魂の封術士

悠奈

文字の大きさ
9 / 63
第二章

第九話

しおりを挟む

  その後、穂積が現れることはなかった。特別なことはなにもなく、いつも通りに授業が終わった。
  割れた窓も、不幸なことにその瞬間を見ていた人がいなかったために、曖昧に片付けられてしまった。

  そしてそのまま、次の朝を迎える──。

  翌日、早朝。
「やあ一希君」
「あ……。おはようございます」
  フォーエバーこと十羽さんがしゃもじとフライパンを手に現れた。
  いやそれはおかしくないか?  今までなに作ってたんだろ。
「あのねー……。君に頼みたいことがあるんだ……」
  居候させてもらっている身としては、なにを頼まれたとしても断るわけにもいかない。結構沈んでいるのが気がかりだ。
「あのね、朝ご飯作るの手伝ってくれない?  僕、寝坊しちゃった……」
「は、はあ……」
  意外とありがちなことに拍子抜けしてしまった。なぜこの人はこんなに落ち込んでいるのだろうか……。
  承諾の意を伝えると、彼の顔が輝いた。

「ねえねえ。今枝君て、主夫でも目指してるの?」
  登校中、咲姫がそんなことを聞いてきた。
「別に目指してるわけじゃないけど……。それがどうした?」
「いやぁ……。料理のスペック高いなあって……」
「ああ、それね」
  そりゃ母親いないわ、父親はすぐいなくなるわだったら、嫌でもスペック高くなるよ。おかげで、家庭科の成績はいつも最高評価だけど。
「調理実習そろそろやるよね?  今枝君と同じ班にならないかなぁ。楽できるし。私、料理とか全然できないの」
「そりゃどうも……」
  楽かもしれないけど、咲姫の成績もスペックも上がらないんじゃないのか?
「……教えてあげるけど」
「むむ……。男の子にそんなこと言われるのなんか屈辱」

 * * *

  この日は何事もなく、あっけなく終わった。
  窓が割れたみたいな大事どころか、昨日の朝みたいないたずらもなし。ポルターガイストなんてもってのほか。
  平和なのはいいけど、少し怖い。嵐の前の静けさみたいなやつじゃないといいけど……。
「えー、来週からの中間テストですが──」
  担任の長ったらしい話を聞き流す。テストと聞いて思い出すのはやはり穂積のことだ。成績が結構近かったから、よく競いあったっけ。まあ、そんなに褒められた出来ではなかったけど……。
  そう思うと、急に懐かしさと寂しさが襲ってきた。
  まさか三週間前まで当たり前だったことを懐かしく思うなんて。失って初めて気づくとはこのことか。
  緩みそうになった涙腺を隠すために顔を伏せた。

「おーい、一希!  部活行かね?  てか入部しようぜ!」
  話しかけてきたのは神木だった。気持ち悪いほどにこにこしている。
「行かないし入部もしない。だから俺、そんなに運動できないって」
  そう言っても神木は食い下がる。
「そうか?  そうは見えなかったけど」
  そりゃあ昨日は見ていただけで大したことはしてないからな。それだけでもこっちはかなり疲れたんですよ。
「……ごめん。今日は帰る」
  神木が残念そうに「えー……」と言っているのを聞きながら席を立った。

  まさにその瞬間だった。

「今枝君後ろっ……!」
  咲姫の鋭い声が響く。
  驚いて振り返ると、黒い影をまとった人影が目の前に迫っていた。目前で起きていることに理解が追い付かず、咄嗟に動くことができない。
  そんな隙を、彼は逃さなかった。
  本当に、あっという間の出来事だった。

  その瞬間、そこにいたはずの俺はいなくなっていた。

 * * *

「ねえ、おれ達って、死んだらどうなるの?」
  子どもの声が頭に響く。
「死んだら?  そうだなあ……」
  その声は、予想だにしないことを言う。

──皆を、傷つけるんだよ。

  やけに生々しい声だった。

 * * *

「なにあれ!?  どうしたの?」
  今枝君が消えて、教室が一気に騒がしくなった。帰り際で人がいないはずなのに、何十人もここにいるような騒ぎようだ。
  パニックになっている友達をなだめながら私は考えた。
──あれは誰だったの?  今枝君の知り合い?
  「怨霊」という単語が頭に浮かんでいる。
  そうだ。昨日の会話──。
「……『ホヅミ』って人だ」
  幸い、友達は落ち着きを取り戻しつつある。彼女を他の子に託した。
「ちょっと咲姫。どうしたの?」
  彼女は青ざめた顔で言う。
「うん?  大丈夫だよ、危ないことはしないから」
  私はそのまま教室を出た。

 * * *

  黒い影が見える。恨みをはらんだ、黒い影が。
「なあ……。お前、俺のことそんなに嫌いだった?」
  その影──若山穂積の亡霊はなにも言わない。ただ、ひとりでにゆらゆらと揺れている。
  こいつはなにもしないし、俺もなにもできない。
「お前は、なにがしたかった?」
  問いかけたところで、影は答えるどころか、動くこともしなかった──。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

処理中です...