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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第五十話 眠りし帝国最強皇女 ㉑
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目標の風下から近づき、双眼鏡を使えば魔獣の数が確認できる距離までやって来た俺たちは小声で話し合う。
「(敵は長牙狼。数は……10と、言ったところか……)」
「(そのようだ。で、どうするつもりだ?)」
俺は双眼鏡で敵の様子を窺いながら左隣で同じように目標を覗くジャンヌ問う。今回はジャンヌの克服が目的のため、俺は出来るだけサポートに徹する必要がある。だから作戦立案から指示に至るまでジャンヌに従う必要があるのだ。勿論危険だと判断したら止めるし、カバーにも入るつもりだ。
「(長牙狼は名前の通り長い牙が特徴的で嗅覚、聴覚と言った感覚が鋭い。単体だとランクCの魔物だが群れが大きくなるにつれランクB-、B、B+と上がって行く。あの数だとB-と言ったところか……)」
1年前まで各地で戦闘を繰り返しただけの事はあり、魔物に対する知識もずば抜けている。ぽっと出の冒険者より遥かに経験が違うな。
「(そのようだ。それに長牙狼は特に狼シリーズの中でも皮が堅いからな。魔力の宿っていない銃弾なら至近距離じゃなければ普通に弾くからな)」
前世の防弾チョッキ以上の頑丈な皮を持つ狼型の魔獣。前世なら間違いなく脅威だな。
「(ほう……よく知っていたな。力だけでAランクにまでなった脳筋ではないようだな)」
ジャンヌに視線を向けると意外だったのか、目を見開いて驚いた表情をしていた。俺ってそんなに馬鹿に見えますか?
こう見えてもスヴェルニ学園に在学していた時は、魔物生物学だけは高得点を出していたんだぞ。ま、他の教科は興味が無くて赤点ギリギリの点数だったけど。
なんで魔物生物学だけと思うかもしれないが、それは冒険者になったあとも必要となる知識だからだ。ま、人間は好きな事なら真面目にする生き物だからな。モチベーションの問題でもあるけど。
「(なら、お前ならどう倒す)」
ジャンヌからそんな質問が投げかけられる。俺の知識力を試したいのは分かるんだが、
「(今回はジャンヌ殿下のリハビリなんだから、俺が考えても仕方がないと思うんだが)」
「(1人の考えばかりを実行していても意味はない。人数が多ければ多いほど、それだけ新しい戦略や戦術が生まれる。ましてやお前は冒険者だ。軍人である私とはまた違う観点から物事を見ているかもしれないだろ)」
双眼鏡を覗きながら不敵な笑みを浮かべて答える。まったく勝手に決めつけないで欲しい。それと何気にハードル上げてませんかね。
嘆息した俺は双眼鏡を覗き直して答えた。
「(本来魔物は普通の動物に比べて魔力感知能力、気配感知能力が高い。まして群れで行動する狼シリーズは分担して周囲一帯を警戒しているから、敏感で長時間行う事が出来る。だから接近して倒すのは難しい魔獣だ。普通は相手の警戒の外から複数人で攻撃するのがセオリーなわけだが……)」
「(私たちは2人だし、生憎と私の武器は魔法剣だ。遠距離攻撃は出来ない。出来たとしても発射速度は魔導銃に劣るうえ、発射するまでに魔力を感知される恐れがあるな)」
そんな俺の言葉にジャンヌは声を弾ませて答える。なに、嬉しそうに指摘してるんですか。
「(ああ、だからここは挟み撃ち作戦で行こうかと思う)」
「(ほう……で、具体的な作戦は?」
真剣な面持ちで問い返して来るジャンヌ。だけどどう見ても獰猛な獣の目にしか見えないんだが。
双眼鏡で覗くのを止めた俺たちは地面に簡単な作戦を描いていく。
