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二章【亡霊教会編】
第二十二話:再び王城へと
そこはひたすら縦に巨大な空間だった。
天井という概念が存在しない正方の大広間で、中央に構える円卓を十二人の厳格な面持ちの貴人たちが囲んでいる。そのため、豪奢な意匠が成された座椅子で佇む十二人とは異なり、直立して並ぶ二人の若い男女は目を引いた。
座す者と立つ者という構図で、双方の立場の隔たりは顕著だった。
男女の内、男性の方は肩まで伸びた金髪と、王位を継いだ者の印である赤のロングケープが特徴的だ。
女性もまた黄金の髪を携え、鎧を纏い男の傍に侍るその様は、まさしく騎士のものだった。
男の名前はレイノール・ラッド・セイム・ソルセイン。この国の現国王であり、女性の方は彼の直属護衛である最高騎士と言った。
「――十二貴族院の皆様、ご足労頂き感謝します。今回の貴族会議も変わらぬ顔ぶれで何よりです」
ソルセインの最高位に当たるはずのレイノールは、そう言うと恭しく貴族院に一礼した。対する十二の貴族の様子は尊大な風采が滲み出ており、レイノールを見下すかのような眼差しが、国王と貴族院の根本的な格差を証明している。
「御託は不要ですぞ、国王陛下。ワシらが何を一番聞きたいのか、貴方はよくご存じの筈だ。その為に集まったのです。報告をお願いします」
この会議の議題は、『魔人の捜索に関する進捗の共有』である。とは言え、実際に派兵しデオドラを捜索しているのはレイノールだけなので、報告を行うのは彼だけであるが。
「第二、第三、弾四師団の約三万人の兵を動員しておりますが、魔人の影すら掴めておりません。魔人と行動を共にしていると推察される亡霊教会に関しても同様で、先日の王城襲撃以来、一切の活動が確認できていないのが現状です」
「つまり成果ナシ、と」
悪意と嘲笑。溢れんばかりの侮蔑の念が込められた要約に、最高騎士の眉が動く。彼女が仕えるレイノールという王は、人格者として至らぬ部分こそあれど、静観者を決め込む老人に揶揄される程落ちぶれていない。
騎士はギシ、と歯噛みした。
「……この」
「コラ」
反駁しようとした女騎士を制止させたのは、氷の表情を崩さないレイノールだった。
黙り入る国王と騎士。すると、調子づいた貴族院は全員でレイノールを捲し立てる。
「魔人が逃亡してからというもの、全国各地で反政府勢力の拡大が確認されておる。このままでは王政への不満は募るばかりでしょうなぁ」
「だからワシは反対だったのですぞ。魔人を蘇らせるなどと」
「覚えておられますか、陛下? 貴族院の総括は四天大聖の内一人を蘇生させることでしたな。にも拘わらず、強引に魔人の転生を敢行したのは貴方ですよ」
「魔人の調教に失敗し、あまつさえ取り逃がすなど……どう責任を取られるおつもりか」
反論を展開しようと思えば出来るものだが、レイノールはあくまで「申し訳ない」と謝罪の一点張りだった。
この会議が示すように、ソルセインの絶対王政は既に形骸化している。遥か昔から王室は貴族院の傀儡と成り下がり、今では政界内の派閥の大多数も慢性的に貴族院が牽引するようになっている。
大規模な荘園と人間を恣意的に管理、運営している貴族院に対し、国王であるレイノールは頭が上がらない。しかし、そんな状況を絶対に是としない女騎士がいた。
「お言葉ですが、四天大聖では災厄の王――妖精王に太刀打ちできません。魔人を転生させる、という陛下のご決断は間違いでなかった。四天大聖の評価には脚色が多く、単体としての戦力は不鮮明です」
反抗的であるというより攻撃的な棘を帯びた騎士の声音に、貴族たちは一様に表情を曇らせる。
