Liar’s Love ― 嘘つきな僕らの恋 ― 嫌いだったはずの君に恋をするまで

影狼(カゲロウ)

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第4話 予想外の行動

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炎上というものは、いざ自分が当事者になると、永遠に続くのではないかと思えるほど長く感じられる。
SNSへの投稿は当分の間控えているが、それでもスマホの通知音は無慈悲に鳴り響く。

画面の向こうでは、ずっとこんな調子で互いのファンが殴り合いを続けている。
この不毛な戦いに終わりは来るんだろうか。
そう思うと、暗い泥沼に沈んでいくような不安に襲われる。

うちのメンバーたちはどこか面白がっている節があるけれど、当事者の俺は本当に胃が痛い。
そして、たまたま事務所に寄った際、NOCTWINGのメンバーから「……なんか、ごめんな」と苦笑交じりに謝られたが、彼らは全く関係ない。

俺はただ、翔真に剥がされたくない部分を無理やり引き剥がされた気がして、自分の臆病さに嫌気がさしていた。
そんな気持ちが強くなった日は、あの日拾った翔真のたばこに向かって、声にならない愚痴をこぼすのが俺の日課になっていた。

とても気持ち悪いと思われそうだけれど、たばこ(コイツ)に向かってだと、本音を呟けていた。
誰にも言えない言葉をぶつけることで、平常心を保っているのかもしれない。
そんなふうに考えていた。


「今日も愚痴聞いてもらおうっと……」


仕事帰り、マンションの自分の部屋の階の廊下を歩く俺の頭の中は、今日上手くいかなかったことがあり、その負の感情で支配されていた。

感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、足元がおろそかになっていた。
そのせいなのか、廊下のわずかな段差に、つま先が引っかかる。


「あ……っ!」


荷物を持ったまま、盛大に地面に膝をついた。
コンクリートの冷たい感触と、遅れてやってくる鋭い痛み。
ズボンが破れ、擦りむいた膝からじわりと血が滲む。


「痛い……」


痛みと負の感情が合体して、訳も分からず目に涙が浮かんだ。
普段、こんなことで泣いたりするような歳でもないのに。

(何やってんだろう、俺は……)

自分が情けなくなり膝を抱えた。その時だった。


「邪魔」

「へ?」


頭上から降ってきた冷淡な声に、弾かれたように顔を上げた。
そこには、心底呆れたような表情で俺を見下ろす翔真が立っていた。

(なんだよ『邪魔』って……! 俺がこんなにボロボロになってるのに!)

別に翔真が突き飛ばしたわけでもないのに、その一言が引き金となって、俺の感情はさらにぐちゃぐちゃにかき乱された。
何も言い返せず、唇を噛んで耐えていると、翔真がおもむろにその場にしゃがみ込んだ。
彼は俯く俺の顔を強引に覗き込んだあと、血の滲む膝へと視線を落とす。


「お前……何やってんだ。家に消毒液くらいあるんだろうな?」

「……ない、です……」

「はぁ? 置いておけよそれくらい。ったく……ちょっとこっち来い」


翔真は俺の怪我のひどさを確認すると、迷うことなく目の前にある自室の鍵を開けた。
そのまま強引に俺の腕を引いて立ち上がらせ、部屋の中へと連れ込む。
一体どういう状況だ。そう困惑しながらも、ズキズキと疼く痛みと濁った感情のせいで、まともな判断ができなくなっていた。


「そこに座ってろ」

「あ……はい」


通されたリビングのソファに座るよう促され、俺は素直に従った。
翔真は奥の棚をガサゴソと探り、すぐに救急箱を手に戻ってきた。


「消毒してやるから、ズボン脱げ」

「えっ」

「……早くしろ」

「……はい」


あまりに唐突な要求に、思考が一瞬停止した。消毒のためにズボンを脱げなんて。 普通なら拒絶するところだろう。
けれど、彼の有無を言わせぬ空気に押され、俺はなぜか大人しくズボンを脱ぎ、ちょこんと座り直した。


「結構範囲が広いな。しみるけど我慢しろよ」

「……っ! いたっ」

「我慢」

「ううっ……」


大嫌いなはずの相手に、俺は何をされているんだろう。
まるで子供が親に手当てをしてもらっているような、奇妙な構図。
消毒液の激痛に思わず足を避けると、翔真は細めた目で俺を睨み、クイッと強引に元の位置に戻す。
罵り合いをした相手だとは信じられないほど、その手つきはどこか優しかった。


「結構深くやってる。化膿しないように、明日からは自分でちゃんと消毒しろよ」

「……ここで、やってくれたらいいのに」

「ああ?」

「えっ? あ、ごめんなさい! なんでもないです!
……ありがとうございます。帰ります」


明日から自分で、と言われ、なぜか口が勝手に「ここでやってくれたら」なんて言葉を紡いでいた。俺は慌てて自分の口を塞ぐ。

(俺は一体、なんてことを口走ってるんだ……!)

混乱したまま、とにかくこの場を立ち去ろうと腰を浮かせると、低い声で制止された。
翔真は寝室からスウェットを持ち出し、俺に無造作に放り投げた。


「下着のまま外に出るな」

「え……あ、ありがとう……」

「……ああ。じゃあな」

「は、はい。お邪魔しました……」


まさか、あんなに優しくしてもらえるなんて思ってもみなかった。
冷酷非情な人間だとばかり思っていたけれど、実はこんな一面もあるのかと驚かされる。
きっと、世間の誰も知らない翔真の素顔。
それを一つ手に入れてしまったと思うと、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

とはいえ、あの夜に放たれた彼の言葉もまた、本物だろう。
あまり近づきすぎてはいけないという俺の中の警報音は、今も鳴り響いたままだった――……
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