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第八章
第三十八話
しおりを挟む「うっ……」
「なんなんだ。その虫踏み潰したみたいな声は……」
十一月中旬。少し寒くなってきた。
「南帆……。お前ずっと川の方にいるんじゃなかったけ?」
「い、いいでしょ! 寒かったんだから……」
しまいには「一希のばーか!」と子どもじみたことを言うので困ってしまった。
実体のない魂は寒さを感じないはずなので、多分他の理由がある。詮索してさらに機嫌が悪くなるのも面倒なので、追及はしないでおく。
雲谷に来てようやく半年が過ぎた。受験生ということも重なり、生活圏はそう広くない。魂──というよりも水原の奴等は、なぜか雲谷から離れられないようなので、遭遇したってなんら不思議ではない。
「うう……。なんでこんなところで会っちゃったんだろ……」
「あれ、南帆ちゃんそんなに今枝君のこと苦手だったっけ?」
咲姫が隣から口を出す。頼むから変なこと言わないでくれ。あの南帆が「咲姫ちゃん空気読んで……」とたじだじになっている。
喧嘩したことなら、もうそんなに気にしてないんだけどな。思想の食い違いなんていちいち気にしていられない。
というのはただの言い訳で、あの頃は俺にも余裕がなかった。……それも言い訳か。
「もう……。そんなことどうでもいいでしょ……」
南帆が顔を赤くして言う。そんなに照れることだったのか。難しい。
「そういえば君等、中途半端な時間に帰ってくるね? なにしてたの?」
「あー……」
「それはねー……」
なんとなく言いづらい。いや、別に変なことをしていたわけじゃないんだけど。咲姫もあいつに気を使っているのか、言い出そうとはしない。
「あー! わかった!」
突然の叫び声に、俺も咲姫も少しびくつく。いや、さすがに怒りはしないだろうけど……。
「君達、もしかしてあれこれしてたのぉ~?」
思わず前につんのめりそうになった。一体こっちの気遣いはなんだったんだ。
「ちげーよ。咲姫の友達の勉強会? に巻き込まれたんだよ」
実際はほぼお喋り会だったのだが。
面子は倉橋のぞみ以下四人に加え、なぜか俺と神木。面倒ごとに巻き込まれたとみた咲姫に巻き込まれた。
南帆は少し考えた後で、「そっか、受験生……」と小さく呟く。そうだ、そっちがあったかと後悔するが、思わぬところから援護射撃がきた。
「今枝君ね、ずっと嫌そうな顔してたよ。笑いそうになるから大変だった」
咲姫からの突然の暴露。なぜ今それを言う。
そう思ったのもつかの間、南帆は笑いだす。
「あはは! だめじゃんずっきー! 顔だけは悪くないんだから、ちゃんと笑ってなきゃ!」
色々突っ込みたいことはあるが、これ以上面倒なことになるのは嫌なので話を逸らす。
「ところでさ、南帆。……弘音のことなんだけど」
「…………」
南帆は口をつぐむ。俺が言いたいことはわかっているはずだ。
事件から七ヶ月。あれからかなりの時間が経っているが、いまだに彼の居場所だけ掴めない。
南帆みたいに何ヵ月も危なげな気配がない奴もいれば、あいつみたいにすぐ怨霊化した魂もいる。彼が前者であることを信じているが、こればかりはどうにもならない。
「私は知らない。どうせこの町にいるんだからすぐ見つかるとは思ったけど、それらしき人なんてどこにもいなかった」
南帆は既に調査済みか。
南帆が知っていたら時間を節約できるかと思ったけど、ことは簡単には進まなかった。
「ねえねえ、その弘音さんってどんな人なの? 今まで一度も聞いたことなかったから気になって」
咲姫が口を挟む。そういえばあいつのことは全然話に出ないなと今更気付いた。
「変な人」
南帆のその紹介に、「そんな曖昧な……」と呟かずにはいられなかった。普通の人から見たら、水原の奴等なんて変人だらけだよ。
「変……って言うより、静かな奴かな。必要以上に話さないというか……」
「今枝君より?」
「咲姫さん、俺のことどう思ってんの?」
咲姫は指を顎にあてて考え始めた。まさかなにも思ってないとか、そういうオチ?
「ずっきーはね、基本暗いけど一度懐に入ったらぐいぐいくるよ」
突然後ろから南帆に刺された。凄くいい笑顔だから尚更たちが悪い。というか俺の話はやめてほしい。
「あ、ねえずっきー。 弘君ってすっごいドジ踏んでなかった? 一日に三回くらい!」
「えっ。それは私でもやらない……」
咲姫にドン引かれているが、ここに関しては擁護できない。間違ってはないんだよなあ……。
「あいつ、なにやったんだっけ?」
「んーと、朝来たら制服裏返しで、昼休みは弁当の中身空っぽで、帰りは田んぼの中に突っ込んで泥だらけになってたよ!」
「へ、へぇぇ……」
咲姫は弘音の所業ではなく、笑顔で話す南帆に引いている……と思いたい。ここまで暴露してしまって、後で怒られないかな……。
「水原の人達って、皆性格濃いよね」
「うん。濃い」
これは咲姫に完全同意だった。
気付けば西の空が暗くなりはじめていた。かなり長い時間話し込んでいたのだと、少し後悔する。さすがに帰らないとまずい。
「ねえずっきー」
そんなことを考えているうちに南帆に話しかけられた。
「あれって……」
彼女の人差し指の先にあったのは、埴輪のようなもの──自我を持った魂。
この姿だけでは個人の判別はできない。けど、それが彼である可能性は捨てきれない。
もし人違いだったら謝ればいい。声をかけようとした刹那、魂が形を変えた。
「…………」
噂をすれば影、ということわざはどうやら本物らしい。そこにいたのは弘音だった。
「…………」
彼はなにも言わない。想定の範囲内だが、なにか言ってくれないと困る。
こういう場面で一番最初に発言するのは大体咲姫だが、彼女も黙ったままだ。
「近藤南帆さん」
「え、私?」
突如名前を呼ばれた南帆がすっとんきょうな声を出す。弘音がなにを考えているのか全くわからない。
「俺は!」
え、なに? なにが始まるんだ? と少しわくわくできたのは一瞬だった。
「あなたのことが好きでした!」
「「……へ?」」
予想できなかった展開に、南帆と声が揃う。
「……え」
絶望が混ざったため息が聞こえた。その主は咲姫。
あれ、なんかとんでもないことに巻き込まれてないか……?
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