「最高騎士、貴方は事実が見えていないのですか? ……いえ、まぁ、この際どうでも良いでしょう。問題は、今回の件について誰がどう責任を示すか、という事です」
十二貴族院が国王に対して批判的な理由は明確である。貴族院は代々、他国との癒着関係が深い。レイノールが失墜することで、莫大な利が入るように常々身を固めているのだ。よって、責任追及の目は厳しさを強めていくばかりだった。
確かに、魔人が野に放たれたなどと大々的に知られれば、国民からの不信は避けられず、誰かが白羽の矢に立たされるだろう。しかし、今はそれ以上に重大な問題があるではないか。
「災厄の王――妖精王の復活が一か月後に控えています。それが意味するのはソルセインの滅亡です。恐れながら、過去のことよりも明日のための話し合いがしたいのですが」
弱腰だったレイノールが、それだけは譲れないとばかりに会議を前進させようと試みた。
が、返ってきたのは卑しい嗤笑。
「陛下は、そう言って王室の失態の有耶無耶にするつもりでしょう。亡霊教会の強襲は明らかに貴方の対策不足だった。魔人を取り逃がしたのも貴方の非が大きい」
「責任逃れとは見苦しいですぞ、陛下。魔人は逃げ、今や国民の全てが危険に晒されている。由々しき事態であり、その元凶となった貴方には負い目がある。違いますかな?」
「……魔人は確かに逃げました。ですが、それ以上の危険も近づいています。魔人を動員出来ない想定をした上で、妖精王に対抗する戦略を此方の方で練り直しました。今日は皆様に、それをご承知して頂きたく――」
「――いえいえ、そんなことはどうでも良いのです。魔人を野に放った責任を、誰がどう取るのか、まずここではっきり決めようではありませんか」
貴族院の魂胆は見え透いていた。彼らはどうあってもここで、レイノール自らが責任を負うという言質を取るつもりである。
だからこそ、レイノールは巧みに捻って責任を転嫁した。
「魔人は……いえ、デオドラは、獣でも武器でもない。人間です。自分の行いの責任は自分に負わせます。奴に罪があるのなら、奴を罰すればいいだけの話」
今の状況が続けば、転生魔法の全権を握っていた国王に糾弾の声が集まるのが自明の理である。ただし、それは魔人が逃走を続け、行方を眩ませ続けるという前提あっての話だ。
追求すべき罪があるのなら、然るべき犯人を確保し、吊るし上げれば良い。至極真っ当な論調だった。
「……それは、必ず魔人を捕らえるという決意の表明として受け取ってもいいのですか?」
「正直、あまり自信はありません。デオドラは傑物です。本気で隠れ続ければ、我が兵の目を掻い潜る位やってのけるかもしれない」
たったの人薙ぎで闘技場を物理的に半壊させる化け物。正真正銘、神話の体現。悪人であれ善人であれ、それがデオドラ・ロイーゼという男だ。
レイノールは理解していた。きっとソルセインの総力を結集させても、妖精王には敵わない。しかし、デオドラはその妖精王と拮抗する超人だ。ロイヤルギアスを上手く活用できない限り、彼を捕捉することは難しいだろう。
だが、また同時に、レイノールは確信に近い予感も持っていた。デオドラは自発的に自分の元へ戻ってくるだろう、と。
「……待てば良いのです。あの男は戻ってきます。既に奴の底は知れた」
「それは根拠薄弱の妄想ですな」
「確かに妄想かもしれませんが、根拠ならあります。奴は私たちの味方になる理由と、敵対する理由のそれぞれを同時に持っているのです」
卓越した慧眼を持つ最高騎士と、物事を真髄を魔的に見据える妹のセリア。この二人を詰問した結果、レイノールは正確にデオドラの精神を分析することが出来ていた。
デオドラはレイノールを憎んでいる。当然だろう。ロイヤルギアスという地獄の具現をその身に浴びせられているのだから、彼の怨恨が傲岸不遜な国王に集約されても不思議ではない。
