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第二章
第八話
しおりを挟む神社に戻って、一番最初に声をかけてきたのは桐だった。
「遅い!」
桐は小学三年生で歳は六つ離れているはずなのだが、かなり上から目線で話してくる。俺の反応が面白いのか、その姿勢は絶対に崩さない。普段は機嫌を損ねない程度に相手をしてやっているけど、今日ばかりはそんな気分にはなれなかった。
適当に返事をすると、調子を崩されたのか不機嫌そうな顔になる。けど、なにも言い返してはこなかった。
また桐が変なことをしでかしたのかと思ったのか、咲姫が顔を出してきた。
「今枝君おかえり……って、その首どうしたの?」
「首……?」
思わず聞き返す。
咲姫がなにを言っているのかを理解するまで時間がかかってしまった。
そうだ。気絶するまで首絞められてたんだっけ。
「あー……その……」
なんて説明したらいいかわかならかった。
生身の人間にやられたわけじゃないから、まさか痕が残っているとは思ってなかったし、そもそも、その後のことで頭がいっぱいで忘れかけていた。
俺の態度で、咲姫はなにか察したようだ。
「……こっち来て」
「うわぁ……。真っ赤になってる……。痛くないの?」
差し出された湿布を受け取った。
「今のところは大丈夫。気付かなかったくらいだし」
「絞められたのに?」
普段は鈍感な彼女にしては鋭い指摘だった。
「桐は気付かなかったかもしれないけど、私はちゃんと気付いてるからね? 殺されかけたんでしょ? 誰に?」
温厚で、なにを考えているのかわかりづらい彼女にしてはありえない問い詰め方だ。
「……わからない。なにも、みえなかったから」
「え?」
嘘はついていない。
あの影に襲われたのは事実だし、それは穂積だと思っている。でも、確実な証拠ではない。自分の眼で見たわけじゃない。
「気が付いたら、神木に叩き起こされてた」
そう言っても、咲姫は疑いの目でこちらを見ている。
彼女が口を開こうとしたとき、襖が開く音がした。
「おうおう、青少年達よ……。兄ちゃんは悲しいぞ……?」
こんな話し方をするのは十羽さん以外誰もいない。
「お兄ちゃん、聞いてたの?」
「いや、なぁんにも」
咲姫がつんのめった。
ここは聞いてるのが「お約束」なんだけどなぁ……。
「そんなことより君達。僕がせっかく作った晩飯が冷めてしまうよ! 早く来たまえ!」
十羽さんはしゃもじを振り回している。一体何歳なんだ、この人は。
「すみません。今行きます」
中途半端なところでお開きになってしまった。
* * *
「一希! 起きてよ、一希!」
甲高い声が耳の中をこだました。
「おーきーろー!」
身体を力いっぱい叩かれた衝撃で、完全に目が覚めた。
目の前に、小学生の頃の穂積がいる。
「あれ穂積? おれ、寝てた?」
自分の声がやけに幼く聞こえた。恐らく穂積と同じ年齢なのだろう。
「そうだよ! さっき鉄棒から落ちて、それからずーっと! 一希が死んじゃったかもって、聖も南帆も心配してるんだよ!」
頭を打ったときは身体を動かしてはいけないと知らない子どもがすることだ。物凄く肩を揺さぶられる。幸い怪我はたいしたものではなかったらしく、俺はそれなりに冷静だった。
しかし、穂積は落ち着いていられなかった。
「かずきぃ~……」
突然泣き出した。
「穂積? どうしたの? ご、ごめん……」
自分が原因で穂積が泣き出したと思って、頭で考えるより前に謝った。
少し泣いて落ち着いた後で、穂積は赤い目をして突拍子もないことを言い出した。
「ねえ、一希。あの世ってどうなってると思う?」
確か穂積は、一ヶ月前に飼い犬を亡くしたばかりだ。そんな言葉が自然に出てきてもおかしくない。
「…………」
恐らくこのときの俺は、あまり「死」という概念を理解していなかった。だから、いくら考えても答えは出ない。
「一希に聞いたらわかると思ったんだけどなぁ……。だって一希、なんでも知ってそうだもん」
「ねえ、おれ達って、死んだらどうなるの?」
最後の台詞は、誰が言ったのかもわからなかった。
* * *
ジリジリジリ……。
ぴったり六時半。目覚まし時計のベルが響いた。
「……夢か」
どうして俺はこうもがっかりしているのだろう? 自分はあんな子どもじゃないし、穂積達ももういない。どうして今更……。
鉄棒から落ちた日か。確か小学二年とか、それくらいのときだった気がする。授業でなにをしていたかは記憶にないけど、穂積に叩き起こされて泣かれた記憶は鮮明に残っている。
──死んだらどうなるの?
