鬼神転生記～勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。～

第七章 忙しいが、呆気なく都市ルーセントに向かう事になりました。

第百十五幕 睡眠と睡魔の微風

　宿屋から移動を開始して数分後には目的地の建物――ドゥーナ商会の前にある建物の裏まで到着した。
　(やはり商会の1つが暗霧の十月ミラージ・サヴァンと繋がっていたか）
　千夜は自分の推測が当たっていた事に少しだけ安堵しつつラッヘンに侵入出来るようにせよと指示を出す事にした。

「(あの建物には裏口はあるか？)」
「(はい。裏手に丁度あります。今すぐ開けて来ましょうか？)」
「(たの――いや、待て)」
　しかし、千夜は即座に自分の考えを変更し、ラッヘンに待機するよう命じる。
　そんな千夜の突然の判断にラッヘンを含んだ全員に困惑の表情が浮かび上がった。
　(危うく失敗するところだった。やはり暗霧の十月ミラージ・サヴァンのボスは只者じゃないな)
　敵のトップに称賛の言葉を心の中で贈りながら千夜は自分たちが身を隠している建物の中とドゥーナ商会とその後ろにある建物に改めて確認するように視線を向けた。
　(この建物に３人、裏の建物にも３人、ドゥーナ商会に２人か。もしかしたらとは思ったがやはり監視が別に居たか)
　予想以上の徹底した監視体制に千夜はほんの僅かだけ引き攣った笑みを浮かばせた。
　(ラッヘン１人の時はスキルを使用して知られる事無く侵入する事が出来たようだが、今回はそうはいかないしな）
　千夜は早速困惑の表情を浮かべるラッヘンたちに気が付いた事を伝えることにした。

「(今、俺たちが隠れているこの建物とドゥーナ商会とその後ろの建物に見張りをしている者たちが居る)」
「っ！」
　そんな千夜の言葉に全員が目を大きく見開け驚いた表情を浮かばせる。それこそが千夜が困っている理由の一つでもあった。

「(も、申し訳ありません！私が気付かなかったばかりに！)」
　ラッヘンは即座に千夜の前で跪き謝罪の言葉を口にした。
　ラッヘンを含めスケアクロウたちは創造主である千夜によって産み出された存在。つまりラッヘンたちにとって千夜こそが唯一神なのだ。
　それほどまでの存在から啓示とも言うべき命令を全うできなかったと言うのは使徒であるラッヘンにとって大きな失態と思うべき出来事なのだ。

「(この失態は私の命で――っ！)」
「(待て)」
　袖から取り出した暗器で自害を図ろうとしたラッヘンを制した千夜は言葉を口にした。

「(誰だってミスはするものだ)」
「(で、ですが――)」
　慰めようとしてもやはり納得していないラッヘン。
　(忠誠心が厚いのは嬉しいが、こういう時面倒だな。厳しめに言えばどうにかなるか？)

「(ならそのミスを取り返して見せろ)」
「(っ！勿体無き御言葉！愚鈍で矮小たる私にチャンスを与えて下さるとは……)」
　仮面の隙間から雫が垂れ落ちているのが千夜の視界に入り、千夜はきっとあの主人公もこんな気持ちだったんだろうな。と昔見たアニメの主人公の事を思い浮かべるのだった。
　どうにかラッヘンの問題を解決した千夜は脳内で早速どうやって中に入るか思考を巡らせ始めた。
　(監視している者たちを全員を殺すのはここに居るメンバーなら可能だろう。だがこれほどまでに警戒の強い相手の事だ。定時連絡は行っている可能性が高い。ましてやラッヘンやエルザたちが気配に気づかないほどの手練れ連中、可能でも周囲に気付かれづに出来るとは限らない。ましてや定時連絡が途絶えれば間違いなく、俺たちの事が確実にバレてしまう。それだけは避けなければならない。気絶させるのもだめだ。目を覚ました瞬間に連絡される恐れがある。となると定時連絡が遅れる可能性があるが、全員に寝て貰うしかないだろう)
　一つ一つ危険な選択を消して行き、最終的に千夜はそう決めた。
　(となると使う魔法は睡魔の微風ドルミール・ブリーズだろうな)
　睡魔の微風ドルミール・ブリーズとは闇魔法の1つであり、初級魔法である睡眠スリープの1つ上、中級あたる魔法だ。
　睡眠スリープは対象者を目視しなければならないうえ、一人に対してしか効果を発する事が出来ない。
　それに対して睡魔の微風ドルミール・ブリーズは対象者を目視する必要はなく最大半径５メートル内の場所を目視していれば問題なく、単体ではなく多数に対して効果を発揮する事が出来る範囲発動型の魔法だ。
　そしてこの場には千夜を含め闇魔法が扱える者が３人以上居る。

「(俺、ラッヘン、クロエの３人でそれぞれの場所に睡魔の微風ドルミール・ブリーズを使って監視している者たちを眠らせるぞ)」
「(仰せの通りに)」
「(分かったのじゃ)」
　二人からやる気のある返事が返って来る。勿論周囲には聞こえないギリギリの声量でだ。
　実力的な事を言えばエルザの方が良いが、今後の事を考えて敢えて千夜はクロエを選んだ。
　ラッヘンとクロエに指示を出し、３人同時に睡魔の微風ドルミール・ブリーズを三ヵ所に発動した。
　千夜は一番通りドゥーナ商会の裏にある建物、ドゥーナ商会はラッヘン、そして千夜達が身を隠している建物にはクロエが担当した。
　発動して１分後には全員が気絶するように眠ったのを気配で確認した千夜。
　(どうやら上手く行ったようだな。実力的に魔法耐性も持っていると思ったが、どうやらクロエたちの方が上だったようだな)
　賭けな部分があった事は否めないが上手く行った事に安堵した千夜はすぐさま頭を切り替えて次の行動へと移した。