そして、彼は自分の家族を想うあまり、その凶行を止めたいと願うだろう。直実な心を持つデオドラであるからこそ、妖精王の復讐劇に関与せずにはいられない筈だ。
「どんな形になるかは分かりませんが、奴との再会の刻はいずれ来る」
――だが、その時がすぐそこまで迫っているとは、当のレイノールも予測できていなかった。
◇◆◇
「こんにちは兵士さん。今日は夕焼けが綺麗だよね。こんな日は美女と一緒に過ごしたいモンだけど、最近は恵まれなくてさぁ。あぁ、女難の相があるとは言ってないよ。俺が今まで出会った女性は例外なく全員素晴らしかった」
「……はぁ」
そんなやり取りが繰り広げられているのは、多重の堅牢な結界で覆われた城門前。
軽薄そうな笑みを繕った丸腰の男――デオドラが現れてから、門兵は彼の饒舌に翻弄されるばかりだった。
先日、王城を亡霊教会が襲撃した時点から、城の警戒レベルは最大水準にまで引き上げられている。規則通りならば不審者は問答無用で捕縛する必要があったが、デオドラの様相はその気すら失せる剽軽っぷりだった。
「ところで、話は変わるんだけど王様いる? そこ通して欲しいんだよねぇ。俺アイツの友達でさ、今夜は一緒に遊ぶ約束してるんだ」
「馬鹿なのか?」
城が襲われた件は国民に周知されている。その状況で、城に踏み込もむと宣言するのは蒙昧としか言えない。
「蛮族が城に侵入してからというもの、陛下は周囲の警戒を強めるようになった。貴様に害意は無さそうだが、まぁ大人しく拘束されてくれ」
「だ、か、ら、王様と友達って言ってるじゃん」
門兵がデオドラの肩に触れた途端、濃密な瘴気が溢れた。
それは敵意や悪意といった概念でなく、生物として格上の存在に特有の威圧感。
デオドラから漏れた内圧に触れた瞬間、門兵は己の死を連想し、血相を変えて身構えるが、
「――イラついてんだ。強引に通るぞ」
◇◆◇
耳を劈く爆音と地響きが轟いた。
それは魔法的な守護の内側にある貴族会議の会場にまで届き、少し遅れて認知した貴族院は例外なく驚愕し、同時に恐怖と狼狽を露わにした。
「……何だ、今の音は」
「爆発音のようなものがしたが……」
正確な状況判断が出来ない老人たちは、無数の最悪を想定して冷や汗を滲ませるばかりだったが、状況判断が出来たからこそ動揺する者もいた。
「……この気配はまさか、信じられない」
一体何が起こったのか。全てを知覚し、理解したのは最高騎士だけだった。
「どうした?」
「来ましたよ……!」
「何がだ」
国王に対して、騎士は張り詰めた声で応える。
「デオドラです! たった今、門の結界を突破されました!」
それを聞いた途端、会場内は静まり返った。
レイノールは目を細めると、数泊の静寂ののちに重たい口を開いた。
「……私が行く。最高騎士は着いてこい」
◇◆◇
城門の結界は王国内でも最高峰の魔法を結集して生成されていたもので、天災にも耐え得る強度を誇っていた。
それを紙きれ同然に切り裂いたデオドラは、意識を失い地に伏す門兵の上を跨り、瓦礫の上を飄々と跳ねるように進む。
「う~ん、加減したんだけどなぁ。結界だけを斬るつもりが、門の方まで物理的に壊しちまったか」
そう呟く彼の片手には、龍滅剣の蒼い刀身が輝っていた。
「やっぱ千年前より薄弱ってことか、ソルセイン王国?」
荒れ果てた王城の入り口を見返して、デオドラは冷笑する。
これから彼が行おうとしているのは交渉だ。その為、少しは派手な演出が必要かと思っていたが、今回はどう考えてもやり過ぎである。何十メートルもあった壁は崩れ落ち、兵士たちは倒れ、結界を完全に破壊した。宣戦布告と解釈されても仕方がない。
「……ま、別に良いか」
