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第六章 帰って早々、呆気なくフィリス聖王国調査を始めました。

第七十六幕 信じないとさよなら

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 こうして勇治たちと縁を切った和也はようやく自由の身になれた気がした。
(どこかで引き摺ってたんだろうな)
 そんな事を思いながら自分の持ち場に戻る。
 結局その後魔族軍は主戦力であった十二神将とその補佐官を失った事で勢いが弱まり、撤退したが、追撃にあい、海に逃げる頃には2000を切る数となっていた。
 その日の夕方、魔族軍の撃退した帝国軍と取り残されていた住民達から歓喜の雄叫びが都市ロアントに轟いた。
 なにより今回の防衛戦の功労者である月夜の酒鬼だった。和也と勇者の成果も甚大だったが、それでもやはり城門での戦闘が兵士達の記憶に強く根強いていた。
 帝国軍の中には和也を賞賛する声も多かった。それは亜人種に対して軽蔑する事が無いことが分かった事も大きな要因だったと言えた。
 真由美や紅葉、奏、正利たちもそれなりに賞賛れた。しかし勇治だけは違った。サイロの指示で緘口令がしかれたおかげで住民達には知られなかったが、帝国軍の間で不満と疑念が絶えなかった。
 本当に勇者なのか? フィリス聖王国の騎士の方が頑張っていた。活躍していた。やっぱり魔王を倒してくれるのは勇者ではなく月夜の酒鬼だけだ。など様々な意見が飛び交っていた。中には初めてだったからしかたがない。という声もあったがそれは極少数に過ぎなかった。

 都市防衛戦を勝ち抜いた月夜の酒鬼、和也、勇者たちはそれぞれの部屋で寛いでいた。ほんとうなら戦後処理を手伝わないといけない筈だが、サイロの気遣いでしなくて良くなったのだ。

「大丈夫ですので、援軍の一部が先立ってこちらに向かっているそうです明後日には到着するそうなので、皆様は休んでいてください。私はこれから軍務総監に報告しなければなりませんので、それでは」
 と執務室へと立ち去っていったサイロの後姿が忘れられない勇者たちだった。
 現在真由美たちは勇治を除いて集まっていた。

「勇治の様子はどうだ?」
「身体的な心配は無いわ。掠り傷程度だったから。でも心のほうは………」
「そうか」
 真由美の言葉に正利たちは表情に影が落ちる。

「それにしても和也の奴あそこまで普通言うかよ」
「仕方がないわよ。事実だもの。私も最初は勇者の一員として正義をなせるって舞い上がっていたけど、時が経つにつれ感じてたわ。これは戦争なんだって」
「いや、それは俺もそうだけどさ」
「これから私達どうしたら良いのでしょうか……」
「分からないよ。私はお兄ちゃんの仇を討つために戦ってただけだから。でも本当は生きてて………うぅ……」
 生きてた嬉しさと縁を切ると言われた悲しさが同時に込み上がってくる。

「お兄ちゃん………縁を切るって本気なのかな?」
「そ、それは……」
「多分本気だと思います……」
「ねえ、どうしてどうしてよ!」
「それは……多分ですけどあの事件が発端だと思います……」
 紅葉の言葉にあの時の強盗事件の記憶が蘇る。
 目の前で犯人と取っ組み合いをし、殺した和也の姿。真っ赤に染まったナイフと手。

「でもその後私達は謝ったし、仲直り出来た筈よ。だから一緒に勇者として戦ったんでしょ!」
「確かにそうですけど。謝ったから許せる。また友達になれるって訳ではありません。だから和也さんは私達一緒に行動する事を避けてたんです」
「確かにそうだけど。勇者になってからは………」
「あんまり一緒に居ませんでしたよね。私達が訓練しているとき書庫で調べ物してましたし、なにより元の世界に帰るかって話した時は露骨に嫌がってましたから」
「それはそうだけど。和也だった勇者として共に戦う事を了承したじゃない」
「いえ、和也さんは私達と違って了承してません。勇治さんが快く了承し私達も同じ気持ちでしたが和也さんだけは勇者として頑張るともこの世界を救ってみせるとも一言もいっていません」
「それって仕方なく勇者として戦っていたってこと。でも和也は私を助けれくれたじゃない!」
「はい。でもその時はまだ心残りがあって完全には縁を切れなかったんだと思います。ですが、2年の間で和也さんの気持ちに整理がついたんだと思います」
「そ、そんな……」
 紅葉の推測は完全に当っていた。和也は死んで2年間に様々人と出会った。その中には大切な家族。愛する者たちが、和也の凍った心を、心残りを溶かしなくしてくれたのだ。和也には新た居場所が出来た。あらたな目的が出来た。そこに真由美たちの居場所は無かった。完全に道が別れたのだ。

「私は信じない!」
「奏……」
「私……もう一回お兄ちゃんに聞いてくる!」
「「「奏!」」ちゃん!」
 和也と話すべく部屋を飛び出す奏。そんな奏を追いかけて真由美たちも和也の許へ向かう。

            **************************************

 蒼槍を磨いた和也はベッドに寝そべり寛いでいた。
(あとはフィリス聖王国に戻って依頼をこなすだけだな)

「予想以上に時間がかかるものだ」
 もっと早く済むと思っていた依頼だったが、色々な出来事が重なり半年近くも時が経っていた。
(あとは、王城内を調べて証拠を見つけだすだけだな)

「それにしても総指揮官が居なかった事を考えるとやはり強行斥候の可能性が大きいな」
 十二神将数人で都市ロアントを落とせるか試した魔族軍。しかし、和也には一つの疑問が生まれる。

(魔族対策会議が行われている最中に進行してくるのはあまりにもタイミングが良すぎる。フィリス聖王国で倒した貴族吸血鬼の事を考えるとやはり、魔族と手を組んでいる奴が居るな)
 それがいったい誰なのかは分からない。だがそうとう帝国を嫌っている人物なのは間違いない。少しでも帝国の戦力を削り、権威を落としたい人物。
(考えるに七聖剣に力を与えた人物だろう。力を与える事で戦争時に少しでも有利になるようにしたいようだからな)
 色々と考えが浮かぶが犯人の特徴が浮かび上がってこないのは情報が少ないからだろう。と考えるのを中断し眠りにつく事にした和也は目を瞑るのだった。が、

 トントン

 突然扉が叩かれる。真夜中というわけではないが前もった連絡も無しに来る時間帯では無い。
(エリーゼたちか?)

