世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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一章【王城脱走編】

第一話:魔人

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 ――かつて、大戦が起こった。

 災厄の王たちが結集し、人類の生存域を蹂躙し始めたことが引き金となった、史上最大規模の多種族間戦争である。
 多種族で構成される災厄の王たちの力は、天地を裂き、海を割り、神の域にすら到達し得るほど苛烈だったと言われている。
 大戦により、大地は干上がり、人類は困窮し、大陸の三割が海に沈没した。
 現代では、神々の戦いとすら言われているが――戦いの規模と悲惨さを顧みれば、その評価も当然のものだろう。

 しかし、そんな大戦を人類を生き残った。――否、勝ち残った。
 人類の勝因となったのは四人の英雄たちだ。彼らは四天大聖と呼ばれ、全ての災厄の王を打倒したと言われている。

 だが、四天大聖ですら手を焼いた異質な“災厄”があった。

 ソレは、災厄の王たちと肩を並べた人間。
 ソレは、たった一人で四天大聖と刺し違えた人間。
 ソレは、人の域を超えた人類最強の生命体。

 王ならざる災厄として数えられたソレの名は――“災厄の魔人”デオドラ・ロイーゼ。

 ◇◆◇

 ここは閑寂が包みこむ王城の最奥地。
 暗鬱な空気の立ち込める地下牢は、居るだけで心が腐りそうな瘴気が充溢していた。

「気分はどうだ? 魔人と呼ばれし大罪人――デオドラ・ロイーゼ」

 古傷が目立つ白銀の鎧を着込み、厳格な風采と歴戦の戦士としての貫禄を帯びた、黒髪の男。
 デオドラは自分の名前に反応するように、力なく面を上げて相手の表情を覗き込んだ。その緑玉の瞳に見据えられた対面者は委縮して一歩後ずさるが、語調と気分を整えるように咳払いをすると、滔々と言葉を続けた。

「――貴様は、かの英雄たち『四天大聖』と刺し違えた唯一の人間だ。“災厄の王”にすら勝利した彼らが、四人で束になってようやく相打ちにまで持ち込めた存在。人格の良し悪しを抜きにすれば、歴史上最強の人類種は貴様ということになる。我々には貴様のその傑出した戦力が必要だ。
 だから――貴様はここに呼ばれた。黄泉の国から、現世へと」
「……」

 デオドラは沈黙をもって返答とした。不吉な双眸の深淵に見つめられ、対面者の男は冷や汗を流す。
 武装もしておらず、戦闘態勢にもない、緘黙して座す太古の“魔人”。檻を隔てていても尚、デオドラから発せられる威圧感は暴力的なまでに剣呑だった。

 何か考え込むように俯き、いつまで待っても返事をしないデオドラに痺れを切らしたのか、男は檻に手をかけて魔人に接近する。
 すると、男のその行為に焦燥したのが、男の周囲を固める複数の従者たちだった。

「国王陛下、それ以上近づくのは危険です……! この男は“災厄の魔人”ですよ! 何をしでかすか分かりません……!」

 男が何と呼ばれたのかを聞き、不意にデオドラが顔を上げた。

「国王、陛下?」
「っ」

 デオドラが反応を示したことがよほど嬉しかったのだろう。国王は更にデオドラへと詰め寄ると、先ほどよりも逸った口調で言い連ねる。

「ようやく口を開いてくれたか。……そうだ。私はソルセイン王国代99代国王、レイノール・ラッド・セイム・ソルセイン。この国の現王だ」
「成る程。単なる側近にしては多すぎるから、ただの貴人とは思ってなかったが……まさか王様とは」

 一国の元首と相対してようやく口を開き始めるデオドラだが、彼も歴史的要人なだけあって、過剰にレイノールに遜る様子はない。むしろその風体は、最低限の礼を取り繕っているというものだった。見下しているといかないまでも、本来必要な分の礼節が幾分か欠けている。
 あくまで事務的に、淡々と仕事をこなすように、温度の無い振舞いでレイノールに応答しているだけだ。

 しかし、そんな魔人に対しても、レイノールは気丈に取り繕い、威厳ある声音を演出して言った。

「巨悪たるデオドラよ、王たる私が、貴様に命令を下す。来たる災厄の王の復活……その日に備え、我らに助力せよ。かつては奴らと同じ“災厄”として比肩した貴様だが、今生においては人間としてその生を全うするのだ」

 このソルセイン王国は、目下の所、未曾有の危機にさらされている。いや、王国だけに留まらず、この危機は全世界を巻き込みかねない危険性を孕んでいた。
 その危機というのが、災厄の王の復活である。
 歴史によると、デオドラと同じ時代に存在していた人類の怨敵集団。その内の一つが、現世に蘇るという予言が幾つも確認されているのだ。

 災厄の人間を用いて災厄の王を退ける。これが、現行の王政がたどり着いた最適解だった。

「……四つ、質問がある」
「質問? ……言ってみろ」

 状況判断が速いのか遅いのか。ともかく、全ての説明を終えた気でいたレイノールには、魔人の疑問など知る由もない。
 若き国王は一抹の不安を握りしめ、古の罪人からの問いを持った。
 
