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第五章 依頼が無いので、呆気なく新婚旅行に行く事になりました。
第百二十五幕 漆黒と醜いブタ
しおりを挟む「クッ! まったく相変わらず強欲な男だな」
帰路の途中、デセオは先ほどの密会での会話を思い出す。
「貴重な薬草や食材といった物をタダ当然に与えてやっているというのに。今度は女を寄越せとは、まともに魔法も使えない劣等種族が。ちょっと優しくすれば頭に乗りやがって」
ブタと言っても可笑しくは無いほど、まるまると太った商人の欲にまみれた下品な笑みを思い出すたびに顔を顰めるデセオ。
しかし、それも仕方がないと言えた。デセオは一度あの商人に頼んで村を襲わせたのだから。
「そろそろ潮時だろう。欲しいものは手に入れた。奴への恩も次で最後だ。それにこのままだとますます即けあがるからな」
デセオは笑みを浮かべて帰路を歩き続けるのであった。
******************************************
男は護衛兵に囲まれながら歩く。
右手に持ったタオルで額の汗を拭いながらたっぷりとついた贅肉を揺らす。
しかし、男の表情もデセオ同様顔を顰めていた。
「亜人風情が人間に逆らうなど、身の程を知れってもんだ。このワシ自らこんな偏狭まで来てやっていると言うのに」
男の名前はセルド。
フィリス聖王国に本部を構える商会の重鎮の一人である。
火の国の帰りにこの森の入り口にてデセオと出会い、彼の目論見を知ったセルドは素晴らしい商売が出来ると即座に判断したのだ。
デセオが人間を見下すように、セルドもまたエルフである亜人種を見下していた。そんな二人だからこそ表面上は友好的な客と商人。しかし心の中では互いに相手を軽蔑し、馬鹿にしているのだ。
それでも二人には相手を利用する事で利益を得ているのも事実であった。
しかし、それも長くは続かない。
「フンッ、あんな欲にまみれた亜人とは次で最後だ!」
セルドもまたデセオとの商売を次で最後にするつもりで居た。
「だが、その分最後の一滴まで搾り取ってやるわい!」
下卑た笑みを浮かべ森の外へと向かう。
(女子供だけでなく全て奪ってやる。どうせ最後なのだ。それなら盗賊の振りをしてあの男を殺してしまえば良いだけの話だ)
素晴らしい考えだと自画自賛に酔いしれるセルドだが、その目論見が実行される事は無かった。
「むっ!」
一吹きの突風。一瞬だったが腕で顔を守るという動作をさせるのには十分だった。
「なっ!」
突風が止み、再び目を開けるとそこには護衛を行っていた衛兵6名が気絶させられていた。
「いったいこれは! ま、まさかあのエルフがワシを殺そうと」
「それは違うな」
何処からとも無く現れた青年の口から否定される。
「お、お前は何者だ!」
セルドは混乱を抑えきれないのか怒声を荒げて青年に問う。
「俺はただの混合種だ」
淡々と答える青年。
「混合種だと。魔族風情がワシに何のようだ」
恐怖で逃げたしたくなる思いを押し殺しセルドは目の前の男に対して強気に問い返す。良い言い方するなら堂々とした態度、悪い言い方をすれば傲慢。そして今回青年が受け取ったのは後者のほだった。
「別に大した用ではない。少し付き合って貰うだけだ」
「生憎とワシは忙しい。お前のような魔族風情に付き合っている時間は無いのだ」
魔族風情だの亜人風情だのと見下す態度をやめないセルド。どうしてそんな態度がとれるのか、現状をちゃんと把握しているのかと疑問に感じる青年。
「なら、無理やりにでも付き合ってもらう」
「ひぃ!」
鋭さが増した漆黒の瞳孔がセルドを貫くように向けられる。それだけで完全に怯んでしまったセルドはその場に尻餅をついてしまう。
それでも口から吐かれる言葉は未だに威張り散らす内容だった。
「わ、分かっているのか! ワシはフィリスデイ王国にある商会の重鎮じゃぞ! もしもワシになにかあればお前の命はないぞ!」
しかし、この態度にはちゃんとした理由がある。
商会の重鎮の一人であるセルドはそれなりの力を有している。
国家を運営する教会の中にもセルドと友好的な者たちも数名いるのだ。もちろんそこまでに至るまでに行った商売が全て合法な物ではないのも事実。なぜならフィリス聖王国は人間至上主義。つまり人間以外をどう扱おうが罪には問われないのだ。
勿論それを他国で犯せば国際問題まで発展するだろう。しかしバレなければ良いだけの話であり、国境を越えてしまえばばれたとしても言い訳はどうとでもなるのだ。
そんな平然と違法行為を行って手に入れた人脈と地位で今回もどうにかなると考えているのだ。
しかし目の前に立つ青年に通用するわけも無い。ましてや青年にとってはどうでも良いことなのだ。
(降りかかる火の粉は振り払うだけだ)
「そうか。だが、それはお前を殺そうと生かそうと同じ事だ。違うか?」
「………」
セルドは言葉が出てこない。
それもその筈。どれだけ権力や地位を盛っていようとこの状況において個人の戦闘能力がなければどのみち殺されるだけなのだから。
「……わ、分かった! お前に従おう。その変わり殺さないでくれ!」
「良いだろう。真実を話すのならば俺はお前を殺さない。勿論こいつらにも殺させない」
セルドは青年の言葉でようやく気付く。ここには自分と青年だけでなく他にも居る事に。その瞬間、隙をついて逃げる。という自分の浅はかな最後の考えを消し去るのであった。
「それで良いな?」
「も、勿論だ」
セルドは青年に従う事にしたのだ。
(ワシはまだ美味い物たらふく食べたい。女を抱きたい。金が欲しい。だから死にたくない!)
それが醜い欲望からの自己保身であったとしても、この場で死ぬ事は無くなったのだった。
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