「(作戦は簡単なものだ。1人はこの場所。もう1人は反対側に向かいターゲットだある長牙狼を挟み込む形を作る)」
「(待て。それだと長牙狼風上に立つことになるぞ……お前はそれが狙いなのか)」
俺が不敵な笑みを浮かべていたせいなのかジャンヌは悟り目を見開いていたが、俺は作戦の内容を話続けた。
「(その通りだ。風上に立てば、長牙狼の警戒網の外であっても臭いで直ぐにバレるだろう。そうなれば直ぐにでも斥候を送り出し、数を確認するだろう。だが攻撃する時は全員で行う筈だ。群れの数を考えるに半分に分けてまで攻撃してくる可能性は低いからな)」
30匹にもなれば分からないが、10匹程度なら分けて攻撃する事はないだろう。なんせ狼は群れを大事にする生物だ。それは魔獣で変わりはない。狩りをするにしても確実を狙うのが狼種の特性と言える。ま、中には例外も居たが……。
「(で、10匹全部で目標に接近を開始し始めた直後に風下の奴が攻撃を開始、それに合わせて風上の奴が長牙狼に接近し更に攻撃。連携が完全に乱れた隙に風下の奴も接近、もしくは外から援護射撃をすると言う形だ)」
「(だが、これはどう考えても穴だけの作戦に思えるが?)」
ま、当然だよな。俺だってそう思う。だが、
「(俺とジャンヌの力ならこの穴だらけの作戦も余裕で出来ると判断した)」
だいたいこの程度の魔獣相手に作戦を考えた事なんか一度もない。依頼で請けた時でさえ、一定の距離まで近づいたら相手に気付かれるより速い速度で接近して殺していたからな。そして今回の長牙狼も同じやり方で殺せる自信がある。
弱者が強者に勝つために綿密に作戦を考えるのは当然だ。だが強者が弱者を倒すのに綿密な作戦を考えるなんて事はしないからな。ま、その結果がこの穴だらけの作戦なわけだが。
「(……この作戦で行きたいところだが、却下だ)」
「(理由を聞いても良いか?)」
別に怒っているわけでもない。こんな穴だらけの作戦で行く奴なんてそうそういないだろうからな。ジャンヌの判断は正しいと言っていいだろう。だがそれでも理由もなしに却下されるのは今後迷いや判断が鈍る可能性があるからな。
「(その作戦はお前が考えたのであって私が考えたものじゃないからだ)」
「(あ)」
そうだった。今回はジャンヌのリハビリが課題なわけだから作戦もジャンヌが考えなければならない。だから俺が考えた作戦を実行するわけにはいかないのだ。俺ものめり込み過ぎてすっかり忘れてたな。
「(それでジャンヌが考えた作戦ってのは?)」
「(至極単純にして簡単なものだ。名付けて一撃必殺)」
おい、それってもしかして……。
不敵な笑みを浮かべるジャンヌ顔を見て俺は嫌な予感しかしなかった。
「(分かりやすく言えば、2人で突撃し相手が困惑している隙に全滅させるだけの簡単な奇襲だ)」
ですよね~。ま、そんな気はしていたが、ジャンヌが本当に304遊撃連隊の隊長だったのか不思議に思えて来た。
「(これは私とお前の実力なら出来ると判断した作戦だ)」
ま、俺の作戦より短時間で済むうえ、風上に移動するまでにバレる危険性がある俺の作戦に比べたらマシとも言えなくもないな。
「(因みに遊撃連隊の時ならどうやって倒してた?)」
「(相手の警戒網外から半包囲射撃で全滅させていただろうな)」
うん、それなら確実だな。同士撃ちにもならないし、魔導銃による連射性や銃弾の速度を考えるなら十分な討伐手段だ。
因みにジャンヌは地獄島の話題を出さなければ、少しなら第304遊撃連隊の話を出しても問題は無いほどに回復している。
「(それじゃ、行くとしよう)」
「(了解)」
ジャンヌの指示に従い俺たちは獲物を定めて地面を駆けた。
相手の警戒網に入ったとしても入った事に気が付くき仲間に知らせた時には俺たちは既に長牙狼の目の前までやって来ていた。
