世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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二章【亡霊教会編】

第二十話:竜王

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 洞窟の中はもはや魔窟と化していた。
 数多の魔的な罠と結界が張り巡らされ異物と化した地下迷宮を抜けると、都市と呼べる巨大な空洞に出る。そこが竜の里だった。
 竜の里は旧態依然とした人の文明と酷似していた。そもそも人と竜の全長に大きな乖離があるため、全体的な規模は違うが、人間が混じっても違和感のない生活感が溢れている。

 数奇な視線に晒されながら、デオドラは竜王の宮殿まで案内された。

「竜王様、お連れしました」
「うむ」

 一つの神話の体現が、荘厳な佇まいで王座に鎮座し、地鳴りのような重圧のある声で頷いた。
 眩しい鉱石の鱗を帯びた巨体だった。太陽と月が交わったかのような壮烈な眼光は、相対する者を無条件に萎縮させる勢いを孕んでいる。
 そこにいたのはまさしく竜王。
 神代最強と謳われ、そしてデオドラに敗れた、初代竜王ジオニドラの生き写しだった。
 
「その憎き面貌、今では懐かしいわぃ。のぅ、デオドラ?」
「……アンタがバディスべロムか」
「応とも」

 バディスべロム歯を剥き出しにニカッと笑って見せた。愛想を繕ったつもりだろうが、無意識に流れる重圧で空間を歪ませていた。

「リエス、下がっておれ」
「は」

 王の言われるがまま、リエスは虚空に消え入った。

「さて、何から話したものかの」
「あ~、そうだな。色々と考えてたんだが、全部飛んだな」
「カカ。まずは腰を下ろすが良い」

 デオドラはその場にどさっと座り込んだ。

「主、この世界に転生して何を見て、どう感じた?」
「……色んな理不尽を見て、何度もムカついたよ」
「カカ、じゃろうな」

 バディスべロムが笑う度に、空が唸り、山が割れるようだった。直接目を合わせてようやく分かる威容に、デオドラは人間の本能として危機感を覚えずにいられない。
 つくづく驚嘆する。千年前の自分はどうやってこの竜の父を殺したのか。今、同じことをしろと言われても出来る自信はなかった。

「アンタ、本当に父親に似てるな。ジオニドラ本人って言われても信じれそうだ」
「馬鹿を言うな。余は父の遥か格下じゃ。父を殺めた主にも遠く及ばん」

 そう言う割には、バディスべロムの覇気は剣呑だった。遜る様子が全く見えず、種族王の風采を十二分に保っている。

「……俺は竜王であるアンタに、幾つも聞きたいことがある。だから来たんだ」

 歴史の真相を知り、自分が何をすべきかを正しく判断するため、竜王の知識は必須である。しかし、竜王としてはデオドラの言いなりになることは面白くないようで、
 
「――カカ。余は何でも知っておる。主の望む全てを教えてやっても良いが、無条件にはいかん。対価を寄越せ」
「対価?」

 デオドラは何故だか、聞く前からバディスべロムの要求が分かった気がしていた。人間に絶対支配される現代の竜族が対価として望むものなど、決まっている。

「デオドラ・ロイーゼ。余と手を組め。そして、共に人を滅ぼそう」
「……そんな気はしてたよ」

 やはりと言うべきか、バディスべロムの言葉の裏には人間への激しい憎悪が見え透いていた。

「ロイヤルギアスさえなければ、人間など砂利も同然なのじゃがのぅ。全く、あの忌々しい呪いの所為で、余は主の助力無しでは人間至上の現状を打破出来ん」

 デオドラと竜王。確かにそれぞれ個の戦力として見れば、それは一つの星を征服し得る程の脅威と化す。それらが束になれば尚更のことだ。
 しかし、今は純粋な力を測る上で無視できない、深刻な弊害があるではないか。

「言っておくが、俺にもロイヤルギアスかかってるからな? ……俺って人間の筈なのにさ」
「知っておるとも。しかし、主は半魔魂ではないか。リエスと同じように、王に連なる人間以外になら問題なく手は下せる筈じゃろう?」

