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第二章
第十話
しおりを挟む私もこの間まで知らなかったことだけど、水原と雲谷は案外近くにある。水原の集落があまりにも排他的だから、交流が全くなかっただけなのだ。
雲谷と水原を行き来する上での一番の障害は、そこにそびえ立つ山だった。そんなに高くはないけど、急いでる身としてはあまり嬉しくない。
「さすがにこれは……」
私──小和田咲姫の目の前には、山という名の大きな壁が待ち構えている。これを登るべきか、二時間に一本あるかないかわからないバスを待つべきか。
考えること、およそ二秒。
「バスなんか、待ってられない」
そこに山があるから、人は登るのだ。
……というよりは、整備されたバス用の道を辿るだけなんだけどね。
「ホヅミ」はまだ、怨霊にはなってない。怨霊は見境なしに人を襲うけれど、あれは違う。一度手にかけようとした今枝君を殺さなかった。
だけど、次は大丈夫だという確証はない。
私には魂を壊すことはできても、彼のように魂を救うことはできない。だから、彼を──今枝君を見つけなきゃいけない。
ようやく林が開けてきた。次の景色が見える。火事場の馬鹿力とかいうやつのおかげか、案外早く着いた。
太陽は、だんだんとその高度を落としていく。
集落にはほとんど人はいなかった。不気味なほどに、誰もいない。
そういえば前に今枝君が、この集落にはおじいちゃんおばあちゃんしかいないみたいなことを言っていた。それなら尚更、この時間は人がいると思うけど……。不気味なのは変わらない。
予想に反して、人を見つけるのに苦労してしまった。
ようやく見つけた集落の人に挨拶もせず、私は叫ぶ。
「あの、水原中学校ってどこですか!?」
* * *
穂積がどうしてこんなことをしたのか、こんな場所──水原中学校に俺を連れて来たのか、わからなかった。
「お前は、なにがしたかった?」
穂積はなにも言わない。
顔は見えない。なんとなく「彼」だとわかるだけで、なにを考えているのか、どんな表情をしているのかすら見えなかった。
互いになにもできずに立ちすくんでいると、不意に穂積の影が揺らいだ。
あっと言う間もなく絡みついてくる。
「……デ……ガ……」
それから伝わる声はとても小さくて、上手く聞き取れない。
声に気をとられた瞬間、影に押し倒された。その拍子に、地面に身体を打ち付ける。
影は馬乗りになり、俺の動きを制限してから再び呟く。
「なんで……お前……ガ……」
「…………?」
こいつに恨まれるようなことをした覚えはない。
そんなことがあったら、この集落で生きていけないのは、お前も知っているだろう?
「なんデ……」
掠れた穂積の声だけが、だんだんと大きくなっていく。
「なんデ、お前ダけガ……」
「…………」
──お前だけが、生き残った。──
脳裏にあの日の映像が流れてくる。忘れるはずもない、あの日、最後の会話。
「え……。お前等もう志望校決めてるの? まだ三年の始業式なのに?」
それを聞いた竹田が胸を張った。
「当たり前だろ? どうせここから出ないといけないわけだしさ。早めに考えとかないと。時間切れになるの嫌だし」
限界集落に限りなく近いこの集落には、高校はない。進学でも就職でも、ここから出るしかないのだ。農業をするのであれば、別の話だが。
「……そうなんだ」
「お前はどうなの?」
「まだ、なにも。俺も早く考えないとな」
そうは言ったものの、俺には行きたい高校なんてなかったし、将来の目標なんてもっての他だった。
「へー。聖もそんなこと考えるんだ。意外」
そこに絡んできたのは穂積だった。
「意外ってなんだよ!」
「意外なものは意外なんだよ」
中学も残り一年を切ったというのに、二人で小学生みたいな話をしている。
「じゃあさ、穂積はどうなの?」
竹田にそう言われた穂積は、得意げに答えた。
「オレはとっくの昔に考えてるもんね! だからお前等に置いてかれないように頑張ってるんだ!」
「テストの最下位争いを?」
竹田が地雷を踏んだ。
そうだ。あの後、あんなことになったんだ。皆、楽しそうにしていたのに。
穂積だって、他の奴等だって、なにかしら目標があった。目指したいものがあった。
なのに、俺はどうだったんだろう?
目の端に、影が映る。
眼鏡のフィルターを通していても、それははっきり見えるようになってきた。
穂積が俺に話を振る。
「一希はどうなの? こういうの、一番考えてそうじゃん」
「…………」
それにすぐ答えることはできなかった。後ろで、「俺がさっき聞いたのに……」と竹田が不満げに言っている。
「俺はまだ、考えてない」
その答えは三週間経った今でも出せずにいる。当たり前か。そんなことを考える余裕も機会も、意思もなかったんだから。
影が大きく振りかぶった。
「なんデ、お前ダけが生き残ってルんだ……!」
どうして俺だけが生き残ったんだろう?
影を見ながら、ぼんやりとそんなことを思った。
「駄目……。『ホヅミ』さん、待って!」
そこに飛び込んできたのは咲姫だった。
集中を乱された影は、目標を見失う。咲姫も、口は出しても手は出さない。
「待って。嫌だ。まだ、間に合うから──」
それを口にした彼女は、穂積の足元に複数の札を投げた。
穂積は小さく呻く。その一瞬の隙に、咲姫は俺の腕を掴んできた。
「今枝君、大丈夫?」
青ざめたその顔は、明らかに俺よりも冷静さを欠いている。
「俺は大丈夫だけど……」
そっちの方が心配だという言葉を呑み込んだ。それは今、彼女にかける言葉じゃない。咲姫も、次の言葉は出てこないようだ。
「誰ダ……。お前、誰ダ……!」
絶好のチャンスを失った穂積は激昂している。
咲姫は自分を落ち着かせるためか、深く息を吸った。
「私は、『呪いの封術士』」
「封じル……?」
「そう」
咲姫は俺の方を見た。
「それは私の役割じゃないけどね」
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