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第七章 忙しいが、呆気なく都市ルーセントに向かう事になりました。

第二十六幕 アミッツと知らないな

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 観光巡りでリフレッシュが出来た千夜たちは後日改めて依頼を受けるためにギルドに向かっていた。
 昨日よりも少し遅れぎみだが、冒険者に出社時刻は存在しないため別に問題はない。が、いつも以上にギルドが騒がしかった。
 大通りまで聞こえる子供の声、その騒々しさに住民が集まってギルド内を覗いていた。

「ん、なんだ?」
「何かあったのしから」
 ギルドが騒がしい時は大抵緊急事態と相場が決まっているため、自然と千夜たちの足取りも速くなる。

「何かあったのか?」
「あ、センさん。どうも」
 集まっていた住民に話しかける。因みに千夜はここでは、センと名乗っている。安直ではあるが幻惑魔法で姿を変えているためバレる心配はない。

「それよりも何の騒ぎだ。高ランクの魔物でも出現したのか?」
「いえ、実はここから南東南にあるルイラ村の近くにゴブリンの大群が出たらしいんですよ」
「なに。それは本当か?」
「はい。ですが……」
「なんだ。はっきり言え」
「ゴブリンの大群はまだ村を襲ってないんです」
 その言葉にエリーゼたちは安堵の息を洩らす。

「発見したときには直ぐ近くまで来ていたらしくてもう猶予も無い状態らしいです。だけどここからルイラ村まで早馬でも二日は掛かる距離なんです」
「そうか。悪いがそこ通してくれ」
「あ、はい!」
 千夜たちは集まった群衆を掻き分けギルド内に入る。
 そこでは、

「お願い誰か私の村を助けて!」
 薄汚れた服に血まみれの足で冒険者たちに懇願する一人の少女がそこに居た。
(必死だな)
 しかし冒険者たちは、この依頼は不可能と判断したのか誰も少女と目も合わせようとしない。
 体力の限界が近いのか、崩れ落ちるようにその場に蹲る。

「お願い……お願いします……冒険者様の力をどうか貸して下さい……」
 汚れた床に少女の涙で小さな水溜りを作る。

「あ、センさんおはようございます」
「アミーおはよう。あの少女は?」
「実は……」
「大体の話は外で眺めてる奴に聞いた」
「彼女が依頼主です」
「なるほど。で、誰も受けようとしてないと」
 千夜のストレートな言葉に誰も千夜と視線を合わせようとしない。

「しかたありません。どう急いだって間に合いませんから」
「どうしてだ?」
「どう考えても無理だろ」
 千夜の問いに答えたの椅子に座って朝から酒を飲む一人の冒険者。この場にはどう見ても不釣合いと言いたくなる男だ。

「何故だ?」
「おいおいAランクの冒険者様なのにわからねぇのか。馬鹿なのか?」
 その言葉にエルザが今にも男の言葉に程殺気立つ。
 目の前の光景で機嫌が悪い時に主を馬鹿にされた事もありいつも以上に殺気立っているが、その場で留まっているエルザを肩越しに見た千夜はよく絶えたと褒めたい気持ちに駆られる。が、すぐさま頭を切り替える。

「大体、そんな餓鬼の依頼誰が受けるんだよ。酒の足しにもなりゃしねぇ」
 男は吐き捨てるように言うと酒瓶を傾けて酒を流し込む。

「ミレーネ、あの子に治癒魔法をかけてやってくれ」
「解りました」
 ミレーネは急いで蹲る少女に近づき治癒魔法で傷を癒していく。
 意識が戻ったのか少女はミレーネの服を握り締め懇願する。

「お願い! 私の村を助けて!」
「今は動いては駄目です。足の傷に障ります。それより君の名前は?」
「私の名前はアミッツ」
 一瞬男の子の名前っぽいなと思いながらも千夜はアミッツに近づく。

「アミッツ」
「貴方も冒険者?」
「そうだ。Aランクの冒険者でお前の治療をしているミーネの仲間だ」
 ミーネとはミレーネの偽名である。

「一つ聞きたい。どうして俺たちに頼む。村の危機なら領主に頼めばいい筈だ」
「行ったよ! 領主様が住む屋敷には。でも、話どころか会ってもくれなくて……」
「なんて事なの……」
 少女の言葉にエリーゼから悲惨な声が漏れる。ウィルも同じなのか奥歯を噛み締める音が千夜の耳に届く。

「だからお願いです! 助けてください!」
「やめとけやめとけ。どうせ間に合いもしねぇ依頼を受けたってなんの得にもなりゃしねぇよ。自分の戦績に傷を付けるだけだ。それにそんな餓鬼が依頼料を払える筈がねぇーー」
「黙れ」
「ヒィ!」
 千夜の怒気を含んだ言葉に男は怯え硬直する。

「確かにお前の言う事も一理ある。冒険者は正義の味方でも慈善団体でもない。自分に見合った依頼を受ける事が出来る職業だ。そこには必ずと言っていいほど金銭が絡んでくるのも事実だ」
「私にはそんな大金は……」
 千夜の言葉に少女は顔を俯かせる。

「だがアミッツ、お前は運が良い」
「え?」
「丁度、魔物の群れと戦いと思っていたところだ」
「え、それって」
「ああ、俺たちがその依頼を受けよう。勿論依頼料はそれで構わない」
 少女の手に握られた数枚の銅貨。

「え、本当に良いの?」
「ああ、丁度息子に集団との戦い方を教えたと思っていた所だがらな。丁度良い」
「あ、ありがとうございます。これ依頼料!」
「依頼料は依頼達成してからで構わない。それよりも時間が無いんだろう」
「はい!」
「なら、急ぐとしよう。クーエはアミッツを背負って、エリーはウィルを背負って走ってくれ。今回は時間が無いからな」
「解ったのじゃ。ほれ背中に乗るがよい」
「あ、有難う御座います。でも私吹くが汚れてるから」
「なに、気にする事はない。どうせ洗えば済む事じゃ」
 クロエとエリーゼはそれぞれアミッツとウィルを背負う。

「それじゃあ、久々にゴブリン狩りに行くとしよう」
「ええ!」
「はい!」
「無論じゃ!」
「低脳な肉塊は木っ端微塵にしてやります」
 こうして千夜たちはルイラ村へ向かって足を踏み出す。

「おいおい、正気かよ!」
「なんだ?」
 カウンター近くに立っていた一人の冒険者が声を上げる。

「常識的に考えろよ! どうみたって無理に決まってるだろ! 正義感が強いにも程があるだろ!」
「正義感……はは……そんな物は持ち合わせてはいない。そんなもの犬の餌にでもしてやれ」
「じゃあ、なんでだよ!」
「聞いていなかったのか? 息子に敵の集団を相手にした時の戦い方を教えるためだ」
「だとしても間に合わないだろ」
「何故だ?」
「常識的に考えろよ」
「常識。そんなもの知らないな。俺は俺のやりたいようにするだけだ」
「なんだよそれ……」
「時間を無駄にしたな。少し急ぐとしよう。ん? 何を笑ってるんだ?」
 ミレーネとクロエに視線を向けるとなぜかクスクスと笑っていた。
(何がそんなにおかしいんだ?)
 さっぱり解らない千夜は首を傾げるが、直ぐに切り替えギルドを出発した。
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