11 / 11
第11話 名前で呼ばれた夜
しおりを挟む
「クリスマスライブ、楽しみにしててね!
今年もしっかり皆を楽しませるよ。
……って、まだ二ヶ月も先の話だけどね」
スケジュールに余裕があり、早めの帰宅が叶った俺は、自宅の配信専用ルームで個人生配信を行っていた。
これは事務所の決まり事の一つ。
週に一度は必ず、個人かグループで配信を行わなければならないという理不尽なルールがある。
ファンと直接繋がれる今の時代に合わせたツール。
有り難いような、死ぬほど面倒くさいような、なんとも言えない代物だ。
使用しているのは、Preciousが独自に開発した所属アーティスト専用アプリ『Live Star』。
編集のきかない「生」の現場は本来苦手。それでも、やらなければあの夫人がうるさい。
(それにしても、NOCTWINGだけは配信免除なんて、本当ずるすぎる……)
「あいつらはそういうキャラじゃないから」という理由で、彼らだけは自由を許されている。
その不公平さに内心毒づきながらも、俺は画面の向こうにアイドルスマイルを振りまいた。
「それじゃあ、またね。バイバイ!」
プツッ、と通信を切断する。
「ふあーっ……! 疲れたー!」
30分ほどの配信を無事に終え、俺は椅子に深くもたれかかって盛大な背伸びをした。
一人でカメラに向かって喋り続けるのは、地味に精神を削られる。
メンバーと一緒ならまだ楽だけど、一人はやはり気が重い。
どうにか、配信の頻度を減らせないかと考える日々が続いていた。
ピコンッ。
「ん?」
週一の義務を何とかクリアしてホッとしていた時だった。
机に置いていたプライベート用のスマホが通知を告げる。
画面を見ると、『Live Star:NOCTWING 翔真が配信を開始しました』という通知バナーが出ていて、俺は慌ててそれをタップした。
観覧専用の匿名アカウントで登録しているから、俺が見ていることはバレないはず。
「……んん? 真っ暗……」
翔真の配信を覗いてみたものの、画面には何も映っていない。
混乱するファンのコメントだけが猛烈な勢いで流れていく。
耳を澄ませると、ガサゴソという生活音だけが聞こえてくる。
これは、もしかして――
「絶対、誤操作だ……!」
この状況からして、間違えて配信を立ち上げてしまったに違いない。
俺は急いで部屋を飛び出し、隣のドアのインターホンを鳴らした。
俺だと分かったら出てくれないかもしれない。
そんな不安を抱えながら、少し震える指で何度かボタンを押すと、ゆっくりと扉が開いた。
「侑斗……どうした?」
「あのっ、Live Star! 多分、配信が立ち上がってます。
早く切った方がいいかと思って……」
「は? 配信なんてしてないけど」
現れた翔真は仕事帰りなのかメイクがばっちり残っていて、誰がどう見ても「NOCTWINGの翔真」だった。
至近距離でその顔を見た瞬間、心臓がうるさく脈打ち始める。
自分でもよく分からない動揺を誤魔化すように、俺はスマホの画面を翔真に突きつけた。
「ほら、これ!」
「ああ? ……なんで」
「多分、誤タップですよ。
あのアプリ、立ち上げただけで勝手に配信が始まっちゃう仕様だから……」
「はぁ……悪い、わざわざ」
「いえ。それじゃあ……」
自分が本当に生配信を垂れ流していたと気づき、翔真は面倒くさそうに顔を歪めて部屋の奥へ戻っていった。
すると直後に『悪い、手が滑った。切る』という短い声と共に、配信が終了した。
(……プライベートが暴かれなくて良かった。万が一、彼女とか連れてたら大炎上だったし)
そう思った瞬間、自分で考えた「彼女」という単語に、猛烈な嫌悪感を抱いている自分に気づいた。
あれだけの人に、付き合っている人がいないなんて考えにくい。
……でも、そんなことを今さら気にしたって仕方ないじゃないか。
「はぁ……戻ろう」
おかしな方向に走りそうな思考を止めるため、自分の頬をパンッと叩いて正気に戻り、家の中へ逃げ込んだ。
ドアを閉めて鍵をかけた瞬間、先ほどのやり取りが鮮明にフラッシュバックする。
「……侑斗って、呼んでくれた?」
開口一番、翔真は俺の名前を呼んだ。