完全に困惑し連携が取れない長牙狼に対してジャンヌは腰に携えていた魔法剣はライトセイバーのような姿を化し、氷の刃で敵を斬り倒し、俺は普段通り殴り飛ばして首の骨を折ったり、指突で頭蓋に穴をあけて絶命させた。
作戦開始からわずか数分で見事に全滅させた俺たちの周りには長牙狼の死体が転がっており、地面も血で染まっていた。
地面からジャンヌに視線を向け直すと、ジャンヌは地面をじっと見つめていた。
周囲を警戒するわけでもなく、言葉を発するわけでもなく、ただ無言で見つめていた。
そう、これがこの訓練の最初の難関とも言える。きっとこの光景はトラウマと重なる部分がある。つまりトラウマが蘇る可能性がある。それを見事乗り越えて貰うための訓練。
これまで以上にジャンヌの精神を揺るがす訓練になるだろうが、それでもやらなければジャンヌは二度と戦場に立つことは出来ないだろう。
だから俺は何も言わない。最初の一歩だけは自分で踏み出さなければ意味がないからだ。
苦しみと葛藤しているジャンヌを視界の端に留めながら俺は長牙狼をアイテムボックスに入れていく。この場で血抜きした方が汚れずにすむんだが、生憎と呪いのせいで紐で足を縛って吊るす事も出来ないし、木や石に凭れさせる事も出来ない。まったく忌々しい呪いだ。勿論周囲に魔物が居ないか警戒は怠らずに。
長牙狼の死体を纏めてアイテムぼっくに入れる事は可能だが、出来るだけ時間を掛けて1匹ずつアイテムボックスに収納していった。それでも5分と掛からなかったが。
本来なら血の匂いが充満する場所に長く居続ければ他の魔物に来る可能性があるので早く移動したいが、ジャンヌの葛藤は未だ続いている。ま、普通の冒険者パーティーなら未だ血抜きの最中だろうから、別に問題はないが。気配感知にも魔物は掛かっていないしな。
それから待つ事10分。
「……ふぅ~、すまない待たせてしまったな」
「別に、煙草を吸う時間が貰えたからこっちも助かったぜ」
「本来は一人が休憩している時はもう一人が周囲の警戒をするのが鉄則の筈だが?」
「俺が警戒していないように見えるのか?」
「その姿だけなら充分に見えるぞ」
だろうな。
本来、魔獣が生息する森の中で煙草を吸うのは危険行為でしかない。魔獣に自分たちの居場所を教えているようなものだしな。普通は魔獣除けなどのお香を焚いている間しか吸えないからな。
だが俺たちが居るのは魔獣の血が充満した場所。未だに鉄臭い臭いが鼻孔を刺激してるんだ。煙草の1本や2本吸ったとこで魔獣たちには血の匂いのほうに意識が行くだろうよ。
それにどれだけ警戒していないように見えようが気配感知に反応はない。
ジャンヌも俺が気配感知をしている事に気が付いているのだろう。だからこそ姿だけを指摘してきたのだ。
「それよりも移動しないか?」
「ああ、そうだな」
魔獣の死体も消えている事に気付いているジャンヌは俺がアイテムボックスに収納したんだろうと判断して返事をしたんだろう。
それよりもジャンヌが1人でトラウマと闘って勝った事に今は喜ぶべきだろう。
それから俺たちは何度か魔獣と戦闘を繰り返した。俺の予想を上回る速度でジャンヌはトラウマと闘い克服していった。それが虚勢で無い事を祈るとしよう。
スマホで時間を確認すると既に12時を回っていた。ここいらで昼食にすべく俺たちは開けた場所で休憩する事にした。
アイテムボックスから取り出したのはイオに渡された弁当だ。中身は俺もしれない。
その内の1つをジャンヌに手渡す。
「アイテムボックスとは便利なものだな。こうしてお昼に温かいご飯が食べられるのだから。どうだ、冒険者を止めて私の部下にならないか?」
「悪いが俺は冒険者の方が性に合ってるんでね」
「それは残念だ」
全然残念がっているように見えないんだが。それにどうせ俺を荷物運び代わりにしたいだけだろ。そんな面倒な事誰がするもんか!
