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本編第一部「金の王と美貌の旅人」
13 とある日の闘技場にて
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――とある日の闘技場。
今日も今日とて、闘技場の舞台でキュリオは闘っていた。
大柄な体躯を持つ者が多いこの国において細身に過ぎる彼ではあるが、剣術と体術を駆使した軽妙な身のこなしで対戦相手を翻弄し、観客からの声援を独り占めにしてる。
優雅に舞う蝶のごとくに相手の蹴りや拳をかいくぐり、鋭い一撃を見舞うその度にわっと歓声が上がった。相手の闘士も覇気は充分であり、決して三下などではないのだが……相手が悪かったとしか言い様のない試合だ。
善戦虚しく、キュリオの手によって投げ飛ばされた闘士は、舞台の外へと転がり落ちていく。
「勝者! 顔隠しのキュリオ!」
審判員達の声が、彼の勝利を告げるや否や、ドォッと大きな歓声が沸き上がる。舞台を揺るがさんばかりなその歓声に、舞台の中央に立つキュリオは小さく会釈をすることで応えた。
「やった! すげぇ! 流石だぜ!」
観衆と一緒になって、舞台の際でやんやと喝采を送っているのは……言わずもがな。結局のところ弟子まがいの立場を彼からせしめた大男だった。疲れを感じさせない軽やかな足取りで舞台から降りてきたキュリオに近付いて、興奮しきった顔で話しかける。
「今日も圧勝だったな。旦那!」
「君は動きに無駄が減ってきていた。まだ勝ちは少ないが、とても良い事だよ」
「へへっ、旦那のお陰だぜ。目が覚めた気分だ」
褒められたのが嬉しくて仕方ない様子で、照れながら後ろ頭をかく。大男も試合に出ていたのだ。もっとも、キュリオとは違い黒星だったのだが。
体のあちこちに生傷が目立つが表情に荒んだ雰囲気はなく、どこか落ち着きさえも感じさせた。
「私はそんなに多く教えてはいないよ。君の努力の成果だ」
「大事なことを教えてくれたのは間違いねぇ! 師匠!」
「弟子にはしないと言ったのに、君は言う事を聞かないね。仕方の無い」
苦笑しながらも、キュリオは否定の為に声を荒げることはしない。
「おう、すまねぇ。つい言われたのを忘れちまってて呼んじまうんだよなぁー」
悪びれずニカッと笑う男。すっかりキュリオに懐いているのが微笑ましいやら暑苦しいやら。
「ふむ。記憶力も鍛えるべきなのかね、君は」
「はははははっ! ちげぇねぇや!」
戯れな会話を交わして退場路へと向かうキュリオの後を、お供宜しく男が付いていく。
―――闘技場の舞台をぐるりと囲む高い位置にある客席の更に上、貴賓席から舞台へ視線を送る者がいた。
「……あいつめ、結局はキュリオをつけ回しているではないか! 酒場に来ないだけましだがっ!」
絨毯の敷かれた床を腹立ち紛れに踏みつけて悔しがるのは、薄く織られた絹の覆面をした長身の若者。
「はっはっは。そう腹を立てては器の大きさを疑われますぞ」
双眼鏡を片手に横で笑ったのは、平素は手櫛で整えている程度の髪をきっちりと後ろに撫でつけ、臙脂の文官服に身を包んだ酒場の髭面店主だった。
「其方、市井に潜ってから前にも増して我に対する敬意が感じられぬぞ!」
覗いていた遠眼鏡を脇机に置いた若者は、煩わし気に覆面を取り払う。現れたのは燃えるような輝きを放つ金の髪と、鮮やかな空色の瞳を持つ端正で精悍な容貌だった。
「がっはっは! 滅相もございませぬリヤスーダ様。小生、常に敬意を払っておりますとも。大人気ない主に相応しい程度には……ですが」
ふんぞり返って笑う髭面の男は、太々しくも涼しい顔で主の癇癪をいなす。
「ちっ、全くどいつもこいつも……」
品の無い舌打ちをしながら、リヤスーダは自棄酒でも飲むようにして果実水を煽る。
