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Case.3 牛鬼
第十三話
しおりを挟む「あ、有馬先輩……。これ、反則じゃないんですか……?」
「こいつ等は生憎、人間の常識は通用しないんで」
〈牛鬼〉は、想定外の強さだった。その口から吐き出される毒に、中学生の子達は、全く歯が立たなかったらしい。
「心配することねぇよ。『あいつ』よりはましだ」
有馬先輩の言う「あいつ」とは、〈酒呑童子〉のことだろう。そんなに強い鬼と戦った先輩がそうやって言うんだから、大丈夫だ。
「先輩のお札って、あいつの毒を相殺できるんですか?」
「まあ、完全にとは言わないけど……」
「じゃあ、本体は私に任せてください!」
「あ、おい!」
私はそう叫んで、〈牛鬼〉に突進した。
〈牛鬼〉が毒を吐く。紫色の、いかにも毒々しい霧だ。
私は薙刀を一振りする。霧は、完全にはなくならなかったけど、突破口はできた。
それに追い討ちをかけるように、先輩のお札が飛んでくる。それは宙を舞い、〈牛鬼〉の毒を吸い込んでいく。
少し観察して気付いたことだけど、この〈牛鬼〉は、一度毒を吐いてからその次の毒を吐くまでの時間がかなり長い。
一度の攻撃さえ防いでしまえば、こちらが勝ったも同然だ。
そのまま、〈牛鬼〉の懐に飛び込む。〈半鬼〉の力は相当強いものらしく、薙刀の一振りは〈牛鬼〉にとって重いもので、その退路を確実に狭めていく。
〈牛鬼〉の正面に入った。
──……もらった!
そう確信して、〈牛鬼〉に突っ込んでいく。
その刹那、閉じていたはずの、〈牛鬼〉の口が開いた。
「え……?」
ま、まさかのここで攻撃ですか……。
だなんて、悠長に考えている時間はない。いや、そんなことを考える隙もなかった。
吐き出された毒がそのまま、何かに吸い込まれていく。
「有馬先輩!?」
「そんなのいいから、さっさとやってくれ!」
嬉しくなって顔を上げた私に、有馬先輩からの怒号が飛ぶ。
これで、〈牛鬼〉は当分攻撃ができない。決着をつけるなら今だ。
私は薙刀を振った。〈餓鬼〉と戦ったときとは違う、ちゃんとした形で。
薙刀が〈牛鬼〉の脳天に当たると、〈牛鬼〉は何も言わずに倒れた。みるみるうちに、体が小さくなっていく。
「俺等の仕事は、これで終わりだな。これなら当分、こいつが暴れるようなこともないだろ」
〈牛鬼〉の様子を見た有馬先輩はそう言った。
「前から気になってたんだけどさ」
「はい?」
改まって言われたのは、こんなことだった。
「お前って、戦闘になると性格変わるよな」
「へあ!?」
どどどどど、どういうことですか!?
「あれ、無自覚?」
「む、無自覚も何も、変わってないと、思います……よ?」
若干自信がない。
「いやいや、変わってるって」
「そ、そんな……」
そんなことってあるのでしょうか? あ、でも思い返してみると、そんな気がする場面がちらつきます。
え……。嘘でしょ……?
私が独りであたふたしていると、どこからか大きな音が聞こえてきた。
「にぎゃぁぁああ!?」
「あ、戻った」
先輩……。そこで冷静なコメントしないでくださいよ……。
そんなことはとりあえず置いておいて、私はその音が聞こえてきた方向を見てみた。
「……これ、凛津さん達じゃないですか?」
「多分そうだろうな」
凛津さん達が鬼に苦戦しているとは考えにくい。私でもそんなに苦労しなかったのに。
そう思ったけど、さっきと同じような音がもう一度聞こえる。
「大丈夫……ですよね……?」
不安になって、思わず聞いてしまった。
「どうだろ……。そもそも今の代の専部って、術者だけで戦えるかって言われたら微妙なんだよ。ほとんどの能力がサポートに振り切ってるし」
確かに、有馬先輩の〈お札〉も、凛津さんの〈言霊〉も、決定力があるとは言い難い。
しかも、凛津さんと一緒にいるのは名津君だ。鬼には〈退鬼師〉の術以外の攻撃は、ほとんど効かない。気休め程度にしかならない。
「先輩、あの……」
「わーってるよ」
先輩は、その先の言葉を汲み取ってくれた。
「でも、俺は猪狩みたいに連戦できるほど強くねえからな? 無茶はするなよ」
先輩は呆れながらも、そう言ってくれた。
「ありがとうございます!」
* * *
同じ頃。凛津と名津も、〈牛鬼〉を相手にして戦っていた。
澪や有馬の予想通り、二人は苦戦していた。凛津の〈言霊〉を、〈牛鬼〉の毒の霧が打ち消してしまう。澪達が対峙した〈牛鬼〉より強い個体のようだ。攻撃間隔も短い。
名津の矢が、空気を裂くように飛んでいく。それは〈牛鬼〉の体には当たっているものの、大したダメージは与えられていない。
「くそっ……!」
前で凛津が応戦しているのに、自分は役に立っていない。それは、とてつもなく歯痒い思いだった。
──どう攻める?このままだと、あいつを倒す前に、矢が尽きる……!
そう考えたせいで、名津に隙ができてしまった。〈牛鬼〉が毒霧を吐く。
「まずっ……」
「『止まれ』!」
凛津がそう叫ぶと、霧の動きは止まった。
動きが止まっただけで、その作用はいつまでも続く。だが、言葉を間違えてしまった凛津にはこれ以上どうにもできない。この状態での〈言霊〉の重ねがけは不可だ。
「ごめん」
「……謝らなくていい」
また、凛津は名津の言葉を否定する。
「だけど……」
否定しようとする名津は、うまく言葉が出てこない。
「……やっぱり、オレじゃない方がいいんじゃない?」
「え?」
神経が研ぎ澄まされた戦闘下。気を付けなければ聞こえないような音も、耳に入ってしまう。
「どうして、そんなこと──」
その言葉は、名津によって遮られる。
「どうしてって、凛津、オレのこと気にしすぎて、全然動けてないじゃん。だったらオレなんか、いない方が──」
「名津、後ろ……!」
青ざめた顔で凛津が叫ぶも、一拍遅く、〈牛鬼〉の太い腕が、名津の頭上にあった。
世界の時間が、遅くなったような気がした──。
「やあぁ!」
鋭い気合いと共に飛び込んできたのは、澪だった。
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