過ぎたことを気にしても仕方がないとし、デオドラは交渉人の面持ちを繕うと、高らかに叫んだ。
「ほら王様ぁ! お探しの物が自分からノコノコやってきたぜ!! 笑っちまうよな!? 照れてないで顔出せよ!!」
その挑発が届いたか届かなかったかはともかく、数秒と立たずに黄金の王が姿を現す。
相変わらず憎らしい面貌と交戦的な風采を放っているが、レイノールの表情はいつになく逸っていた。デオドラが闘技場で観衆を虐殺した時も、ここまで焦燥を漂わせてはいなかった。
ほくそ笑むデオドラに、レイノールは問いかける。
「デ、デオドラ……! 貴様、どっちだ……?」
「含みのある言い方だなぁ。まさか、俺が復讐しに来たとでも? そんな短慮じゃないし、疑うならセリアを連れて来いよ。俺は戦いに来た訳じゃない」
戦闘の意志が無いと証明する為にも、デオドラは龍滅剣を霊質化し、手元から消失させた。
「では何の為に来たのですか。対話を望むにしては物騒な挨拶ですが」
冷淡にそう問うたのは、レイノールの傍らに控える最高騎士である。
「王様にとある提案を持ってきたんだ」
「提案だと?」
「ああ。そう悪い話じゃないぜ」
最初に要求があれば聞くと言ったのはレイノールの方である。彼はデオドラに、世界を救う戦力と機能を要求している。当然のことだが、デオドラ側にも交渉する権利はある筈だ。
双方が要求と対価を出し合えば、納得のいく妥協点も見つかるだろう。
「俺には二つの望みがある。その両方に応じてくれれば――俺はアンタの奴隷になろう」
デオドラは災厄の王を退けることに“助勢”するのではなく、敢えて国王の“奴隷”になると表現した。強気な言い回しは彼の望みの大きさを物語っている。
しかし、その申し入れはレイノールが切望してやまないものでもある。その証拠に、レイノールは微笑めいたものを浮かべ、機嫌良くデオドラを見下ろしていたのだから。
「……良いだろう。話してみろ」
天井という概念が存在しない正方の大広間で、中央に構える円卓を十二人の厳格な面持ちの貴人たちが囲んでいる。そのため、豪奢な意匠が成された座椅子で佇む十二人とは異なり、直立して並ぶ二人の若い男女は目を引いた。
座す者と立つ者という構図で、双方の立場の隔たりは顕著だった。
男女の内、男性の方は肩まで伸びた金髪と、王位を継いだ者の印である赤のロングケープが特徴的だ。
女性もまた黄金の髪を携え、鎧を纏い男の傍に侍るその様は、まさしく騎士のものだった。
男の名前はレイノール・ラッド・セイム・ソルセイン。この国の現国王であり、女性の方は彼の直属護衛である最高騎士と言った。
「――十二貴族院の皆様、ご足労頂き感謝します。今回の貴族会議も変わらぬ顔ぶれで何よりです」
ソルセインの最高位に当たるはずのレイノールは、そう言うと恭しく貴族院に一礼した。対する十二の貴族の様子は尊大な風采が滲み出ており、レイノールを見下すかのような眼差しが、国王と貴族院の根本的な格差を証明している。
「御託は不要ですぞ、国王陛下。ワシらが何を一番聞きたいのか、貴方はよくご存じの筈だ。その為に集まったのです。報告をお願いします」
この会議の議題は、『魔人の捜索に関する進捗の共有』である。とは言え、実際に派兵しデオドラを捜索しているのはレイノールだけなので、報告を行うのは彼だけであるが。
「第二、第三、弾四師団の約三万人の兵を動員しておりますが、魔人の影すら掴めておりません。魔人と行動を共にしていると推察される亡霊教会に関しても同様で、先日の王城襲撃以来、一切の活動が確認できていないのが現状です」
「つまり成果ナシ、と」
悪意と嘲笑。溢れんばかりの侮蔑の念が込められた要約に、最高騎士の眉が動く。彼女が仕えるレイノールという王は、人格者として至らぬ部分こそあれど、静観者を決め込む老人に揶揄される程落ちぶれていない。