今までずっと「お前」としか呼ばれてこなかったのに。
たったそれだけのことで、顔がカァッと熱くなっていく。
名前を呼ばれた。ただそれだけ。
それだけのことなのに、どうしてこんなに、飛び上がりたいほど嬉しいんだろう。
(変なの……。意味わかんないや)
自分の感情がこれまでにない動き方をしていて、俺は一人、暗い玄関で首を傾げた。 不思議なのは、この正体不明の気持ちが、決して嫌だとか、気持ち悪いとかではないことだ。
むしろ、妙にくすぐったくて、顔から火が出るほど恥ずかしくて。
……それでも、一人でいると、ふふっと笑みが溢れてしまう。
それに、「お前」と呼ばれていた時は、冷たさしか感じられなかったけど、
今度はちゃんと俺自身を見てもらえた気がして。
普段から沢山の人に呼ばれている名前のはずなのに、あの人の声で再生されると、まるで特別な意味を持った言葉のように聞こえてしまう。
いつまでも消えない頬の熱さを冷ますように、俺はそっと両手で顔を覆った――
今年もしっかり皆を楽しませるよ。
……って、まだ二ヶ月も先の話だけどね」
スケジュールに余裕があり、早めの帰宅が叶った俺は、自宅の配信専用ルームで個人生配信を行っていた。
これは事務所の決まり事の一つ。
週に一度は必ず、個人かグループで配信を行わなければならないという理不尽なルールがある。
ファンと直接繋がれる今の時代に合わせたツール。
有り難いような、死ぬほど面倒くさいような、なんとも言えない代物だ。
使用しているのは、Preciousが独自に開発した所属アーティスト専用アプリ『Live Star』。
編集のきかない「生」の現場は本来苦手。それでも、やらなければあの夫人がうるさい。
(それにしても、NOCTWINGだけは配信免除なんて、本当ずるすぎる……)
「あいつらはそういうキャラじゃないから」という理由で、彼らだけは自由を許されている。
その不公平さに内心毒づきながらも、俺は画面の向こうにアイドルスマイルを振りまいた。
「それじゃあ、またね。バイバイ!」
プツッ、と通信を切断する。
「ふあーっ……! 疲れたー!」
30分ほどの配信を無事に終え、俺は椅子に深くもたれかかって盛大な背伸びをした。
一人でカメラに向かって喋り続けるのは、地味に精神を削られる。
メンバーと一緒ならまだ楽だけど、一人はやはり気が重い。
どうにか、配信の頻度を減らせないかと考える日々が続いていた。
ピコンッ。
「ん?」
週一の義務を何とかクリアしてホッとしていた時だった。
机に置いていたプライベート用のスマホが通知を告げる。
画面を見ると、『Live Star:NOCTWING 翔真が配信を開始しました』という通知バナーが出ていて、俺は慌ててそれをタップした。
観覧専用の匿名アカウントで登録しているから、俺が見ていることはバレないはず。
「……んん? 真っ暗……」
翔真の配信を覗いてみたものの、画面には何も映っていない。
混乱するファンのコメントだけが猛烈な勢いで流れていく。
耳を澄ませると、ガサゴソという生活音だけが聞こえてくる。
これは、もしかして――
「絶対、誤操作だ……!」
この状況からして、間違えて配信を立ち上げてしまったに違いない。
俺は急いで部屋を飛び出し、隣のドアのインターホンを鳴らした。
俺だと分かったら出てくれないかもしれない。
そんな不安を抱えながら、少し震える指で何度かボタンを押すと、ゆっくりと扉が開いた。
「侑斗……どうした?」
「あのっ、Live Star! 多分、配信が立ち上がってます。
早く切った方がいいかと思って……」
「は? 配信なんてしてないけど」
現れた翔真は仕事帰りなのかメイクがばっちり残っていて、誰がどう見ても「NOCTWINGの翔真」だった。
至近距離でその顔を見た瞬間、心臓がうるさく脈打ち始める。
自分でもよく分からない動揺を誤魔化すように、俺はスマホの画面を翔真に突きつけた。
「ほら、これ!」
「ああ? ……なんで」
「多分、誤タップですよ。
あのアプリ、立ち上げただけで勝手に配信が始まっちゃう仕様だから……」
「はぁ……悪い、わざわざ」