俺は弁当の蓋を開けると、旨そうなサンドイッチが入っていた。それを1つ手に取り頬張る。美味い!予想以上の美味しさに俺は堪能していると、ジャンヌが話しかけて来た。
「覚えているか、お前と私が決闘した時、お前が私に言った言葉を」
唐突に何を言い出すかと思ったが、俺は口に含んでいたサンドイッチを飲み込んでから「覚えている」と答えた。
するとジャンヌは嘲笑うかのように鼻で笑い捨てると口を開いた。
「あの時お前が言ってくれた言葉に私は前に進めると思った。だが情けない事に自分の剣を見ただけであの時の記憶が津波のように一気に押し寄せてきて、私は恐怖で動けなくなってしまった」
ま、そうだろうな。
肉体よりも精神の傷が傷つく方が怖いと言うのはコレが一番の原因だろう。本人ですら治ったと思っていた傷が治っておらず一気に瓦解することだってあるのだから。
「(敵は長牙狼。数は……10と、言ったところか……)」
「(そのようだ。で、どうするつもりだ?)」
俺は双眼鏡で敵の様子を窺いながら左隣で同じように目標を覗くジャンヌ問う。今回はジャンヌの克服が目的のため、俺は出来るだけサポートに徹する必要がある。だから作戦立案から指示に至るまでジャンヌに従う必要があるのだ。勿論危険だと判断したら止めるし、カバーにも入るつもりだ。
「(長牙狼は名前の通り長い牙が特徴的で嗅覚、聴覚と言った感覚が鋭い。単体だとランクCの魔物だが群れが大きくなるにつれランクB-、B、B+と上がって行く。あの数だとB-と言ったところか……)」
1年前まで各地で戦闘を繰り返しただけの事はあり、魔物に対する知識もずば抜けている。ぽっと出の冒険者より遥かに経験が違うな。
「(そのようだ。それに長牙狼は特に狼シリーズの中でも皮が堅いからな。魔力の宿っていない銃弾なら至近距離じゃなければ普通に弾くからな)」
前世の防弾チョッキ以上の頑丈な皮を持つ狼型の魔獣。前世なら間違いなく脅威だな。
「(ほう……よく知っていたな。力だけでAランクにまでなった脳筋ではないようだな)」
ジャンヌに視線を向けると意外だったのか、目を見開いて驚いた表情をしていた。俺ってそんなに馬鹿に見えますか?
こう見えてもスヴェルニ学園に在学していた時は、魔物生物学だけは高得点を出していたんだぞ。ま、他の教科は興味が無くて赤点ギリギリの点数だったけど。
なんで魔物生物学だけと思うかもしれないが、それは冒険者になったあとも必要となる知識だからだ。ま、人間は好きな事なら真面目にする生き物だからな。モチベーションの問題でもあるけど。
「(なら、お前ならどう倒す)」
ジャンヌからそんな質問が投げかけられる。俺の知識力を試したいのは分かるんだが、
「(今回はジャンヌ殿下のリハビリなんだから、俺が考えても仕方がないと思うんだが)」
「(1人の考えばかりを実行していても意味はない。人数が多ければ多いほど、それだけ新しい戦略や戦術が生まれる。ましてやお前は冒険者だ。軍人である私とはまた違う観点から物事を見ているかもしれないだろ)」
双眼鏡を覗きながら不敵な笑みを浮かべて答える。まったく勝手に決めつけないで欲しい。それと何気にハードル上げてませんかね。
嘆息した俺は双眼鏡を覗き直して答えた。
「(本来魔物は普通の動物に比べて魔力感知能力、気配感知能力が高い。まして群れで行動する狼シリーズは分担して周囲一帯を警戒しているから、敏感で長時間行う事が出来る。だから接近して倒すのは難しい魔獣だ。普通は相手の警戒の外から複数人で攻撃するのがセオリーなわけだが……)」
「(私たちは2人だし、生憎と私の武器は魔法剣だ。遠距離攻撃は出来ない。出来たとしても発射速度は魔導銃に劣るうえ、発射するまでに魔力を感知される恐れがあるな)」
そんな俺の言葉にジャンヌは声を弾ませて答える。なに、嬉しそうに指摘してるんですか。
「(ああ、だからここは挟み撃ち作戦で行こうかと思う)」
「(ほう……で、具体的な作戦は?」
真剣な面持ちで問い返して来るジャンヌ。だけどどう見ても獰猛な獣の目にしか見えないんだが。
双眼鏡で覗くのを止めた俺たちは地面に簡単な作戦を描いていく。
「(作戦は簡単なものだ。1人はこの場所。もう1人は反対側に向かいターゲットだある長牙狼を挟み込む形を作る)」