騎士はギシ、と歯噛みした。
「……この」
「コラ」
反駁しようとした女騎士を制止させたのは、氷の表情を崩さないレイノールだった。
黙り入る国王と騎士。すると、調子づいた貴族院は全員でレイノールを捲し立てる。
「魔人が逃亡してからというもの、全国各地で反政府勢力の拡大が確認されておる。このままでは王政への不満は募るばかりでしょうなぁ」
「だからワシは反対だったのですぞ。魔人を蘇らせるなどと」
「覚えておられますか、陛下? 貴族院の総括は四天大聖の内一人を蘇生させることでしたな。にも拘わらず、強引に魔人の転生を敢行したのは貴方ですよ」
「魔人の調教に失敗し、あまつさえ取り逃がすなど……どう責任を取られるおつもりか」
反論を展開しようと思えば出来るものだが、レイノールはあくまで「申し訳ない」と謝罪の一点張りだった。
この会議が示すように、ソルセインの絶対王政は既に形骸化している。遥か昔から王室は貴族院の傀儡と成り下がり、今では政界内の派閥の大多数も慢性的に貴族院が牽引するようになっている。
大規模な荘園と人間を恣意的に管理、運営している貴族院に対し、国王であるレイノールは頭が上がらない。しかし、そんな状況を絶対に是としない女騎士がいた。
「お言葉ですが、四天大聖では災厄の王――妖精王に太刀打ちできません。魔人を転生させる、という陛下のご決断は間違いでなかった。四天大聖の評価には脚色が多く、単体としての戦力は不鮮明です」
反抗的であるというより攻撃的な棘を帯びた騎士の声音に、貴族たちは一様に表情を曇らせる。
「最高騎士、貴方は事実が見えていないのですか? ……いえ、まぁ、この際どうでも良いでしょう。問題は、今回の件について誰がどう責任を示すか、という事です」
十二貴族院が国王に対して批判的な理由は明確である。貴族院は代々、他国との癒着関係が深い。レイノールが失墜することで、莫大な利が入るように常々身を固めているのだ。よって、責任追及の目は厳しさを強めていくばかりだった。
確かに、魔人が野に放たれたなどと大々的に知られれば、国民からの不信は避けられず、誰かが白羽の矢に立たされるだろう。しかし、今はそれ以上に重大な問題があるではないか。
「災厄の王――妖精王の復活が一か月後に控えています。それが意味するのはソルセインの滅亡です。恐れながら、過去のことよりも明日のための話し合いがしたいのですが」
弱腰だったレイノールが、それだけは譲れないとばかりに会議を前進させようと試みた。
が、返ってきたのは卑しい嗤笑。
「陛下は、そう言って王室の失態の有耶無耶にするつもりでしょう。亡霊教会の強襲は明らかに貴方の対策不足だった。魔人を取り逃がしたのも貴方の非が大きい」
「責任逃れとは見苦しいですぞ、陛下。魔人は逃げ、今や国民の全てが危険に晒されている。由々しき事態であり、その元凶となった貴方には負い目がある。違いますかな?」
「……魔人は確かに逃げました。ですが、それ以上の危険も近づいています。魔人を動員出来ない想定をした上で、妖精王に対抗する戦略を此方の方で練り直しました。今日は皆様に、それをご承知して頂きたく――」
「――いえいえ、そんなことはどうでも良いのです。魔人を野に放った責任を、誰がどう取るのか、まずここではっきり決めようではありませんか」
貴族院の魂胆は見え透いていた。彼らはどうあってもここで、レイノール自らが責任を負うという言質を取るつもりである。
だからこそ、レイノールは巧みに捻って責任を転嫁した。
「魔人は……いえ、デオドラは、獣でも武器でもない。人間です。自分の行いの責任は自分に負わせます。奴に罪があるのなら、奴を罰すればいいだけの話」
