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第八章
第三十九話
しおりを挟む「兄ちゃん皿取って」
「お、桐がお手伝いしてくれるのかい? 成長したなぁ……」
小和田家長男次男の会話を聞き流しながら、頭は今日の出来事でいっぱいになっていた。
まず通学路で近藤南帆と会った。そこまでは問題なし。
次に松崎弘音と会う。ここから怒涛の展開。
弘音が南帆に告白して、恐らく咲姫が弘音に一目惚れして……って、ろくなことないな。
あのたった五分間で幽霊を含めた四角関係ができてしまったのだ。
その後はてんやわんや。思い出したくないようなやり取りが行われ、無理矢理解散した。
はあ……。できることなら三人だけでやってほしかった……。
と、盛大なため息をついたまではよかったが、突然後ろから声がかかった。
「ちょっと今枝君!? お茶!」
「あ、やばっ!」
ぼたぼたと音をたてながら、お茶が溢れだしている。
この後、桐に怒られたのは言うまでもない。
* * *
えーと、織田信長っていつの時代の人だったか……。
あまりにも初歩的なことすら忘れている自分にうんざりしつつ、教科書を捲る。これは本格的にやばいかもしれない。
進学しないという選択肢は最初からなかった。このご時世、中卒では食べていけない。中にはそういう道を選ぶ人もいるだろうけど、そんな危ない綱渡りをする勇気はない。
「おーい、今枝くーん」
ノックもなしに襖が軽い音をたてる。この場合するのはノックで正しいのかは微妙だが、せめて声くらいかけてほしい。一応思春期真っ只中の男女が……っていいのかよ。
そんな俺の懸念を彼女の方は一切感じてないようで、ずんずん部屋の真ん中に進んでくる。
「化学教えてー」
「……まじっすか」
まさか咲姫に教えろと言われるとは思っておらず、そんなことを言ってしまった。
「ほえー。なるほど……」
何度もつっかえてしまったが、咲姫はなんとか理解したようだ。
「いやー、助かったよ。私、公立志望だから全教科必須でさ。……あれ、今枝君もだっけ?」
「…………」
十一月となれば、少なくとも自分の中では進路が決まる。
「一応、私立志望」
「へー……」
本当に彼女は俺の進路に興味があるのだろうか?
「どうして私立なの?」
ある程度の興味はあったようで、質問を重ねてくる。
「その上の大学がさ、理系の学部が多くて。そっちの勉強をしたいんだけど、選択肢は多い方がいいから」
穂積に約束した、「自分のやりたいことを探す」が到達できたとは言わない。まだまだこれから、探していかなきゃいけない。
「へー。幽霊退治する人が化学とかやってるの面白いじゃん」
「あれ退治って言えるのか?」
聞いてみたが「知らない」と返されてしまった。相手は昔の友達なので、退治とは言いたくないのが本音だ。
「でも、どうするの? その……お金、とか……」
「それなんだよなあ……」
進路する以上、学費というものは必ずついて回る。いくらなんでも自分で払うのは無料だ。
「やっぱりあの人探すしかないかな……」
「お父さん?」
「うん……」
あの人のことは嫌いじゃないけど、何度も置いていかれたせいか、距離感が掴めなくなってきている。トラウマとまではいかないけど、積極的に関わりたいとは思えなかった。
なんとなく、怖いのだ。また、知らないうちにいなくなられると思うと……。
「さてそれでは、ちょっと休憩してと──」
突然彼女がなにを言うのかと思ったら。
「昨日はすみませんでした」
こんなことだった。
「気にしてない」
「うん、だよね。君はそう言うと思ってた」
「面倒だったのは事実だけど」
だって三人がずーっとぎゃーぎゃー騒いでいたからな。周りに人がいなくてよかった。一人で騒ぐ女子を見つめる男子みたいな構図になりかねなかった。
「それにしても、お前が自らそういう話に首突っ込むとは思わなかったよ」
「む……。それは失礼じゃない?」
眉を寄せた彼女の言葉は無視して、さっさと話の軌道を修正する。
「それはそうと、これはどうなんだ? 幽霊と生者の恋愛って」
呆れたように「君もデリカシーないね……」と呟かれる。いつもと立場が逆なので、面白くないこともない。
「私は……。あー、うん。やっぱりやめた。物心ついたときからずっと幽霊とか見えてたから、私の意見はあてにならないかも」
昔にも似たようなことあったわけか。その話は聞いてみたいけど、今回はスルーする。
「なんだろうな。恋愛ごとにはそんなに興味ないはずなんだけど……」
「恋愛なんてそんなものだと思うけど」
「うわー。経験者は語るってやつですか」
「違うけど……」
咲姫と話していると、すぐペースに巻き込まれるのなんとかしたいな。
「……俺が言うのもなんだけど、やめた方が身のためだと思う」
「…………」
咲姫は驚かなかった。
「そりゃそうだよね。わかってるよ、そんなことは」
そしてこう付け加える。
「あ、私と君のケースは違うからね? 同じに考えちゃだめだよ」
「…………」
今度は俺が黙る番だった。
「そうかなあ……」と小さく呟いてみる。相手には聞こえなかったようだ。
「なんかね、ちょっとおかしい気がするんだ。自分が、自分じゃないような感じ」
「へえ……」
咲姫のその直感は当たっていたわけだが、それに気付くのはもっと先のことである。
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