僕等の世界は鬼の中

悠奈

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Case.3 牛鬼

第十四話

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「やあぁ!」
  気合いと共に、〈牛鬼〉の腕を弾き飛ばす。その大きな上体は、自身の重さに耐えきれず、頭から倒れる。
  呆然とした凛津さんと名津君の顔が見える。
「ったく、無茶すんなって言ったんだけどなあ……」
  有馬先輩が、呆れたように呟いた。
「あー、お前等は無事?」
  勝手に〈牛鬼〉の相手を引き受けてしまった私のことは気にせずに、有馬先輩が凛津さん達に聞いた。
「い、一応無事……です……」
  状況を把握しきれていない名津君が答えた。
「ならいいや。で、何揉めてたわけ?」
「えっと……」
  名津君が言葉に詰まっている。その横で、凛津さんがはっきりと言い切った。

「揉めてないです」

  揉めていたように見えたけど、あえて凛津さんは嘘をついた。きっとそうだ。
  凛津さんの言葉を聞いた有馬先輩は、ため息混じりに言った。
「あっそ……。そういうことにしておくよ」
  凛津さんの感情は読めないが、名津君は微妙な顔をしている。凛津さんの真意が読めないのだろう。
「じゃあ、あいつはどうすんの?」
  有馬先輩の指の先にいるのは、さっきまで二人が相手していた〈牛鬼〉だった。
「放っておいても、多分桃田だけでなんとかできる。だけど──」

「自分達で倒します」

  二つの声が揃った。
  〈牛鬼〉を牽制していた私は急に、凛津さんに首を捕まえられる。
「後は、私達でどうにかする。ちょっとだけ、手伝ってもらうかもしれないけど」
  そのまま前線から引き剥がされた。
「り、凛津さん?  何するつもり──」
「『発動』」
  その言葉一つで、この場の空気が変わった。
「澪、ここにいたら危ない。ちょっと離れて。だけどもし、〈言霊〉が暴走したら──」
  その先の言葉を遮って、私は叫んだ。
「任せてください!  できる限りのことはしますから」
  私はそれだけを残して退避した。
  深く、息を吸う音が聞こえる。
「『汝の中に御座る鬼の芽。汝の名は〈牛鬼〉。我は芽を摘み取る者なり』」
  その言葉に呼応するように、〈牛鬼〉の角が消えていく。
「……あれ、〈言霊使い〉の中でも、できるやつそんなにいないんじゃないか?」
  凛津さんを見て、有馬先輩が呟いた。
「多分、今じゃ凛津だけだと思います。鬼の能力を、根本的に封じ込むだなんて。オレも、初めて見ましたけど……」
  要するに、奥の手ということだ。
「ただ、これじゃ術式を組み立てるのにも時間がかかるし、その分隙ができる……」
  見ることしかできない名津君が呟いた。

「なら、お前がなんとかしてやればいいんじゃねぇの?」

  有馬先輩の言葉だった。
「『宙に漂う、鬼の芽よ。永久の旅に出よ。かんこ──」
  そこで、最早鬼ではなくなっていたそれが、凛津さんの〈言霊〉の影響下で動き出した。その力を奪われぬよう、もがいているようにも見える。
  その太い腕が、大きく振り回され、凛津さんに当たる直前のところで──
  ──消えた。
  名津君だった。いつの間にか矢をつがえていた。目の前のそれは鬼ではなくなりつつあるから、普通の矢も効いたのだろう。腕を失った〈牛鬼〉は、苦悶の表情を浮かべている。
  一瞬、凛津さんの〈言霊〉が揺れた。大がかりな術式の制御は難しいのだろう。
  軌道から外れた〈言霊〉が、こちらに向かってくる。それを、私は軽々と受け止める。それができるのも、凛津さんの〈言霊〉が見えるからだ。

「『敢行は、我が名をもって』」

  追い討ちをかけるように、凛津さんが〈言霊〉を宙に放った。

  〈牛鬼〉は小さくなって、やがて消えた。

 * * *

「うん。上出来じゃないか?」
「うわっ。めっちゃ上からじゃん」
  報告を聞いた会長さんの反応と、それを聞いた有馬先輩のツッコミ。最早、儀式化してるんじゃないかと思う。
「うわぁ……。杉戸さんも桃田さんも余裕で〈牛鬼〉倒すんですね……」
  少し離れたところで、鬼頭先輩が呟いた。あくまでもこの人は鬼だから、〈退鬼師〉はなるべく敵に回したくないのだろう。
「もう、凛津と名津の心配もいらないな。……ところで、あの二人はどこに行ったんだ?」
  今更のように会長さんが聞いてきた。
「なんだか、二人で話があるみたいです」
  何の話をするのかはわからない。悪い話じゃないといいけど……。

 * * *

「どうしたんだよ?  急に『話があるからついてきて』って」
  名津は不思議そうに言う。
「……さっきの話の続き」
  さっきの話とは、昼休みの際に、名津が凛津に話したことだった、
「本当に、学校やめるの?」
  うつむいている凛津からは、感情は読めない。名津は、おもむろに口を開いた。
「オレは、やめた方がいいと思う。自分のためにも、他の人達のためにも。家には申し訳ないけど、他の家から誰かもらってきてもらえばいいし」
  最初からその方法をとらなかったのは、杉戸家の見栄のためだ。
「やっぱりオレじゃ、凛津のサポートはできないよ」
  名津は笑ってはいたが、その笑顔は苦しそうだった。
「私には、続けてとは言えない。だけど、だけど、ね……」
  凛津は、名津の手を握った。
「今まで、色んな人と組んできた。〈言霊使い〉は、一人の力だけじゃ、鬼とは戦えないから」
  その表情は、まだ見えない。
「でも、名津じゃないと、多分、私はだめなんだよ。家がどうとか、そんなのは関係ない」
  感情の揺れを、なんとか押し止める。今は澪もいない。〈言霊〉を暴発させるわけにはいかない。
「これは、ただの私の我が儘だ。だけど──」
 そこで初めて、凛津は顔を上げた。

「一緒にいてほしい」

  その笑顔は、自信に溢れているようにも、泣きそうになっているようにも見えた。

 * * *

「そうなんですか。有難う御座います」
  そう言って、私はその教室を後にした。
  凛津さんの〈言霊〉が暴走した後、マユちゃんのことを放っておいてしまったから、謝ろうと思って、マユちゃんのクラスを覗きに来た。凛津さんも名津君も、「そんな子は見ていない」と言っていたから、心配だった。
  そこまでなら、まだよかったんだけど、どうやらクラスにも帰ってきていないらしい。
  どうしたんだろう……。あのとき、何かあったのかな?

  突然私の前に現れた、不思議な子。嵐みたいな子。
  彼女は一体、どこへ行ったのだろうか?

──彼女は一体、何者なのだろうか?
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