 さも些事であるかのように重要な語句を使われた気がして、デオドラは強気に食い下がった。

「半魔魂、ってどういう意味だ?」
「何じゃ、主の身体のことでありながら知らんのか。千年前の羅刹王は不親切だったようじゃのぅ
 主の身体にはな、龍滅剣アマツツミを介して鬼の魂が流入しておるのじゃ。あの剣は、主が千年前に羅刹王から奪ったものだったじゃろう?」
「……」

 デオドラは沈黙して思惟に耽る。霊器とは魂に刻まれるものだ。だからこそ、四六時中装備していなくとも、詠唱一つで呼び出すことが出来、また霊質化させて己の内に忍ばせることも可能なのだ。
 理屈として、バディスべロムの話は納得がいった。
 デオドラは自分の身体の内側に意識を向けてみる。集中して探ってみると、確かに竜の気配に似たモノが混入していた。

「……そうか。知らなかった。だから、俺にもロイヤルギアスが有効なのか」
「とはいえ、肉体はまさしく人間のソレじゃがのぅ」

 人の肉体を持ち、妖精の教養を持ち、鬼の魂を持つ男。考えてみると何とも混沌な自分がいて、デオドラは失笑した。

「それで、余の提案をどう思う?」
「ん~無理。その条件は極端すぎる」

 デオドラの即答は予想外だったらしく、バディスべロムは憮然とした。

「この世界の人間はほぼ全員嫌いだし、そいつらがどうなろうと構わないが、少なくともたった一人、善良な女を知ってる。だから滅んで欲しくないんだ」
「何と、その一人の為に余の手を蹴るか。いや、まぁ、不自然ではないか。千年前も主は、一人の女の為だけに戦っておったからのぅ。
 ……では、何か? 妖精王が人類への報復を画策していると聞き及んでおるが、主はそれにも反発する腹か?」

 痛い所を付かれ、デオドラは口を噤む。
 彼は王城で拷問を受けていた際、妖精王の思念による明言を聞いた。
 『一か月後、人間を滅ぼす』と――アレは紛うことなき母の本音であり、妖精王は必ず人類を撲滅せんと暴れることだろう。

 人に加担するなら家族と敵対することになり、家族に加担するならセリアやルピスまでも殺さざるを得ず、どっち着かずなら妖精王に人類が蹂躙されることは目に見えている。
 ならばいっそ、竜王とここで縁を結び、妖精王を支援するというのも手ではあったが、死んで欲しくない人がいる以上、来たる母の凶行を止めたいという想いもある。

「うぅん。そこの所は悩んでるが……って、母さんのことも知ってるのかよ」
「現代の種族王間ではもっぱらの噂になっておる。カカ、陰ながら妖精王を支持する勢力もあっての。まぁ、この話は蛇足じゃな」

 バディスべロムは快活にカカ、と微笑むと。
 
「本筋に戻そう。
 竜は人間に負けておらぬ。竜が敗北したのは他ならぬ“デオドラ・ロイーゼ”という主個人にじゃ。故に、主に支配されるのなら納得もいこう。しかし今はどうなっておる? 筋違いにも主を蔑む人の子孫が、分不相応な力を用いて他種族を屈服させておるのじゃ。実に不愉快じゃろう。その点で余と主は利害が一致しておると思うたのじゃが……?」
「不愉快ではあるけど、滅ぼす程じゃない。さっきも言ったが極端すぎるんだよ」

 誰かが何処かで妥協して、折り合いを見つけるのが人間らしい上手な生き方だ。一方的に人類ばかりが権力を振り翳すのが不条理でも、その対抗措置が人間の滅亡というのは過剰である。
 最後の一線だけは固持するデオドラの在り方に、バディスべロムは不快げだった。竜王は舌を打って不気味に沈黙すると、不意に静寂を破ってこう切り出した。

