世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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二章【亡霊教会編】

第十八話:竜の招き

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 暗がりの中を歩く二つの影があった。

「アレをどう思う、ボス?」
「魔人様は完全に目覚めておられないのです」
「はは、同感だ」

 デオドラの言動を総評し、二つの亡霊は同じ考えに行きついた。
 彼らにとって災厄の魔人とは、家族よりも親しみ深く、神をも凌駕する至上の概念である。それに該当するデオドラが、二人にとって望まぬ形をしている訳がない。
 であれば、これは試練である。
 災厄の人間を再び降臨させるための、千年来の亡霊に課せられた試練。
 
「魔人様を覚醒させるための儀式が必要だ。犠牲が必要だ。闘争の果ての悲鳴と、死者の怨恨が必要だ」
「……その為の祭りとなりそうなのです」

 フィルマートはくつくつと笑うと、大人びた語調で上司に当たる少女へ問いかけた。

「なぁボス、ギビアナって魔獣を知ってるか? オレの故郷で見つかった、ロイヤルギアスの制御下にない新種だ」
「それがどうかしたのです?」
「ギビアナには専用の狩り方がある。焚火を囲んで鶏肉を焼き、ぴゅーぴゅ―口笛を吹くんだよ。そうすれば、奴らは仲間の誰かが食事をしてると思い込んで、火元に集まってくる。
 ……人間もギビアナと同じだなぁ。俺たちはデオドラ・ロイーゼという太陽に惹かれて集まった。じゃあ、デオドラ・ロイーゼは何に惹かれるのか。……決まってる」

 フィルマートの笑みは整った三日月形だ。

「――諸人の嘆きと絶望に招かれて、真なる魔人様が再臨なされるだろう。確かこれが、先代ルピス様の遺言だった。オレたちからしても狂言の多い人だったが、最後のコレだけは本当だったのかもな」
「……ふふ」

 ルピスは共鳴して微笑んだ。


 ◇◆◇


 感情を殺して温和に装うデオドラの努力が徐々に実り、誘拐された人々は平常心を取り戻しつつあった。まだ疑心に満ちた警戒感はその場で停滞しているが、デオドラの抑止によって、即座に殺されるという最悪の事態は訪れないと、誰もが淡く予感しているからだろう。

 そして、初めての食事の配給時間が訪れる。
 教会が誘拐してきた人間の数は実に三百名にも上ったが、それら全てに簡素なスープが用意された。だが、大量の食材を消費したことで、隠遁生活を営む教会内からは反発の声が多々見られた。
 
「ったく、何で貴重な食材をこんな虫共の為に……」
「魔人様の意向なんだから仕方ねぇだろ」

 地下室では、不満を隠そうともしない教徒たちが、愚痴りながらもデオドラの指示に応え、人々に食事を配り回っている。デオドラへの敬慕と理解できない善意の狭間で葛藤する彼らだが、“魔人”に対する忠義新は微塵も揺れていないようだった。

「ほら、お前の分だぞ。肉をよそってあげたから残さずお食べ」

 デオドラが自ら接遇しているのは、義勇団と間違われた少女だった。
 少女は目を見開くと、恐る恐ると観察するように、跪くデオドラの姿を見上げた。

「……貴方は、本当にさいやくのまじんですか?」
「知らない。別人かもな」
「どうして、あたしに優しくしてくれるんですか……?」
「良いから食べろ。冷めるぞ」

 子供が他人からの温情に理由を求めるなんて、あってはならない残酷なことだ。
 デオドラは押し付けるようにスープの入った皿を少女に手渡した。

「さっき、あたしの為に怒ってくれたんですか……?」
「当然だろ」
「……じゃあ、貴方が優しい人なのに、悪い人なのはどうしてですか」

 少女はそこで初めて、戸惑いの表情を露わにした。
 人格の根底に根付く価値観と、目の前の現実が合致せず、正常な思考が不能になっている。それとも、デオドラの目から見れば異常なだけで、矛盾を抱えた今の少女の反応そのものが、この時代で言うところの正常なのだろうか。
 ともかく少女は、自ら“優しい”と称したデオドラに対して、こう言い寄った。