「それにしても、ひたすら穏やかな御仁とばかり思っておりましたが、目を見張る活躍ぶりですなぁ」
「……そうであろう。あれとなら、手合わせをしても愉しいだろう」
「食客として抱えたいと望む輩もちらほらおります」
髭面の男はそう言いながら、数枚の名簿をリヤスーダに手渡す。
「こんなにいるのか……!」
リヤスーダは愕然とした表情をしながらも、食い入るように名簿を見詰める。そこに記された名は、ざっと見ても片手に余る数が並んでいた。しかもその誰も彼もが、高い地位にある者や財力のある豪商といった面々ばかり。
彼らが食客として闘士を抱えるのは、護衛や夜会の供などとするためだけではない。武芸に優れた闘士を手元に置けるだけの富や度量を持つことを周囲に示す意味もある。闘技場での試合前には闘士の名前の他に、召し抱えている主の名も告げられる。商人などにしてみれば、いい宣伝にもなるのだ。
……そうであるからして、貴族や商人には有名な二つ名持ちを食客として求める者が後を絶たない。
「キュリオからは微塵も聞いたことが無いぞ」
信用がないのかと嘆くリヤスーダに、髭面の男は苦笑しながら話を続ける。
「キュリオ殿は片端から断りを入れておりますよ。それに、楽しむための酒の席で話すことではないと、考えておられるんではないでしょうかな。何度もしつこく誘いを掛ける輩もおりますので」
引く手数多でも、キュリオ自身にとっては気持ちのいい話ではないらしい。
「潰すべき者はいるか」
「証拠はなくとも黒と言えそうな輩は一人おりますよ」
「ほう……」
「酷く残虐な貴族の男でしてな。魔獣をわざわざ大金をはたいて取り寄せ、嬲り殺しにするのが趣味だとか、耳障りの悪い噂が色々と……。キュリオ殿のこともありますし、いい機会ですから叩いて埃を出してみるのも良いかもしれませんな」
そんな髭面男の言葉に、リヤスーダの瞳が鋭く細められる。
「その輩の周辺は特に念入りに洗っておけ。何が起きても対処出来るようにな」
「御意」
重々しい声音で命じた主に、忠臣は頭を深く垂れた。
今日も今日とて、闘技場の舞台でキュリオは闘っていた。
大柄な体躯を持つ者が多いこの国において細身に過ぎる彼ではあるが、剣術と体術を駆使した軽妙な身のこなしで対戦相手を翻弄し、観客からの声援を独り占めにしてる。
優雅に舞う蝶のごとくに相手の蹴りや拳をかいくぐり、鋭い一撃を見舞うその度にわっと歓声が上がった。相手の闘士も覇気は充分であり、決して三下などではないのだが……相手が悪かったとしか言い様のない試合だ。
善戦虚しく、キュリオの手によって投げ飛ばされた闘士は、舞台の外へと転がり落ちていく。
「勝者! 顔隠しのキュリオ!」
審判員達の声が、彼の勝利を告げるや否や、ドォッと大きな歓声が沸き上がる。舞台を揺るがさんばかりなその歓声に、舞台の中央に立つキュリオは小さく会釈をすることで応えた。
「やった! すげぇ! 流石だぜ!」
観衆と一緒になって、舞台の際でやんやと喝采を送っているのは……言わずもがな。結局のところ弟子まがいの立場を彼からせしめた大男だった。疲れを感じさせない軽やかな足取りで舞台から降りてきたキュリオに近付いて、興奮しきった顔で話しかける。
「今日も圧勝だったな。旦那!」
「君は動きに無駄が減ってきていた。まだ勝ちは少ないが、とても良い事だよ」
「へへっ、旦那のお陰だぜ。目が覚めた気分だ」
褒められたのが嬉しくて仕方ない様子で、照れながら後ろ頭をかく。大男も試合に出ていたのだ。もっとも、キュリオとは違い黒星だったのだが。
体のあちこちに生傷が目立つが表情に荒んだ雰囲気はなく、どこか落ち着きさえも感じさせた。
「私はそんなに多く教えてはいないよ。君の努力の成果だ」
「大事なことを教えてくれたのは間違いねぇ! 師匠!」
「弟子にはしないと言ったのに、君は言う事を聞かないね。仕方の無い」
