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第七章
第三十七話
しおりを挟む「あに……さま……?」
姉は瞬く間に拘束された。それも血の繋がった、実の兄に。
兄はゆっくりと姉に近づいた。
「お前はもう少し、静かにしていられないのか?」
「……どういうこと? 別に私、騒いでなんかないけれど」
兄は堪えきれずに笑いだした。野太い男の声がこだまする。
「俺はそういうことを言いたいんじゃない。聞き方を変えよう。俺の依頼は魂を封じること。どうしてその先に首を突っ込むんだ?」
「…………」
これだけで、兄が帝の兄弟達の魂に関わっていることは明白だった。
「兄様……。一体なにをしたの?」
姉は怒りを滲ませている。
「俺は主上の願いを叶えてやっただけだよ」
主上の願い。それは共に帝の座を狙う兄弟達の抹殺。それしか思い浮かばなかった。
そして術者は、それを悟られずに実行することが可能なのだ。
だがここで、一つ疑問がある。姉の力──魂を成仏させる力と兄の力はほぼ同種のはずだ。兄はどのような方法を用いたのだろう。
「なあ和子。お前、なにか勘違いしていないか?」
兄の声で我に返る。
「俺の力とお前の力、対象が同じだけの別物だぜ?」
姉が息を呑む音がした。
姉と兄はもう十年近く会っていない。その間に力が進化することは十分に考えられる。
「俺の力は、お前とは反対の力だ」
「魂を……身体から取り出す……?」
ぶるりと身体が震えた。そんな非道なこと、あってはならない。
「ただここで一つ問題が発生する。生きた人間から魂を取り出すと、一刻(およそ三十分)で身体は死に絶える。そうなった場合、魂が怨霊化する可能性がぐっと上がるんだ」
怨霊とそうではない魂との違いは、人を襲ったか否か。姉がここ数日で成仏させた魂は怨霊ではなかった。
「国の中心の街で、普通の人には見えないにかが人々を襲っているとなったら、帝は責任を取るしかない。だがそうなる前に、お前を使ったのさ」
帝に近い聖職者には策が露見する可能性がある。そこで兄は一線を退いた姉に役目を押し付けた。
姉の力であれば、魂が怨霊に限りなく近い状態であったとしても、成仏させることができる。兄はそれを利用したのだ。
姉の力を、魂を成仏させる──怨霊を封じる力とするのならば、兄の力は怨霊を作り出す──魂を呪う力なのだ。
「兄様はこれからどうするつもりなの?」
弟としては自分が置かれている状況をどうにかしてほしいが、それは不可能だ。兄はなにかの術で姉を完全に拘束している。姉自身はそこから抜けられないし、私には兄に対抗できるほどの力がない。
「俺はこれからも今の帝についていくよ。この頃大暴れしている豪族に引けをとらないようにな」
この時代、街を治める朝廷の力は弱りつつあった。栄華を極めた十数年前に比べ、政治の質が悪くなっていた。
そこに現れたのがある豪族だった。彼は国中を駆け回り、各地の豪族をどんどん支配していった。
兄はその豪族に真っ向から勝負しようと言っているのだ。
「やめておいた方がいいよ」
兄よりも立場の低いはずの姉は強気に言う。
「兄様、帝はその豪族とやりあおうだなんて思っていない。それどころか、一定の地位は授けるつもりだよ」
その言葉で兄の機嫌が悪くなったのは明白だった。
「……なんだと?」
「だから言ってるじゃん。やめた方がいい」
「姉様」
強めに声をかけたが、一蹴されてしまった。
「口出ししなくていい。あんたは黙ってて」
姉に強く言われたのは初めてだった。言われた通りに口をつぐむ。
「私ね、ほんの少しだけ未来が見えるの。月夜叉にはそんなものまやかしだって言われたけど、それが嘘だって証拠はない」
なんだか楽しそうだった。
「この状況にも見覚えがあるよ。まあここにいたのは、兄様でも夜叉でも私でもなかったけどね」
次の瞬間、姉は信じられないことを言った。
「兄様がしたいことはもう見え見えだよ。……私の魂を呪いたいんでしょ?」
「…………」
今度ばかりは口出しせずにはいられなかった。
「姉様!」
ぎろりとした目がこちらを向く。
「それは聞捨てなりません! あなたは戻らなくては!」
私のためではない。政治のためではない。勿論兄のためでもない。
一人娘のためだ。
「やーしゃ」
幼子をなだめるような声が響く。
「言ったでしょ? 娘のことは宜しくねって」
「ですが……」
「昔からお兄ちゃんは私に振り回されてばかりだったもん。今くらい、我が儘聞いてあげなくちゃ」
そんな子どもじみた考えで……。それを言葉にすることはなかった。
兄は心配性だった。それは姉を心配してのことではなく、兄自身の心配をしていたのだ。自分が妹に抜かされていく恐怖。兄はそれに抗えなかったのだ。
私は兄のことが苦手だった。本来なら、私が二人の橋渡しをしなければならなかったのに。
自分の無能さが恨まれる。
「もういいよ、兄様。やって」
姉は笑っていた。
兄は懐から細長い紙を取り出す。私や姉が使うものと同じものだった。
「さらばだ、妹よ」
その後、帝は姉が言った通りの行動をとった。
朝廷はどんどん力を失い、征夷大将軍──俗に将軍と呼ばれる者が政治を掌握する時代になった。
兄は帝の命令を無視し、どこかの豪族と共に、将軍を相手に戦って死んだ。残された妻や子がどうなったのかは、調査しきれなかった。
姉が遺した娘は私の子として育てた。遠くない未来、姉と同じような能力に目覚めるだろう。既に私よりも魂を視る力が強い。
私は姉の力を「封術」、兄の力を「呪術」と名付けた──。
* * *
そこで彼の日記は終わっていた。私──咲姫はようやく携帯から目を離す。
恐らく途中までは守り姫自身の日記だったのだろう。どうして久世さんはこの部分を抜き取って訳したのかな。
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「あ、やばっ。勉強……!」
うーん。でも今日はまあいっか。これだから成績が上がらないんだけど……。
それにしてもこの話、すっごい既視感があるんだよね。
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