息吹アシスタント(息吹という名の援護人)

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92・いけない先生と悪夢4

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92・いけない先生と悪夢4


 地球は回る。そして時間は絶対に止まらない。だからして太一という名の少年がハッと気づき両目を開けると、部屋の中はカーテンを超えて入ってくる少量の光によって薄明るい。

「ぁ……」

 グッと体を起した太一は初めて経験した。外はまちがいなく心地よい晴天。そしてただいま時刻は午前7時。たっぷり寝てしまったことで体の調子はすこぶるよいはず。それなのに……目覚めと同時にドーン! と恐怖が胸の内側に落とし込まれる。

「あ、朝……学校……」

 部屋の柱にかけてある丸いやつの顔面を見ると迫っている。もう少しすれば母が起きろと言うだろうし、今はまだ家にいる父だって早く起きろ! と怒り出すだろう。

「い、行ったら……学校に行ったらどうなる?」

 太一は枕をギュッと抱きしめ考えてみた。必死も必死に想像をしてみる。学校を休むではなく、行ったらどうなるのか? と。

 太一は思う。学校には先生も生徒も大勢いる。人目を盗んで2人っきりになれる場所なんてないだろうし、学校の中で殺人なんかすれば死体処理に困るはず。つまり冷静に考えてみると……学校に行った自分が学校内で殺されるって事はないのではないか? と、やや安心方向へ思考が傾く。

「そ、そうだよ……友だちと、ずっと友だちといっしょにいれば、学校からの帰り道だって安心のはず」

 次第に心が軽くなってきた。もしかすると学校へ行っても大丈夫なのでは? と明るい意識が広がっていくせいだ。

「も、もし……もし関口に何か言われたら、何の事かわからないって言えば、ずっとそう言っていればだいじょうぶなんじゃないかな」

 ここで太一は体を起した。まだ胸の内には大量の苦しさが存在しているものの、学校に行ってもだいじょうぶなら行く方がいいと考えベッドより立ち上がる。

「そうだよ……休んだりしたら……逆に怪しまれるような気がする。何もなかったような感じでふつうに行く方がだいじょうぶのはず」

 太一は呼吸を整えながら空っぽの予備のダサい手提げかばんを持つ。学校へ行きたくないと親に言ったところで、その理由を説明するのができなくて苦しい。それなら学校へ行って余計なことを親に聞かれない方がマシだという結論を胸に部屋から出た。

「おーい太一、ちょっと来い」

 息子が階段を下りて来たと音で確認した父の声が居間より飛んできた。だから太一は冷静な面持ちをキープして居間に入る。

「なに?」

 行ってみると父がテレビの画面を指さす。なんでも速報との事らしいが、そこには当然ともおどろくべきともいえるニュースが報じられている。それは晴天小学校の女子生徒が自分の教室で手首を切って自殺したという内容。

(あ……)

 太一の顔がサーっと青くなる。朝起きてからこの瞬間にいたるまで、学校に行ってもだいじょうぶだと思っていた心が悪魔の一振りで全部消されてしまう。だから前向きな意識の代わりとして、自分がいつどこから迫ってくる魔の手に殺されるかという不安でいっぱいになる。

「太一、おまえの学校だぞ」

 父はそう言って息子を見た。そして彼は息子が青ざめているのは、とんでもない出来事にショックを受けているからだと受け取る。まさかそんな、殺人現場を見たから怯えているなどとは夢にも思わない。

「ちょっとトイレ」

 太一、トイレに駆け込むと座り込み両手で頭を抱え込む。

「う、うそだ……女の子が放課後の学校で自殺したとじゃないんだ。き、喜代村は関口にこ、こ、殺されたんだ。だ、だって……ぼくは……その場所にいたんだから」

 大きな声で言いたかった。吐き出すように叫びたかった。そうすればどんなに楽だろう。その声を聞いた親が心配して問い詰めてくれたら、何もかも素直に語り警察に通報して一件落着になるのかもしれない。ガクガク怯える太一は、不思議なまでにその選択に踏み切れないのだった。

(い、いやだ……い、行きたくない……学校なんかに行きたくない)

 内心怯える太一だったが、不幸なことに表に出さないという演技力が光っていた。もし少年の演技力がまったくもってダメな底辺レベルなら助かったかもしれない。だがなかなかの演技力ってモノのせいで、彼は親に悟られず自分から打ち明けることもできず朝食を済ませてしまう。後はもう歯を磨いて学校へ向かうしかない。