苦笑しながらも、キュリオは否定の為に声を荒げることはしない。
「おう、すまねぇ。つい言われたのを忘れちまってて呼んじまうんだよなぁー」
悪びれずニカッと笑う男。すっかりキュリオに懐いているのが微笑ましいやら暑苦しいやら。
「ふむ。記憶力も鍛えるべきなのかね、君は」
「はははははっ! ちげぇねぇや!」
戯れな会話を交わして退場路へと向かうキュリオの後を、お供宜しく男が付いていく。
―――闘技場の舞台をぐるりと囲む高い位置にある客席の更に上、貴賓席から舞台へ視線を送る者がいた。
「……あいつめ、結局はキュリオをつけ回しているではないか! 酒場に来ないだけましだがっ!」
絨毯の敷かれた床を腹立ち紛れに踏みつけて悔しがるのは、薄く織られた絹の覆面をした長身の若者。
「はっはっは。そう腹を立てては器の大きさを疑われますぞ」
双眼鏡を片手に横で笑ったのは、平素は手櫛で整えている程度の髪をきっちりと後ろに撫でつけ、臙脂の文官服に身を包んだ酒場の髭面店主だった。
「其方、市井に潜ってから前にも増して我に対する敬意が感じられぬぞ!」
覗いていた遠眼鏡を脇机に置いた若者は、煩わし気に覆面を取り払う。現れたのは燃えるような輝きを放つ金の髪と、鮮やかな空色の瞳を持つ端正で精悍な容貌だった。
「がっはっは! 滅相もございませぬリヤスーダ様。小生、常に敬意を払っておりますとも。大人気ない主に相応しい程度には……ですが」
ふんぞり返って笑う髭面の男は、太々しくも涼しい顔で主の癇癪をいなす。
「ちっ、全くどいつもこいつも……」
品の無い舌打ちをしながら、リヤスーダは自棄酒でも飲むようにして果実水を煽る。
「それにしても、ひたすら穏やかな御仁とばかり思っておりましたが、目を見張る活躍ぶりですなぁ」
「……そうであろう。あれとなら、手合わせをしても愉しいだろう」
「食客として抱えたいと望む輩もちらほらおります」
髭面の男はそう言いながら、数枚の名簿をリヤスーダに手渡す。
「こんなにいるのか……!」
リヤスーダは愕然とした表情をしながらも、食い入るように名簿を見詰める。そこに記された名は、ざっと見ても片手に余る数が並んでいた。しかもその誰も彼もが、高い地位にある者や財力のある豪商といった面々ばかり。
彼らが食客として闘士を抱えるのは、護衛や夜会の供などとするためだけではない。武芸に優れた闘士を手元に置けるだけの富や度量を持つことを周囲に示す意味もある。闘技場での試合前には闘士の名前の他に、召し抱えている主の名も告げられる。商人などにしてみれば、いい宣伝にもなるのだ。
……そうであるからして、貴族や商人には有名な二つ名持ちを食客として求める者が後を絶たない。
「キュリオからは微塵も聞いたことが無いぞ」
信用がないのかと嘆くリヤスーダに、髭面の男は苦笑しながら話を続ける。
「キュリオ殿は片端から断りを入れておりますよ。それに、楽しむための酒の席で話すことではないと、考えておられるんではないでしょうかな。何度もしつこく誘いを掛ける輩もおりますので」
引く手数多でも、キュリオ自身にとっては気持ちのいい話ではないらしい。
「潰すべき者はいるか」
「証拠はなくとも黒と言えそうな輩は一人おりますよ」
「ほう……」
「酷く残虐な貴族の男でしてな。魔獣をわざわざ大金をはたいて取り寄せ、嬲り殺しにするのが趣味だとか、耳障りの悪い噂が色々と……。キュリオ殿のこともありますし、いい機会ですから叩いて埃を出してみるのも良いかもしれませんな」
そんな髭面男の言葉に、リヤスーダの瞳が鋭く細められる。
「その輩の周辺は特に念入りに洗っておけ。何が起きても対処出来るようにな」
「御意」
重々しい声音で命じた主に、忠臣は頭を深く垂れた。
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