「リエスの母は、今も竜牧場で交配と出産をさせられ続けておる」

 バディスべロムが選んだ話題は、リエスの身の上だった。
 
「……何だって?」
「竜の食肉利用のことじゃ。知っておったか、今のソルセインでは、竜肉は食材なのだぞ」
「それは、知ってる」

 デオドラが目を背けた問題でもある。それにリエスの存在が絡むことで、深刻性に拍車が掛かって聞こえた。

「リエスが幼い頃、あの子の父親は出荷された。そして今も尚、新しく生まれるあの子の弟、妹たちは、家畜として無残に屠殺され、解体され、出荷されている。母親もいつバラされるか分からん」
「……。」
「不幸で可哀想な子じゃ。今や、あの子の心の柱は、何処かの竜牧場で生きている母親だけ。夜な夜な、寝床についたリエスの啜り泣きが聞こえてくる。余はもう耐えられん」

 心臓が素手で掴まれた気分だった。
 リエスの身内が食用化され、そのことを嘆く彼女が、毎夜の如く涙している。強気で気高い、あのリエスがだ。語り部の竜王も憂い気で、デオドラの良心はそれを黙過できなかった。
 
 きっと竜王は、デオドラがリエスに求婚した話をこの会合以前から知っていたのだろう。
 だから、利用したのだ。
 千年前に、デオドラは惚れた一人の女性の為に人間の世界の救世主となった。であれば、今生のデオドラはリエスの為だけに竜族の味方になる可能性があると、竜王は見抜いていた。
 そして追い打ちとばかりに、バディスべロムはデオドラの同情を誘う。

「三百年前、余は双子の娘を授かった」
「今は何処に?」
「言わねば分からぬか?」
「…………いや、良いよ」

 ――人間に見つかり、そして食われたのだろう。
 相手の声音から、デオドラは竜王が真実を語っていることを悟った。
 そうだ、竜は人間から食材として扱われている。立場を入れ替えて考えてみたら、到底許せることではない。デオドラは、竜が人間より優れた知性体であると知っているのだから。
 大いに憐憫の情を引き出されたデオドラは、もはや他人事であると割り切れなくなっていた。

「……俺にどうしろってんだ」
「手を貸せと言っておる」
「具体的には何をすればいい?」
「余と主、共通の利益の為に、殺してほしい人間が大勢いる」
「……あぁ、クソ」

 やはり殺戮に着地する問答に、デオドラは一つの決断を下した。

「殺しは絶対に嫌だね。だから手は組めない。……が、竜の食用利用だけは何とかしてみせる。対価もいらない。コレは一方通行な俺の偽善ってことで構わない」

 私怨に塗れた今の竜王と手を取り合うことは出来ない。
 だから、身勝手に助けることに決めた。
 それは打算や下心ありきでの契約も約束でもなく、独善的な宣言である。仲間にはならないし、要求する物もない。一方的に竜の解放に助勢するから、もう安心しろ、と。

 デオドラの魂胆が見えたバディスべロムは、何処か落胆も交えて微笑を浮かべた。

「……予想外の反応じゃ。主、そこまで阿呆者だったか。それは主にとって損しかないじゃろうて」
「頭回すの疲れたし、もう馬鹿で結構だよ。損して生きてこその俺だ」
「カカ、そうか」

 両者の望んだ合意には至らなかったが、竜王はデオドラの決断に満足いったらしい。

「竜は義理堅い。主が奔走し、本当に同胞が解放されたのなら、余はその恩義を生涯忘れぬ。もしもその時が来たのなら、余は主に対して全ての知識を開示しよう」
「……そうか。ハハ、ありがたいな。ちょっとやる気出てきた」

 期せずして、竜王側が譲歩する結果に終わったことで、デオドラは安堵する。交渉の竜族のことだから、約束を反故にするということもないだろう。
 早速行動に移すべく、デオドラは必要な情報を求めた。

「んで、家畜にされてる竜は何処にいる? 今すぐにでも全員助け出して来よう」
「それは無駄じゃのぅ。人に飼育されている竜は魂が束縛されている。何処に逃がそうと居場所は割れる。探知魔法の一種じゃの」
「……徹底されてるな。やっぱり、ソルセインの頭と直接交渉することが最善か」
「可能ならそれが望ましいが……」
「…………。」

 竜族に課されている探知魔法とやらの解除に成功しても、抜本的な救済とは言えない。竜の食用利用体制そのものを切り崩す交渉手段が必要である。
 ――奇しくも、デオドラはそれを持っていた。ソルセイン国王が必ず食いつくであろう蜜が、彼の手中にある。