(行きたくない……行ったら殺される……)

 震えながら歯磨きをする太一には大きな不安が2つあった。ひとつ、教室から出て学校の門を出るまでの間、ほんとうにだいじょうぶだったか? どこかで気づかれたり、あるいはその姿を見られなかったか? というモノだ。そしてもうひとつ。教室から脱出する時、手荷物は邪魔だからと手提げかばんなどを机の下に隠し置いたりした。もしそれを見つかると怪しまれる可能性は大であり、そこから相手が自分にたどり着くって流れも考えられる。

(神さま、神さま、神さま……)

 こうして太一は最後にやるべき歯磨きを終えてしまう。後はもう素直に学校へ向かうか、両親に向かって学校を休むと訴えるか2択。しかし学校へ行きたくないとダダをこねるって事ができなかった。なぜ学校を休むんだ? という質問をされたらヤバイと思う心のせいでもある。

「行ってきます」

 とりあえず家を出た太一、学校へ行かなければいいんだと密かに決めていた。それは後で必ずバレる。親からこっぴどく怒られるだろう。それなら最初から学校へ行かない方がいい。でも家を出て歩き出してしまった以上、太一はまっすぐ学校へ行くか、それともどこへともなくさまよって時間を潰すかの2択しかない。

(行くもんか……)

 太一はひとまず家を出ると、いつもとちがう所へ歩き出す。それは学校へ行くためでも遠回りするためでもない。同じ学校に通う生徒やら大人の目がかなり減るってところへ向かうためだ。そして午前9時前という時間になったとき、学校のベルがまったく聞こえないってくらい離れた場所を一人歩いていた。

(あぁぁ……)

 心と頭の双方がパンパンで同時に破裂しそうだった。学校に行きたくない、行ったら殺される! と、とてつもない恐怖を感じる一方、担任とか家からスマホに電話がかかってくるんじゃないかと気が気ではない。いまの少年は一秒すら心が休まらないのだった。

(ぁ……)

 目がうつろになっていく。昨日の大雨が真っ赤なウソみたいな晴天でうつくしい世界というのが、少年には死刑執行の当日みたいに映ってしまう。逃げられない、それならいっそどこかで自殺でもしようかなんてヘヴィーな発想も浮かんでくる。

 と、その時だった。ドン! って太一は誰かとぶつかった。両目を開き前を見ているはずなのに、まったく何も気づかなかったなんて初めてのこと。

「ご、ごめんなさい」

 太一、すぐさま謝って薄まっていた意識を元に戻す。

「うん、気をつけようね」

 そう言ったのは若い女性だった。真っ白な着物で身を固めており、太一が少し生意気にドキッとしてしまうふっくら美人。だから恐怖に怯えている最中にあって、ほんの一瞬だが両目が恋っぽく呆けてボーっとしてしまう。

「少年、どうした?」

 女にそう言われてドキっとした太一だが、ニコっとやさしい笑みを真正面に持ってこられると胸がドキドキさせられる。

「少年、顔色が悪いぞぉ。なんかよろしくない。そう、何か重苦しいモノに取り憑かれているみたいな顔をしている。何かあったかな?」

 女がやさしくにっこり微笑むと、顔を赤くした太一は言いたくなってしまった。自分が抱えている悩みをぶちまけ、助けてください! と言いたくなった。でも赤の他人にいきなりそんな事が言えないと思い口を結んでしまう。

「少年、いいモノをあげよう」

 女はそう言うと赤らむ少年の左腕をつかんだ。そうしてその手首にブレスレットみたいなモノを通す。

「これはお守りだ。少年を邪気から護ってくれる。だからずっとつけているように、なにがあっても離さないように。そしてもう一つ」

 女は色白のやわらかい手に持つハート形のブザーらしきモノを渡す。太一はそれを防犯ブザーかと思ったが、ちょっと違うらしい。

「もしお守りに何かがあったら、それでは足りないという何かが起こったら、そのときはわたしの名前を言いながらブザーを押せばいい。そうすればわたしが少年のために駆け付けよう」

「お、お姉さんの名前……なんていうの?」

「わたしは閻美という。正義と弱い者の味方」

 女はそう言うと、あんなお姉ちゃんが欲しいなぁと太一に思わせるような微笑みを一つプレゼントしてからどこへともなく歩いていった。そして太一は少しだが気が楽になった。手首のお守りを見つめながら、もらったブザーをポケットの中に入れ、少なくとも今日は死なずに済むはずだと思うことができた。
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