この言葉も、しっかり残っていた。あの後、誰がなんて答えたんだっけ? 肝心なことは思い出せない。
「やあ一希君。お目覚めかい?」
懸命に頭を回していたせいか、声をかけられるまで気が付かなかった。十羽さんだ。声でわかった。
「おはようございます」
「うむ。早く起きないと、学校に遅刻してしまうぞ☆」
十羽さんはおどけた調子で言って、咲姫さんを起こしに行った。
「え? 野球ボールが全部グラウンドに転がってた?」
その日の始業前、神木からそんな話を聞いた。
「そうそう。昨日の夕方にはなにもなかったはずのグラウンドに、野球ボールがばーっと。おかげで野球部の奴等はこっぴどく叱られたってよ」
「でも昨日、ちゃんとグラウンド整備したよな……」
昨日は俺が原因で、サッカー部は最後に下校しているので、グラウンドの状態も知っている。そこに転がっていたのは、無数の小石と砂だけだった。
「そんなに気にするようなことじゃないと思うけど。誰かのいたずらじゃない?」
そう言うと、神木は首を横に振った。
「いやいや。俺はポルターガイストだと思うぜ」
「はあ……」
そういえばこいつ、この辺りは出るって言ってたっけ。条件が揃えば視える体質だから、そういう冗談はなしにしてほしい。幽霊──死んだ人の魂というものは、あまり見ていて気持ちのよいものではない。
でも、もしかしたら本当に……。
そのとき、大きな破裂音と女子の悲鳴が教室に響いた。
「お? なんだなんだ?」
神木はなぜか嬉しそうに身を乗り出している。
「え……?」
それを見た瞬間、静かになった。
「窓……割れてる……。全部……?」
その言葉に驚いて周りを見渡してみた。確かに、この教室に面する窓が全て割れている。幸い怪我をした人はいないようだ。
目になにかが入ったふりをして眼鏡を取ってみる。あの影がいるかもしれない。
案の定それはいた。今度は顔もはっきり見える。
「穂積!」
反射的にそう叫んだが、一足遅かった。ゆらりと揺れて、どこかへ消えてしまう。追いかけることもできない。
呆然と立ち尽くしていると、名前を呼ばれた。
「今枝君、ちょっと来て」
眼鏡をかけ直して振り替えると、咲姫が真剣な表情をして立っていた。どさくさに紛れて友達のところを抜け出してきたのだろう。そのまま廊下に連れて行かれた。
「あの影、見えたよね? 心当たりある?」
無言で頷いた。
「さっきの──『ホヅミ』って人?」
「そうだと思う。さっき顔が見えた」
「今枝君、その人と仲が悪かったりした?」
咲姫が質問を重ねてくる。
「よくも悪くもなかったかな。あの集落じゃ、あまりにも仲悪い人いたらやっていけないよ」
「そっか……」
咲姫は思い当たる節があるのか、考え込んでいた。
「今枝君と仲が悪かったのであれば、単純に復讐とかに走った可能性もあった。けど、その線は薄そうだね。だとしたら……」
「この間言ってた怨霊、とか?」
咲姫は否定しなかった。
「まさか、あいつ──」
「まだ」
彼女はその先の言葉を遮った。
「まだ、大丈夫。助けられるから──」
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