「――畜生。やっぱ、俺しかないか」
「どうした?」
「要は、王様に竜の開放を約束させられれば良いんだろ? 何とかなるかもしれない」
「ほう、作用か!」

 喜色を浮かべる竜王の姿に、デオドラは背中を押される気分だった。

「とりあえず、諸々の準備をしたら俺が王様に話を付けてくる。アンタは吉報を待ってろ」

 まさか、あれだけ凄惨な経験をした地獄に、自ら立ち戻る破目になろうとは。
 しかし宣言した以上、もう後には引けない。
 ――再び王の城に臨むべく、デオドラは心持ちを固めた。


 ◇◆◇


「リエス。見送ってやれ」
「承知しました」

 竜王との会話を終えたデオドラは、リエスと共に来た道を戻っていった。再び洞穴に入り、迷路のような魔境を抜け、洞窟の外に出た。
 そこで、ようやくリエスが口を開く。 

「話はどうなったの?」

 恐る恐る伺う女に、デオドラは陽気に答えた。

「家畜にされてる竜を開放するのに、俺が協力する形で纏まったよ。ま、俺にどんと任せておきなさい」
「……そう。感謝はしとく」

 竜人の声音が暗然としていた。無理矢理捻りだした謝辞は、彼女が無理をしているようにしか見えなかった。
 不安を取り払いきれていないのだろうと踏んだデオドラは、リエスを安堵させる為に、彼女が一番求めているであろう言葉を弾き出した。

「リエス、お前の母親も必ず助け出してみせるから。俺が約束する以上、もう安心だぞ」
「そのことなんだけどさ」

 しかし、リエスは愁眉を開くどころか眉根を寄せて、デオドラに疑心と悪意をぶつけた。
 彼女がデオドラを疑問視するその理由は単純明快だった。
 気付いたからだ。

「――お前、最近竜肉食べた?」
「へ、な、何で……?」

 リエスの嗅覚を欺くことは出来なかった。
 いや、デオドラとしては何一つとして隠し事をしているつもりは無かったのだが、彼が纏う匂いは、簡単にリエスの敵愾心を買う結果となった。何故なら、

「初めてお前を見た時から、奇妙な親近感っていうか、好感を持ってたんだよ、私。正直、恋かと思ってたが違った。たった今、その正体に気付いたよ。
 ――お前、私の母さんを食ったな?」

 今朝食した竜肉の香りの残滓が、デオドラの身体を纏っていたのだ。
 竜人は修羅の如き剣幕で音もなく憤慨する。
 自分が向けられている怒りの正体に気が付いたデオドラの脳裏には、先刻バディスべロムから聞いた言葉が断片的に流れ込んでくる。

  『あの子の心の柱は、何処かの竜牧場で生きている母親だけ』
       『夜な夜な、寝床についたリエスの啜り泣きが聞こえてくる』

 助けると宣った矢先にこれだ。
 デオドラが食べた竜肉こそ、リエスの母親だった。

「ご、ごめん。まさか、そんな。知らなくて」
「安心しろ。竜王様のお客人に乱暴はしない。最後まで責任を持って接遇する。けど」
「……」
「お前は私の光を摘んだ。いつか、絶対に、命に代えてでもお前を殺してやる……!」
「……すまない」

 もう無気力に謝ることしか出来なかった。
 慚愧を漂わせつつ、デオドラは改めて誓った。

「必ず、囚われてる竜は助けると約束するから」
「……期待しとくよ」
「じゃあ、またな」
「ええ」

 そんなやり取りを最後に、デオドラは鬱蒼とした森の中に駆け込んだ。

「精々明日からっ、夜道に、気を付けて生きろッッ! クソニンゲンが!!」
「……っ」

 背後から響いた嗚咽交じりの竜の鳴き声は、向き合うには脆く痛々しすぎた。

(……収穫はナシ。仕事と敵が増えただけか。……笑えね)

 デオドラの性格は熱しやすい。リエスのことは本気で好きだった。
 しかし、もう余熱すら残さずその火は消えた。
 二度目の失恋を迎えたデオドラの肌に、生気はもう無かった。
 
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