「いえ。それじゃあ……」
自分が本当に生配信を垂れ流していたと気づき、翔真は面倒くさそうに顔を歪めて部屋の奥へ戻っていった。
すると直後に『悪い、手が滑った。切る』という短い声と共に、配信が終了した。
(……プライベートが暴かれなくて良かった。万が一、彼女とか連れてたら大炎上だったし)
そう思った瞬間、自分で考えた「彼女」という単語に、猛烈な嫌悪感を抱いている自分に気づいた。
あれだけの人に、付き合っている人がいないなんて考えにくい。
……でも、そんなことを今さら気にしたって仕方ないじゃないか。
「はぁ……戻ろう」
おかしな方向に走りそうな思考を止めるため、自分の頬をパンッと叩いて正気に戻り、家の中へ逃げ込んだ。
ドアを閉めて鍵をかけた瞬間、先ほどのやり取りが鮮明にフラッシュバックする。
「……侑斗って、呼んでくれた?」
開口一番、翔真は俺の名前を呼んだ。
今までずっと「お前」としか呼ばれてこなかったのに。
たったそれだけのことで、顔がカァッと熱くなっていく。
名前を呼ばれた。ただそれだけ。
それだけのことなのに、どうしてこんなに、飛び上がりたいほど嬉しいんだろう。
(変なの……。意味わかんないや)
自分の感情がこれまでにない動き方をしていて、俺は一人、暗い玄関で首を傾げた。 不思議なのは、この正体不明の気持ちが、決して嫌だとか、気持ち悪いとかではないことだ。
むしろ、妙にくすぐったくて、顔から火が出るほど恥ずかしくて。
……それでも、一人でいると、ふふっと笑みが溢れてしまう。
それに、「お前」と呼ばれていた時は、冷たさしか感じられなかったけど、
今度はちゃんと俺自身を見てもらえた気がして。
普段から沢山の人に呼ばれている名前のはずなのに、あの人の声で再生されると、まるで特別な意味を持った言葉のように聞こえてしまう。
いつまでも消えない頬の熱さを冷ますように、俺はそっと両手で顔を覆った――
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
空は、あの日から青いままで〜不協和音は君のせい〜
影狼(カゲロウ)
BL
ステージの上、セルリアンブルーの照明が君の背中を照らす。
10年間、俺はこの景色を特等席で見てきた。
完璧なリズム、完璧な相棒、そして――完璧な嘘。
人気ロックバンド『CERULEA SKY』のベーシスト・楓。
高校時代、ボーカルの瑠海(リュウカ)の歌声に射抜かれてから、
楓の世界はずっと“瑠海色”に染まったまま。
メジャーデビュー10年目、29歳。
「最高の相棒」という仮面の裏で、
女たらしな瑠海の恋遊びを一番近くで見守り続けてきた。
だけど最近、
ベースの弦を弾く指が、わずかに震える。
無自覚に独占欲を露わにする瑠海と、
限界を迎えた楓の片想い。
10年分の沈黙が、不協和音となって鳴り始める――
――全部、無自覚に俺を惑わす、君のせいだ。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
惚れ薬をもらったけど使う相手がいない
おもちDX
BL
シュエは仕事帰り、自称魔女から惚れ薬を貰う。しかしシュエには恋人も、惚れさせたい相手もいなかった。魔女に脅されたので仕方なく惚れ薬を一夜の相手に使おうとしたが、誤って天敵のグラースに魔法がかかってしまった!
グラースはいつもシュエの行動に文句をつけてくる嫌味な男だ。そんな男に家まで連れて帰られ、シュエは枷で手足を拘束された。想像の斜め上の行くグラースの行動は、誰を想ったものなのか?なんとか魔法が解ける前に逃げようとするシュエだが……
いけすかない騎士 × 口の悪い遊び人の薬師
魔法のない世界で唯一の魔法(惚れ薬)を手に入れ、振り回された二人がすったもんだするお話。短編です。
拙作『惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら』と同じ世界観ですが、読んでいなくても全く問題ありません。独立したお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる