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第三章
第十七話
しおりを挟む「成仏なんかさせない。まだ、大丈夫でしょ?」
「…………」
怒ってる。まさか、南帆が?
確かにこいつは、「自分は」まだ成仏したくないと言った。だけど、なんで……。なにを考えている?
なだめないと。もう、樹の時間は長く残されていない。
時間がない。けど、こいつになんと説明したらいいんだろう。
「……もう、そんな悠長なことを言ってられないんだよ」
その態度が、彼女を怒らせてしまったのかもしれない。
「本当は、一希もそんなことしたくないんでしょ?」
図星だった。
「いつものあんたを見てるとわかるよ! ずっと、不本意なことをしてるって。なのに、なんでそんなことをするの!?」
彼女は怒っていた。
そうだよ。できるのなら、そんなことしたくない。だけど──。
「──……天秤にかけた、結果だよ」
選択肢は、二つも三つもない。これしかないんだ。
わかってくれとは言わない。そんなこと、言えない。
「私は、まだ、皆でやりたいことがあるの。こんなところで、諦めるわけにはいかない」
南帆はぼろぼろと涙を溢している。
このまま、樹も魂のままでいれたら、どれだけよかっただろうか。
そもそもあの日、あんなことが起きなければ……。
「一希、南帆。もういいよ」
「……樹?」
そこに現れたのは樹だった。
「いっくん、なんで……」
南帆も驚いていた。瞳を落とさんばかりに、目を見開いている。
「ねえ、待ってよ……。どうして? どうしてそんなこと言うの?」
南帆は樹を前に崩れ落ちた。
「嫌。絶対に嫌だ。私が、皆を見つけるから、もう少しだけ待ってよ……」
すがるような目を、虚ろな穴はどう受け止めたかはわからない。
でも樹は、南帆の方を見なかった。
「一希」
それだけ。それだけだった。
こいつがなにを考えているのかも、なにを望んでいるのかも、それだけで、全部──。
「僕は、別に彼女がほしかったわけじゃないよ」
「え……」
樹は語りだした。
「南帆と一希が羨ましかったのは確かだけど、別に全く同じじゃなくてよかった。一度くらい、誰かの一番になりたかったな……」
クラスのムードメーカーはずっと、南帆と竹田だった。こいつも底がないくらい明るい奴だけど、どうしても霞んでしまう。
誰とでも仲良くできる奴。だけど、絶対に「一番」にはなれなくて──。
「ごめん……。気付いてやれなくて」
人の形をしていない魂は、表情が変わらない。だけど多分、笑っていたのだろう。声が、そんな感じだった。
「大丈夫」
ああ。こいつはもう、心配ない。
迷いが晴れたわけじゃない。寧ろ迷いしかない。
それでも、こいつが望むように送ってやれるのなら──。
* * *
「いっくん、ほんとに逝っちゃったの?」
「うん」
自分がしたことは、間違っていたとは言わない。だけど、正解だとも思えなかった。
南帆の気持ちだってわかるよ。このままさよならでいいはずがない。
「ねえ、一希。他の皆は? 聖や綾や、弘音や穂積は?」
「…………」
南帆は立ち上がって、俺の目の前に迫る。瞳孔が開ききっていた。
「竹田達の行方はまだ掴めていない。だけど、穂積は──」
「──……そっか。一希ってそんななんだね」
「な……」
その言い方に、無性に腹が立った。
「そんなこと言ったって、あいつは……!」
彼女の冷たく光る目に、怯んでしまった。
「あいつは、樹よりも酷かったんだ。あと一歩遅かったら、どうなっていたかわからない」
南帆はなにも言わない。表情一つ崩さずにこちらを見ている。
あれさえ、あんなことさえなかったら、こんなことにはならなかったのに。
たらればばかりを考えてしまう。こんなこと、誰も望んでいなかったのに。
「もういいよ。わかった」
南帆はそう、静かに言った。
「あとの三人は、私が探す。あんたとは別の方法で」
──半端なあんたには、できないもんね。
声には出していなかったけど、口がそう動いていた。
それだけ言って、彼女はどこかへ行ってしまった。物理的制限のない魂は、どこへでも行ける。
追いかける気力はなかった。
「そうだよ……。俺は、お前みたいにはできないよ……」
声が震えるだけで、涙は出ない。薄情な奴と言われても仕方がなかった。
あいつ等が、水原の奴等がそこにいることが一番だって、言ってやれないんだ。
だって、俺だけは、あの集落の生まれじゃないから。
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