鬼神転生記～勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。～

月見酒

文字の大きさ

大中小

239 / 351

第七章忙しいが、呆気なく都市ルーセントに向かう事になりました。

第三幕親子と朝稽古

しおりを挟む

　夜の見張りでいつもより寝るのが遅れた千夜だが、何時も通りの時間帯に目を覚ますと一人で朝稽古を始める。エルザは朝食の準備をしており、ミレーネとクロエはテントに戻り朝食まで寝るようだ。
　そんな中千夜は決めた朝稽古のメニューを淡々とこなして行く。
　ランニングから始まり、腕立て、腹筋、背筋、スクワットと一通り体を暖めた千夜はアイテムボックスから鬼椿を取り出し素振りを開始する。素振りを終えた後は目の前に相手が居ると想定したイメージトレーニングをするつもりでいた。が、

「お父様、おはようございます」
「ウィル、おはよう。もう起きて良いのか？」
「はい、昨夜は先に寝てしまってすいませんでした」
　深々と頭を下げるウィルに千夜は素振りと止めて、ウィルの頭を撫でる。

「気にする事はない。自分より強い奴らと行動して緊張もしていたんだろう。自分でも気づかない内に疲れが溜まっていたんだ。仕方が無い」
「でも……」
「気にするな。依頼は始まったばかりだ。な？」
「はい！それでお父様お願いがあるんですが……」
「稽古か？」
「はい！」
「良いぞ。まずは体を解さないとな。軽くストレッチを済ませたらあそこのに見える木まで走って戻って来い」
「解りました！」
　十数分後、準備が整ったウィルは千夜と対峙していた。互いに構える武器は木刀や木剣ではない。本物の刀と剣だ。
　少しでも緊張感のある訓練をするためである。

「どこからでも掛かって来い」
「はい！」
　返事をしたウィルは数秒して千夜に接近して剣を振り下ろす。しかし難なくと躱され、刀の切先を首筋に当てられる。

「前と違って脇も絞められて良くなっている。だが、一撃で相手を仕留められるとは絶対に思うな。どちらかで言えば、一撃で仕留められる方が少ない。凄くてカッコいいと思うかもしれないが、それが通じるのは自分より力が格下相手だけだ。少しでも力が拮抗していれば最初の一撃で倒す事は無理だ。だから一撃入れたら直ぐに二撃目、三撃目を用意していないと駄目だ」
「解りました」
「今度は、一撃目入れたら止まるのではなく、直ぐに攻撃してこい」
「はい！」
　先程と同じ距離まで離れた二人は直ぐに模擬戦闘を再開した。
　今度もウィルが攻撃を仕掛けるが、また躱される。しかし、今度は振り下ろした剣を振り上げる。

「踏み込みが甘いから二撃目が届かないんだ。もっと踏み込め」
「はい！」
　こうして千夜による指導が始まった。

　　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　テントの中で寝ていたエリーゼたちだったが、外から聞こえる甲高い金属音で目が覚める。一瞬盗賊にでも襲われているのかと思ったが、殺気を感じない事から千夜とエルザが朝稽古をしているのだと思い再び寝ようとした。

「あれウィルは？」
　横で寝ていたはずのウィルの姿が無い事に気づいたエリーゼたちは外に出る。
　焚き火で朝食を作るエルザの姿を確認する。

「おはようございます。エリーゼお姉さま、ミレーネお姉さま、クロエお姉さま」
「おはようエルザ。それよりもウィルを知らない？」
「ウィル君ならあそこに」
　エルザが指差した方向に視線を向けるエリーゼたち。そこではウィルと千夜が朝稽古をしている光景が飛び込んできた。

「ウィル君、センヤさんに指導して貰っていたんですね」
「はい、30分程前から二人で稽古をしています」
「センヤもそうじゃが、ウィル坊も朝からよく頑張るのじゃ」
「クロエ、少しは朝稽古に参加した方が良いんじゃない」
「無理じゃ。朝ほど辛いものは無いからの」
「まったく。あれエリーゼ姉さまどうしました？」
　一言も発することなく千夜とウィルの二人を見詰めるエリーゼの姿に首を傾げる。

「ちょっと嬉しくてね」
　下瞼に涙を溜めるエリーゼの姿に困惑するミレーネたち。

「ウィルと旦那様ってどこか距離があったの。中々会えないってのも会ったんだけど。でも安心したわ」
　一生懸命剣を振るうウィル。そんなウィルに厳しく、そして優しく指導する千夜。その光景はまさに親子そのものだった。

「良い親子に見えます」
「そうね」
　剣を弾き飛ばされた勢いで尻餅をつく。そんなウィルに千夜はアイテムボックスからハンドタオルを取り出し差し出す。ウィルも笑みを浮かべて受け取り汗を拭っていく。

「本当に良い親子です」
　汗を拭い終わったウィルは千夜にハンドタオルを返す。千夜も拾っておいた剣をウィルに渡して稽古を再開する。
　そんな二人の稽古に微笑ましさを感じたエリーゼたちはただただ、無言で見詰める。そのせいもあり、結局朝食の準備が整っても朝稽古は続き、朝食を食べ始めたのは予定より30分遅れた後だった。
　朝食を食べ終わった千夜たちは片づけをして直ぐに都市ルーセントに向けて出発した。

しおりを挟む