「(待て。それだと長牙狼風上に立つことになるぞ……お前はそれが狙いなのか)」
俺が不敵な笑みを浮かべていたせいなのかジャンヌは悟り目を見開いていたが、俺は作戦の内容を話続けた。
「(その通りだ。風上に立てば、長牙狼の警戒網の外であっても臭いで直ぐにバレるだろう。そうなれば直ぐにでも斥候を送り出し、数を確認するだろう。だが攻撃する時は全員で行う筈だ。群れの数を考えるに半分に分けてまで攻撃してくる可能性は低いからな)」
30匹にもなれば分からないが、10匹程度なら分けて攻撃する事はないだろう。なんせ狼は群れを大事にする生物だ。それは魔獣で変わりはない。狩りをするにしても確実を狙うのが狼種の特性と言える。ま、中には例外も居たが……。
「(で、10匹全部で目標に接近を開始し始めた直後に風下の奴が攻撃を開始、それに合わせて風上の奴が長牙狼に接近し更に攻撃。連携が完全に乱れた隙に風下の奴も接近、もしくは外から援護射撃をすると言う形だ)」
「(だが、これはどう考えても穴だけの作戦に思えるが?)」
ま、当然だよな。俺だってそう思う。だが、
「(俺とジャンヌの力ならこの穴だらけの作戦も余裕で出来ると判断した)」
だいたいこの程度の魔獣相手に作戦を考えた事なんか一度もない。依頼で請けた時でさえ、一定の距離まで近づいたら相手に気付かれるより速い速度で接近して殺していたからな。そして今回の長牙狼も同じやり方で殺せる自信がある。
弱者が強者に勝つために綿密に作戦を考えるのは当然だ。だが強者が弱者を倒すのに綿密な作戦を考えるなんて事はしないからな。ま、その結果がこの穴だらけの作戦なわけだが。
「(……この作戦で行きたいところだが、却下だ)」
「(理由を聞いても良いか?)」
別に怒っているわけでもない。こんな穴だらけの作戦で行く奴なんてそうそういないだろうからな。ジャンヌの判断は正しいと言っていいだろう。だがそれでも理由もなしに却下されるのは今後迷いや判断が鈍る可能性があるからな。
「(その作戦はお前が考えたのであって私が考えたものじゃないからだ)」
「(あ)」
そうだった。今回はジャンヌのリハビリが課題なわけだから作戦もジャンヌが考えなければならない。だから俺が考えた作戦を実行するわけにはいかないのだ。俺ものめり込み過ぎてすっかり忘れてたな。
「(それでジャンヌが考えた作戦ってのは?)」
「(至極単純にして簡単なものだ。名付けて一撃必殺)」
おい、それってもしかして……。
不敵な笑みを浮かべるジャンヌ顔を見て俺は嫌な予感しかしなかった。
「(分かりやすく言えば、2人で突撃し相手が困惑している隙に全滅させるだけの簡単な奇襲だ)」
ですよね~。ま、そんな気はしていたが、ジャンヌが本当に304遊撃連隊の隊長だったのか不思議に思えて来た。
「(これは私とお前の実力なら出来ると判断した作戦だ)」
ま、俺の作戦より短時間で済むうえ、風上に移動するまでにバレる危険性がある俺の作戦に比べたらマシとも言えなくもないな。
「(因みに遊撃連隊の時ならどうやって倒してた?)」
「(相手の警戒網外から半包囲射撃で全滅させていただろうな)」
うん、それなら確実だな。同士撃ちにもならないし、魔導銃による連射性や銃弾の速度を考えるなら十分な討伐手段だ。
因みにジャンヌは地獄島の話題を出さなければ、少しなら第304遊撃連隊の話を出しても問題は無いほどに回復している。
「(それじゃ、行くとしよう)」
「(了解)」
ジャンヌの指示に従い俺たちは獲物を定めて地面を駆けた。
相手の警戒網に入ったとしても入った事に気が付くき仲間に知らせた時には俺たちは既に長牙狼の目の前までやって来ていた。
完全に困惑し連携が取れない長牙狼に対してジャンヌは腰に携えていた魔法剣はライトセイバーのような姿を化し、氷の刃で敵を斬り倒し、俺は普段通り殴り飛ばして首の骨を折ったり、指突で頭蓋に穴をあけて絶命させた。
作戦開始からわずか数分で見事に全滅させた俺たちの周りには長牙狼の死体が転がっており、地面も血で染まっていた。
地面からジャンヌに視線を向け直すと、ジャンヌは地面をじっと見つめていた。
周囲を警戒するわけでもなく、言葉を発するわけでもなく、ただ無言で見つめていた。