「……みんな、貴方を悪い人だって言うんです。だから、貴方は罰を受けてください」
「……俺、やっぱ罰を受けるべきなのか?」
「はい」

 今の問いに対して、少女に逡巡はなかった。

「貴方が良い人なら、どうかお願いします。罪を償ってください。貴方に殺されたご先祖様が可哀想です。償って、人間をやり直してください」

 心を開いて、善意を向けられているからこその提言であり、それを見抜いたデオドラは落胆する。
 当然ながら少女に悪意はない。しかし、彼女はデオドラが悪人であるという絶対条件を持っていた。助けられたと認識していながら、傲岸ともとれる言葉を選べたのはその所為だろう。

「…………馬鹿みたいだな。子供に期待するなんて」
「へ?」

 もしかしたら、自分を理解してくれたのではないか。そんな薄っぺらい予感すら水泡に帰し、デオドラは苦笑しながら少女の頭をくしゃっと撫でる。

「この世界の根っこにある考え方が、よく分かった。ともかく、話してくれてありがとう」
「……どう、いたしまして?」

 ちぐはぐなやり取りを終えると、デオドラはそそくさと少女に背を向けた。
 行動で示しても、きっと無駄だ。何も伝わりはしない。
 しかし、だからこそ今、デオドラを理解したとある女のことが脳裏によぎる。

(――なんだろうな、無性にセリアに会いたくなってきた。この世界で俺を知ってくれてるのが、彼女だけみたいな、そんな感じだ)

 セリア・エレフ・ソルセイン。
 国を代表して頭を下げてくれた王女様。
 彼女は求めるより先に見抜き、縋るより先に寄り添おうとしてくれた唯一の人間だ。デオドラが王城を逃げ出した後、どんな風に思ったろうか。

 今の調子では、デオドラは教会と共に隠居者として生きる他ない。特にそのことに対する不安も不満もないが、この国の実情を放置するというのもむず痒かった。

(今後、どうしたものかなぁ)

 そんな風に漫然と思っていると、

「フィルマート! 魔人様! 大変です!!」

 息を荒げた教徒が地下室へ押し入った。慌ただしくも只ならぬ様子だった。

「ンだよ、アルベルトか。少しは声を抑えろ。ビビっちまうだろうが」
「……何があった?」

 倦むフィルマートと訝しむデオドラの反応は対照的である。
 デオドラの直感は一種の余地と同義だ。それを示すように、舞い込んできたのは緊急事態の知らせだった。

「襲撃です!! めっぽう強い奴が突然教会堂を襲ってきて、魔人様と会わせろと!!」
「……あのな、そんなモン上の連中で対処しろよ!! わざわざ魔人様を出張らせる気か!? ああ!?」

 襲撃者の急報を受けても、フィルマートの態度は超然としていた。しかし、次に続く知らせを聞くと、流石の彼も表情を強張らせた。

「そ、それが……全員、倒されたんです! ボス以外全員がです!!」
「「ッ!?」」

 猛者ばかりの亡霊教会を蹂躙できる戦力は、ソルセインに多くない。それこそ、王都に常駐する軍勢を動員しなければ、教会の牙城は揺らいだりしないだろう。
 故にフィルマートは焦っていた。

「くそっ、なんで場所がばれたんだ……!? オイ、襲撃者の数は!?」
「一人です!」
「……はぁ!?」

 動転したフィルマートはアルベルトの胸倉を掴み上げる。

「ひ、一人だぁ!? あり得ねぇだろ、何者だ!?」
「襲撃者は“竜人”と名乗っています」
「…………彼女が?」

 竜の巣、もとい竜の里を守っているという番人。竜の血を引く亜人ならば、鍛え抜かれた人間でも並大抵じゃ歯が立たない。
 どうして竜人が教会を襲うのか――と、考えてみれば簡単だった。竜の居所を思しき地点を知ったデオドラの口を塞ぐ為だろう。

「……恐らく俺が蒔いた種だな。よし、俺が行こう」
「いえ、いえいえ! いえ大丈夫です、魔人様! ボスは魔人様を除いた世界では一番強い人間なので、竜人なんかに負けません! 荒事はオレたち門徒に任せてください!」
「そうもいかない。襲撃者の目的は俺なんだろ」

 デオドラは阻むフィルマートを押し退けると、

「お前たち此処の人たちを見ていてくれ。竜人は俺がなんとかしてくる」

 そう一方的に告げてから、階段を駆け上がっていった。

 
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