「一つ目。俺は、大戦の後遺症で死んだ。だが、意識を手放してしばらくすると、ここで目覚めた。俺は生き返ったのか?」
「そうだ。貴様の時代から、今は約千年経過している」
「……」

 デオドラが驚く様子はない。転生魔法はデオドラの死後に開発された奇跡の秘術である。
 彼にとっては未知の魔法の筈だが、伝承のデオドラ・ロイーゼは聡明な賢者でもあった。彼なら、将来的に生物の生死を逆転させる魔法が誕生することも予見出来ていたのかもしれない。千年という年月も、驚愕には値しないのだろう。

「二つ目。アンタの言う“災厄”とは何だ?」

 生前もデオドラは災厄の魔人として広く知れ渡っていた。自分の異名は、デオドラにとって馴染み深いものである筈である。質問の意図が理解できず困惑するレイノールだが、質問の意味は至極明快である。
 予備知識のない子供にでも分かるように、レイノールは噛み砕いて説明した。
 
「千年前の種族大戦で、人類と争った大敵のことだ。言い換えれば、敵対関係にあった種族の王のことを指す。故に“災厄の王”と呼ばれている。
 しかし、貴様の場合は少々異質だ。人類に牙をむいた人類であり、当時の種族王と同陣営についた悪逆人。故に魔人……“災厄の魔人”という訳だ」

 すなわち、災厄の王とは戦時中の種族王――竜王や巨人王、羅刹王などの他種族の長――のことであり、災厄の魔人とは、人の身でありながら人類の災厄足りえた人物――デオドラ・ロイーゼのこと――という訳である。

「……三つ目。四天大聖とは何だ」
「全ての災厄を打破した四人の英雄のことだ。貴様とて、四天大聖とは覇を競った間柄であろう? 現代人である我々より、貴様の方がよほど詳しいのではないか?」

 そう。ここまでデオドラが質問してきたのは、現代における常識的な歴史知識である。歴史の当事者であるデオドラは、知識としてしか過去を知らない現代人と異なり、経験として過去を見てきている筈だ。しかも、四天大聖はデオドラにとって天敵でもある人物たちである。

 その場では、妙な問いばかりのデオドラに不信感を持つ者もいたが、デオドラとしては、の補足説明を頼んでいるだけだったのだから、双方の感覚が噛み合わないのは仕方なかった。

「四つ目。アンタたちは戦力として、魔人だとかいう極悪人の俺を生き返らせた。どうしてだ? 四天大聖を生き返らせて助けを求める方が自然じゃないのか」
「何、簡単なことだ」

 これに関しては、デオドラの疑問も尤もだ。
 現代人が対処不能の危機に晒されているとする。過去に遡って偉人たちの誰かに助力を乞うのなら、さて、災害扱いの大罪人か、救世の英雄か、どちらを選ぶのが正解だろうか。
 誰も好き好んで、人格の保証がされない罪人を蘇らせようとはしないだろう。

 しかし、レイノールたちは四天大聖よりも災厄の魔人を選んだ。
 英雄よりも罪人を選んだのだ。それは一体、何故だったのか?

「四天大聖は確かに聖人君子ばかりだ。喜んで我らの力にもなってくれるだろう。しかし、転生魔法が使えるのは一度きり。そして一度に一人のみ。四天大聖は四人だ。それらが共闘して、ようやく貴様と刺し違えた。単体なら貴様の方に軍配があがると判断したまでだ。
 ……大聖にしろ、魔人にしろ、人間であることに変わりはないからな」

 要するに四天大聖よりデオドラ・ロイーゼの方が強力な戦力になるという理由だった。
 現代人は、蘇らせる対象の意志を全く考慮に入れていないのだ。転生者が自由意志の元で協力を承諾してくれるのか、そういった懸念を抱いていない。

 レイノールは、仮にデオドラが提案を拒絶したところで何の問題もないと考えているようだ。

「……へぇ、言い換えれば、俺を屈服させる自信があるって訳か」
 
 デオドラの不敵な笑みで空気が凍り付く。鉄仮面を貫いていた魔人が、ここで初めて微笑んだのだ。恐怖の念は伝播していき、檻の外の全ての人間が表情を厳しく固めた。
 中は武器を手に取る者もおり、デオドラが恐れられている度合いは、人によって大小差はあれど、かなりのものだった。

「王様。四つの質問を踏まえた上で伝えておくことがある」
「何だ」

 ――しかし、当のデオドラには、周囲の者が思っているような感情は芽生えていない。
 今のデオドラは困惑しているだけだ。話が噛み合わない理由を、恐らくは彼一人だけが理解し、それを誰も共有していないことに失笑している。零れた笑みは、茫漠とした想いで満ちていた。

「俺は確かに種族大戦を戦ったが、そこには災厄の王も、災厄の魔人も、四天大聖なんて言葉も、何一つ存在しなかった」

 話が噛み合わない理由はすぐに分かった。
 最初は夢でも見てるか、別世界に召喚されたかのどちらかと考えていたが――デオドラ・ロイーゼという名前が歴史に刻まれており、詳細に肉付けされていることから、どちらの可能性も切り捨てられた。
 であれば簡単な話だ。

「――アンタたちの歴史、間違ってるぞ」

 世界を救ったハズなのに、彼は世界の悪役として語り継がれていたのだ。
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