そう、これがこの訓練の最初の難関とも言える。きっとこの光景はトラウマと重なる部分がある。つまりトラウマが蘇る可能性がある。それを見事乗り越えて貰うための訓練。
これまで以上にジャンヌの精神を揺るがす訓練になるだろうが、それでもやらなければジャンヌは二度と戦場に立つことは出来ないだろう。
だから俺は何も言わない。最初の一歩だけは自分で踏み出さなければ意味がないからだ。
苦しみと葛藤しているジャンヌを視界の端に留めながら俺は長牙狼をアイテムボックスに入れていく。この場で血抜きした方が汚れずにすむんだが、生憎と呪いのせいで紐で足を縛って吊るす事も出来ないし、木や石に凭れさせる事も出来ない。まったく忌々しい呪いだ。勿論周囲に魔物が居ないか警戒は怠らずに。
長牙狼の死体を纏めてアイテムぼっくに入れる事は可能だが、出来るだけ時間を掛けて1匹ずつアイテムボックスに収納していった。それでも5分と掛からなかったが。
本来なら血の匂いが充満する場所に長く居続ければ他の魔物に来る可能性があるので早く移動したいが、ジャンヌの葛藤は未だ続いている。ま、普通の冒険者パーティーなら未だ血抜きの最中だろうから、別に問題はないが。気配感知にも魔物は掛かっていないしな。
それから待つ事10分。
「……ふぅ~、すまない待たせてしまったな」
「別に、煙草を吸う時間が貰えたからこっちも助かったぜ」
「本来は一人が休憩している時はもう一人が周囲の警戒をするのが鉄則の筈だが?」
「俺が警戒していないように見えるのか?」
「その姿だけなら充分に見えるぞ」
だろうな。
本来、魔獣が生息する森の中で煙草を吸うのは危険行為でしかない。魔獣に自分たちの居場所を教えているようなものだしな。普通は魔獣除けなどのお香を焚いている間しか吸えないからな。
だが俺たちが居るのは魔獣の血が充満した場所。未だに鉄臭い臭いが鼻孔を刺激してるんだ。煙草の1本や2本吸ったとこで魔獣たちには血の匂いのほうに意識が行くだろうよ。
それにどれだけ警戒していないように見えようが気配感知に反応はない。
ジャンヌも俺が気配感知をしている事に気が付いているのだろう。だからこそ姿だけを指摘してきたのだ。
「それよりも移動しないか?」
「ああ、そうだな」
魔獣の死体も消えている事に気付いているジャンヌは俺がアイテムボックスに収納したんだろうと判断して返事をしたんだろう。
それよりもジャンヌが1人でトラウマと闘って勝った事に今は喜ぶべきだろう。
それから俺たちは何度か魔獣と戦闘を繰り返した。俺の予想を上回る速度でジャンヌはトラウマと闘い克服していった。それが虚勢で無い事を祈るとしよう。
スマホで時間を確認すると既に12時を回っていた。ここいらで昼食にすべく俺たちは開けた場所で休憩する事にした。
アイテムボックスから取り出したのはイオに渡された弁当だ。中身は俺もしれない。
その内の1つをジャンヌに手渡す。
「アイテムボックスとは便利なものだな。こうしてお昼に温かいご飯が食べられるのだから。どうだ、冒険者を止めて私の部下にならないか?」
「悪いが俺は冒険者の方が性に合ってるんでね」
「それは残念だ」
全然残念がっているように見えないんだが。それにどうせ俺を荷物運び代わりにしたいだけだろ。そんな面倒な事誰がするもんか!
俺は弁当の蓋を開けると、旨そうなサンドイッチが入っていた。それを1つ手に取り頬張る。美味い!予想以上の美味しさに俺は堪能していると、ジャンヌが話しかけて来た。
「覚えているか、お前と私が決闘した時、お前が私に言った言葉を」
唐突に何を言い出すかと思ったが、俺は口に含んでいたサンドイッチを飲み込んでから「覚えている」と答えた。
するとジャンヌは嘲笑うかのように鼻で笑い捨てると口を開いた。
「あの時お前が言ってくれた言葉に私は前に進めると思った。だが情けない事に自分の剣を見ただけであの時の記憶が津波のように一気に押し寄せてきて、私は恐怖で動けなくなってしまった」
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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萌の物語が始まる。
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