今の状況が続けば、転生魔法の全権を握っていた国王に糾弾の声が集まるのが自明の理である。ただし、それは魔人が逃走を続け、行方を眩ませ続けるという前提あっての話だ。
追求すべき罪があるのなら、然るべき犯人を確保し、吊るし上げれば良い。至極真っ当な論調だった。
「……それは、必ず魔人を捕らえるという決意の表明として受け取ってもいいのですか?」
「正直、あまり自信はありません。デオドラは傑物です。本気で隠れ続ければ、我が兵の目を掻い潜る位やってのけるかもしれない」
たったの人薙ぎで闘技場を物理的に半壊させる化け物。正真正銘、神話の体現。悪人であれ善人であれ、それがデオドラ・ロイーゼという男だ。
レイノールは理解していた。きっとソルセインの総力を結集させても、妖精王には敵わない。しかし、デオドラはその妖精王と拮抗する超人だ。ロイヤルギアスを上手く活用できない限り、彼を捕捉することは難しいだろう。
だが、また同時に、レイノールは確信に近い予感も持っていた。デオドラは自発的に自分の元へ戻ってくるだろう、と。
「……待てば良いのです。あの男は戻ってきます。既に奴の底は知れた」
「それは根拠薄弱の妄想ですな」
「確かに妄想かもしれませんが、根拠ならあります。奴は私たちの味方になる理由と、敵対する理由のそれぞれを同時に持っているのです」
卓越した慧眼を持つ最高騎士と、物事を真髄を魔的に見据える妹のセリア。この二人を詰問した結果、レイノールは正確にデオドラの精神を分析することが出来ていた。
デオドラはレイノールを憎んでいる。当然だろう。ロイヤルギアスという地獄の具現をその身に浴びせられているのだから、彼の怨恨が傲岸不遜な国王に集約されても不思議ではない。
そして、彼は自分の家族を想うあまり、その凶行を止めたいと願うだろう。直実な心を持つデオドラであるからこそ、妖精王の復讐劇に関与せずにはいられない筈だ。
「どんな形になるかは分かりませんが、奴との再会の刻はいずれ来る」
――だが、その時がすぐそこまで迫っているとは、当のレイノールも予測できていなかった。
◇◆◇
「こんにちは兵士さん。今日は夕焼けが綺麗だよね。こんな日は美女と一緒に過ごしたいモンだけど、最近は恵まれなくてさぁ。あぁ、女難の相があるとは言ってないよ。俺が今まで出会った女性は例外なく全員素晴らしかった」
「……はぁ」
そんなやり取りが繰り広げられているのは、多重の堅牢な結界で覆われた城門前。
軽薄そうな笑みを繕った丸腰の男――デオドラが現れてから、門兵は彼の饒舌に翻弄されるばかりだった。
先日、王城を亡霊教会が襲撃した時点から、城の警戒レベルは最大水準にまで引き上げられている。規則通りならば不審者は問答無用で捕縛する必要があったが、デオドラの様相はその気すら失せる剽軽っぷりだった。
「ところで、話は変わるんだけど王様いる? そこ通して欲しいんだよねぇ。俺アイツの友達でさ、今夜は一緒に遊ぶ約束してるんだ」
「馬鹿なのか?」
城が襲われた件は国民に周知されている。その状況で、城に踏み込もむと宣言するのは蒙昧としか言えない。
「蛮族が城に侵入してからというもの、陛下は周囲の警戒を強めるようになった。貴様に害意は無さそうだが、まぁ大人しく拘束されてくれ」
「だ、か、ら、王様と友達って言ってるじゃん」
門兵がデオドラの肩に触れた途端、濃密な瘴気が溢れた。
それは敵意や悪意といった概念でなく、生物として格上の存在に特有の威圧感。
デオドラから漏れた内圧に触れた瞬間、門兵は己の死を連想し、血相を変えて身構えるが、
「――イラついてんだ。強引に通るぞ」
◇◆◇
耳を劈く爆音と地響きが轟いた。