「誰だ?」
「奏よお兄ちゃん。入ってもいい?」
(奏? いったいなんのようだ。まさかあの時の文句でも言いに来たのか?)
 追い返す事は簡単だったが、嫌いなわけでも気にしているわけでもない和也は了承した。

「良いぞ」
 短い返答して直ぐに扉が開かれる。
 中に入ってきたのは奏を先頭に真由美、紅葉、正利の四人だった。
 勇治が居ない事に気がつき疑問に感じたが和也はまず状態を起こしベッドに座った。

「勇治は居ないのか?」
「和也があんな事言うから精神的なダメージを受けたのよ」
「あんな事? なんの事だ?」
 怒気を含んだ口調で伝える真由美の言葉に和也は怪訝な口調で問い返す。

「分からないの?」
「やめろって言った事か? 相応しくないって言ったことか? それとも迷惑だって言った事か?」
「っ!」
「真由美落ち着け!」
 平然と答える和也を再び張り倒そうとする真由美を正利が羽交い絞めにして抑え込む。
 数分してようやく落ち着いた真由美を見て和也が口を開く。

「で、なんの用だ?」
「お兄ちゃんに聞きたい事があるの」
「なんだ?」
「どうして私達と縁を切りたいの?」
「なんだそんな事か。そんなのお前達が嫌いだからだ」
「っ!」
 和也の言葉に全員の目が少し見開けられる。

「悪い。言い方が悪かった。別に嫌いじゃない。鬱陶しいんだよ」
「……どうして鬱陶しいのよ。私やまゆちゃんたちはお兄ちゃんのこと家族として友達として好きなのに!」
「俺はもう好きじゃない」
 はっきりと誤解が生まれないよう伝える。

「お兄ちゃ――」
「奏! もう無駄よ」
 涙を流し訴えるように嗚咽混じりに叫ぶ奏を真由美が止める。

「和也、教えてどうして好きじゃなくなったの?」
「そんなのあの時からに決まっているだろ」
 和也の言葉に真由美たちはやはりと言う顔になる。

「今度はこっちから聞きたい事がある」
「何?」
「勇治が人を殺したときお前達はどんな対応をしたんだ?」
「そんなの直ぐに傍に行ってお礼を言ったわ。そして慰めたの。勇治は貴方と違って優しいから……」
「そうだな。俺は勇治と違って優しくないし、人を殺したって平気だしな」
「……そうね」
「だが、俺が辛くなかったと思うのか?」
「それは……」
「確かにあの時人を殺してもなんとも思わなかった。辛いとも悲しいとも。あったのは達成感だった。大切な親友と妹を守れた事のな」
 和也はようやく本心を真由美たちに語る。不満や遺恨をこれ以上残さないために。

「だが俺が辛かったのはお前達に、まるで化物でも見るような目で怯え拒絶された時だ。その時俺は悟ったよ。どれだけ長い間家族や友達として過ごそうが関係ないってな」
 悲しみと怒気を含んだ言葉に真由美たちは涙を流す。自分達がどれだけ選択を誤ったのかようやく知ったのだ。

「ごめんなさい……」
「別に謝って欲しいわけじゃない。それに謝罪ならとっくの昔にされているからな」
 真由美の嗚咽交じりの謝罪を平然と跳ね除ける。

「それに俺にはもう大切な家族や友人、愛する者も居るからな。お前達にどう思われようが関係ない。お前らはさっさと魔王を倒して元の世界に帰れ。きっとあいつらもその方が喜ぶ」
 真由美たちは和也が言うあいつ等が、中学生の時クラスメイト、そして和也の両親だと直ぐに分かった。

「話は終わりか? なら出て行ってくれ。明日に備えて少しでも身体を休めたいからな」
「ねえお兄ちゃん結婚したの?」
「したぞ。俺には勿体無いぐらいの妻達だ。拗ねれば可愛いし、俺の背中を追いかけて自分も強くなりたいって言ってくれる。素晴らしい嫁たちだ。あいつらの為なら俺は何だって出来る。誰かに拒絶されようが嫌われようが関係ないって思えるほどにな」
 優しげな笑みを浮かべて語る和也。その姿は真由美たちは初めて見た。その時ようやく理解する。自分達に出来る事はなにも無いのだと。

「そう、分かったわ」
「最後に言伝を頼む」
「何?」
「どうせお前らセレナに会ったら俺の事話すだろ。だからその時伝えてくれ「全て解決した」ってな」
「……分かったわ。………和也」
「なんだ?」
「さようなら」
「ああ、さよならだ」
 真由美は悲しげな表情で告げた。それに対し和也普段通りに言葉を返すだけだった。
 真由美が部屋を出てってからはスムーズに終わった。真由美同様に全員がお別れを告げ出て行ったのだ。
 ようやく一人になった和也はベッドに倒れ込むように寝そべる。その表情には笑みが浮かんでいた。

「これでようやく終わった」
 心の荷が完全に消えた事に嬉しく直ぐに眠りにつくのだった。
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