒絶していると、誰かが咳き込 む音がした。〈言霊〉が暴発したせいで、辺りの砂が巻き上げられて、砂ぼこりがたっているのだ。
凛津は思わず、目を開けた。
「な、名津……?」
凛津の目の前で咳き込んでいたのは、名津だった。
「なんともないの?」
「そうみたいだけど……」
何かがおかしい。あれだけ強い〈言霊〉が発動したのに、地面が抉れていないし、花壇やベンチも壊れていない。
そこで凛津は思い出した。さっき、自分を押し倒した、何かの存在に。
それは凛津の足元で倒れていた。
「桃田……澪……?」
* * *
「で、それが何だったのかはわからないと……」
会長さんにそう言われた。
「す、すみません……」
あの後倒れたらしい私は、いつの間にか学校の保健室に運ばれていた。
あのときの私は、咄嗟に体が動いてしまっただけで、自分が何をしたのか覚えていない。凛津さんを押し倒したところで記憶は途絶えている。
「杉戸君の話だと、桃田さんが〈言霊〉を打ち消したんですよね?」
「え?」
鬼頭先輩が言っていることの意味が、よくわからなかった。
私にそんな力はないはずだから。〈退鬼師〉でなければ、〈言霊使い〉でもない。
「まあ、こればっかりは我々で考えても仕方がない」
会長さんが口を挟んだ。
「校長ですか?」
鬼頭先輩の言葉に、会長は頷く。
「そうだな」
そういえば、前に会長さんが、〈退鬼師〉のことについては詳しいみたいなことを言っていた気がします。
「あれ、でも、校長先生って外国にいるんじゃ……?」
私のその問に、会長さんが答えてくれた。
「あの人はこの間、呼び寄せておいた」
校長先生を呼び寄せたって……。会長さん何者……?
すると急に、椅子に座っていた会長さんが立ち上がった。
「校長に話を聞きに行くなら、早めに行った方がいいだろうな」
「あの人気まぐれですからね。僕も何回困らされたことか……」
鬼頭先輩がここまで呆れているのも、なんだか珍しい話だ。
校長先生って、そんなにとんでもない人なの?
「澪も体調はもう大丈夫だろう? それでは早速行こうか」
* * *
「失礼します」
会長さんが、こなれた様子で校長室に入って行く。私も慌てて後に付いていった。
高校入試の面接の練習で、中学校の校長室には一度だけ入ったことがあるが、それよりも簡素な内装だ。机も、小さめなものが一つ置いてあるだけだった。
その前に立っていたのは、白髪混じりの男性だ。
「ちょ──」
初めに口を開いたのは、校長先生と思われるその男性だった。
「ちょっとちょっと、なんで今来ちゃうわけ!? まだ仕事残ってるんだけど!?」
初老の男性は、大袈裟なくらいに慌て散らしている。
「しょうがないじゃないですか。あなた、すぐに消えるでしょ」
会長さんもかなりの言い様だ。
「あ、えと、か、い、猪狩先輩……?」
この二人の温度差についていけず、取り敢えず会長さんに助けを求める。
「澪、大丈夫だ。この人のことは気にしなくてもいい」
「えぇ……?」
益々わからなくなる。
「僕これから仕事だから。さあ、どいたどいた!」
そう言って校長先生は私達を部屋から押し出そうとする。
「あ、あの!」
勢いだけで叫んでしまったので、声が裏返ってしまった。
「こここ、校長先生でございますか!?」
「へあ!?」
何なの、このやり取り……。
「僕が校長に見えるのか!?」
どうしよう……。面白くないミニコントみたいになってる。
「そうじゃなきゃ、こんなところにいませんよね?」
会長さんが的確なツッコミをする。
よかった……。このままだと、ツッコミ不在でミニコントしなきゃいけなくなってたよ……。
「そ、そんなに校長の地位が嫌なんですか?」
私の問いにも即答される。
「嫌だよ!」
圧が凄い。
「毎日毎日、書類仕事! これじゃあ何のために教師になったかわからないじゃん!」
そんなことを言われても、学生である私にはわからない。
「だから、僕は今忙しいわけ! だからもう帰ってくれる!?」
そしてまた、教室から追い出されそうになる。
「き、聞きたいのは、そんなことじゃないんです!」
私の叫びに、先生の動きが止まった。
「わ、私は、〈退鬼専門特別部〉の桃田澪です。私は、この学科に呼ばれた理由を、あなたに聞きに来たんです!」
早口で捲し立ててしまった。
先生は私を見て、なにか考えている。
「うーむ。やっぱり君は知らなかったか……」
そう呟いた先生は、壁に立て掛けてあったパイプ椅子を二脚持ってきた。用意された椅子に、私と会長さんが座る。
「君は〈退鬼師〉じゃない。それはわかる?」
「はい……」
それはもう、なんとなくわかっていたことだ。最初から、私だけがなにか違った。
「それでね、ちょっと言いにくいことなんだけど、君、人間じゃないんだ」
「え?」
突然の告白に、驚きを隠せない。
「あーと、これじゃ語弊があるか。君は〈半鬼〉って呼ばれる存在なんだよ」
「はんき?」
初めて聞く言葉だった。会長さんも知らなかったらしく、怪訝そうな顔をしている。
「そう。読んで字のごとく、半分だけ鬼のこと。片親が鬼である、もしくは鬼に取りつかれたけど、ちゃんと自分の意識がある人のことを言うね」
片親が鬼か、鬼に取りつかれているか。お母さんかお父さんが鬼だって話は聞いたことないし、取りつかれただなんて覚えはない。
「どうして私は〈半鬼〉なんですか……?」
「う~ん……。そこまではこっちでもわかんないわ」
「そうですか……」
それも当たり前な話だ。自分が知らないことを、他人が知っているはずもない。例外はたまにあるけど。
「澪は、自分が何者か知らずにここに来たんだろ?」
「そうです。推薦が来たから、それでなんとなく……」
会長さんは校長先生に向き直る。
「そんな大切なこと、どうして隠してたんです?」
校長先生はため息をついた。
「別に隠していたわけじゃない。そうすることになってるんだよ。無関係な人に〈退鬼師〉のことが知られないように、鬼に関係している人がこの〈専部〉に来るようにするためのね」
校長先生は困ったように腕を組む。
「そこに関してはちょっと申し訳なく思ってるん。ここ最近、海外の鬼の動きが活発化してるってわけで、君のところに行けなかったのが問題なんだけど……」
校長先生が海外に行っていたのって、バカンスだからじゃなかったんだ……。ちゃんと考えてみれば、そんなはずはないんだけどね。
「ところで君、なんだかおかしな能力があるよね?」
「はい?」
そんなものがあるという自覚はない。
「多分、無自覚だと思いますよ」
会長さんが助け船を出してくれるが、私には何の話しかわからなかった。
「君、前にここに現れた〈餓鬼〉を消滅させたでしょ」
それは、入学してすぐの頃の話。〈退鬼師〉の能力を間近で見てはどうかと、有馬先輩のお仕事に着いていったのだ。
「それはそうなんですけど、それとどんな関係が……?」
「いやー、〈退鬼師〉以外の人間が、鬼を消滅させるだなんて事例は、今まででもゼロなわけ。それと今日、杉戸の〈言霊〉を打ち消したでしょ?」
校長先生は、躊躇うことなく言い切った。
「君は、鬼の力と〈退鬼師〉の力を両方打ち消せるタイプの〈半鬼〉だ」
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