それは魔法的な守護の内側にある貴族会議の会場にまで届き、少し遅れて認知した貴族院は例外なく驚愕し、同時に恐怖と狼狽を露わにした。
「……何だ、今の音は」
「爆発音のようなものがしたが……」
正確な状況判断が出来ない老人たちは、無数の最悪を想定して冷や汗を滲ませるばかりだったが、状況判断が出来たからこそ動揺する者もいた。
「……この気配はまさか、信じられない」
一体何が起こったのか。全てを知覚し、理解したのは最高騎士だけだった。
「どうした?」
「来ましたよ……!」
「何がだ」
国王に対して、騎士は張り詰めた声で応える。
「デオドラです! たった今、門の結界を突破されました!」
それを聞いた途端、会場内は静まり返った。
レイノールは目を細めると、数泊の静寂ののちに重たい口を開いた。
「……私が行く。最高騎士は着いてこい」
◇◆◇
城門の結界は王国内でも最高峰の魔法を結集して生成されていたもので、天災にも耐え得る強度を誇っていた。
それを紙きれ同然に切り裂いたデオドラは、意識を失い地に伏す門兵の上を跨り、瓦礫の上を飄々と跳ねるように進む。
「う~ん、加減したんだけどなぁ。結界だけを斬るつもりが、門の方まで物理的に壊しちまったか」
そう呟く彼の片手には、龍滅剣の蒼い刀身が輝っていた。
「やっぱ千年前より薄弱ってことか、ソルセイン王国?」
荒れ果てた王城の入り口を見返して、デオドラは冷笑する。
これから彼が行おうとしているのは交渉だ。その為、少しは派手な演出が必要かと思っていたが、今回はどう考えてもやり過ぎである。何十メートルもあった壁は崩れ落ち、兵士たちは倒れ、結界を完全に破壊した。宣戦布告と解釈されても仕方がない。
「……ま、別に良いか」
過ぎたことを気にしても仕方がないとし、デオドラは交渉人の面持ちを繕うと、高らかに叫んだ。
「ほら王様ぁ! お探しの物が自分からノコノコやってきたぜ!! 笑っちまうよな!? 照れてないで顔出せよ!!」
その挑発が届いたか届かなかったかはともかく、数秒と立たずに黄金の王が姿を現す。
相変わらず憎らしい面貌と交戦的な風采を放っているが、レイノールの表情はいつになく逸っていた。デオドラが闘技場で観衆を虐殺した時も、ここまで焦燥を漂わせてはいなかった。
ほくそ笑むデオドラに、レイノールは問いかける。
「デ、デオドラ……! 貴様、どっちだ……?」
「含みのある言い方だなぁ。まさか、俺が復讐しに来たとでも? そんな短慮じゃないし、疑うならセリアを連れて来いよ。俺は戦いに来た訳じゃない」
戦闘の意志が無いと証明する為にも、デオドラは龍滅剣を霊質化し、手元から消失させた。
「では何の為に来たのですか。対話を望むにしては物騒な挨拶ですが」
冷淡にそう問うたのは、レイノールの傍らに控える最高騎士である。
「王様にとある提案を持ってきたんだ」
「提案だと?」
「ああ。そう悪い話じゃないぜ」
最初に要求があれば聞くと言ったのはレイノールの方である。彼はデオドラに、世界を救う戦力と機能を要求している。当然のことだが、デオドラ側にも交渉する権利はある筈だ。
双方が要求と対価を出し合えば、納得のいく妥協点も見つかるだろう。
「俺には二つの望みがある。その両方に応じてくれれば――俺はアンタの奴隷になろう」
デオドラは災厄の王を退けることに“助勢”するのではなく、敢えて国王の“奴隷”になると表現した。強気な言い回しは彼の望みの大きさを物語っている。
しかし、その申し入れはレイノールが切望してやまないものでもある。その証拠に、レイノールは微笑めいたものを浮かべ、機嫌良くデオドラを見下ろしていたのだから。
「……良いだろう。話してみろ」
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