【完結】金の王は美貌の旅人を逃がさない

ゆらり

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本編第一部「金の王と美貌の旅人」

12 追っかけ弟子

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 ――月光輝く庭での夜からの後日。

 髭面店主の営む酒場で、リヤスーダは物憂げな表情で酒を飲んでいた。 

「冴えねぇ顔で飲むな。酒が勿体ない」
「煩いな。酒ぐらい好きに飲ませてくれ」

 ふうっと酒臭い息を吐いて、カウンターに頬杖を突く彼のだらしのない仕草に、店主が苦笑いをした。

「して……、貴方様が、という事は顔隠し殿に告げたのですかな?」

 唐突に店主は粗野な口調を改め、品のある声色でリヤスーダに尋ねた。

「名を聞かせはしたが、それだけだ。あれがに何かを問うことは無かった」 
「へぇ、そうかい。聞けばそれと知れる名前なのにか」
「どうにも掴み処がない。もしかしたら、どうでもいいと思われているのか……」

 浮かない顔で溜息をつくと、店主は片眉を上げて意外そうな顔をした。

「らしくねぇぞ。さくっとバラせば事もすんなり進んだんじゃねぇのか」
「それどころではなくなった。結局は話を切り出せず仕舞いだ」

 親指の腹でこめかみの辺りを解しながら、またも溜息をつく。
 
「何かあったのか? また抱き付いて眠ったか。ん? 惚れたか?」

 からかわれた途端に目を泳がせるリヤに、店主は底意地の悪い笑みを浮かべて更にからかう。

「いまどき男色なんぞ珍しくもない。妾にでもなれと口説いてみるか?」と、当人を前にして絶対に言わないであろう案が、髭に囲まれた口から飛び出す始末だ。

 実は二人が初対面のときに寝起きしたところは、酒場の二階にある休憩部屋だったのだ。そのため、知られたくもない失態を店主に知られている。

「黙れ。悪酔いをして少し、迷惑を掛けただけだ」
「初見で酔い潰されたときといい、気を抜きすぎだ。仮にもお前の立場でどうかと思うがな」
「ぐっ、仕方ないだろう。キュリオは何と言うか、普通の人間とは違う……」

 精悍な男の顔がトロリと甘い笑みの形に緩むのを見て、店主はポカンと口を開けた。

「重症だなお前。色男が形無しだぞオィ。……クッ……!」
「誰がどう重症だ! 言ってみろ!」
「お? もしや自覚がないのか? ハハハ! こりゃあ随分と重症だな!」
「いい加減にしろ。そのうち髭を全部逆さ向きで引っこ抜くぞ……!」

 ――好き勝手に店主に弄られ、うんざり顔で杯に残った酒をぐいと煽った、そのとき。


「なあ、頼む! 俺に旦那の剣を教えてくれ! 頼むっ! この通りだ!」

 表の方から、男の必死な叫び声が響いてきた。

「……私と君では得物のたちも戦法も違うだろうに」
「断るってなら、オレとまた勝負をしてくれ!」
「何度も言うが、私は弟子を取る気はない」
「顔隠しの旦那ぁ! そこをなんとかっ!」

 ……やかましく叫ぶ男の相手をしている穏やかな声は、キュリオだ。 

「何事だ!」

 リヤスーダは飛び跳ねるようにしてカウンター席から立ち上がり、表へと走り出た。酒場の外を見てみれば両膝を路地につい大男に、手を掴まれているキュリオの姿があった。掴んでいる男は、いつぞやにの決闘を仕掛けてきた大男だ。

「なにをしている……!」

 お男の浅黒く無骨なが、白くほっそりとしていて優美なキュリオの手を掴んでいた。それに気付いたリヤスーダの眉間に、深いシワが寄る。

「聞いての通りだ。弟子入りしたいそうなのだよ」

 掴まれたままの姿勢で、キュリオが呑気に微笑む。リヤスーダはそんな彼の傍らにツカツカと歩み寄り、彼の細身抱き寄せるようにして大男と引き離そうと試みるが、男の方は頑として手を放そうとしない。

「貴様、その汚い手を放すがいい」
「弟子入り出来るまで離すか! 引っ込んでろ気取り野郎が何様だぁコラァ!」
「ほう、腕を斬り落としてやろうか? 魔獣の餌にでもしてくれるぞ下郎が」
「やれるもんならやってみろぉ!」

 下町仕込みの破落戸ごろつきのような巻き舌で放たれるだみ声と、耳障りの良い上品な発音でありながら殺伐たる物言い。対照的な毛色の二人が、獰猛な唸り声すら上げそうな剣幕で睨み合う間に挟まれたキュリオは、ふっとため息をついて冷め切った声でこう言った。 

「お主等、闘技場に行け」

 大の男二人が、凍り付いたように動きを止めて口を閉じる。

「私は酒を飲みに行く」

 力の緩まった彼らの手からするりと抜け出して、ゆっくりと酒場へと入っていくキュリオ。

「人様の店の前で騒くのはいけない。やり合う気が失せたのなら、二人とも来ると良い」

 ……苛立ちを吹き飛ばされた二人の男、無言のまま何とも言い難い表情で顔を見合わせると、そろりと空になった手を下ろし彼の後を追ったのだった。




「――公に弟子にはしないが、三つほどの事柄について暇を見て手解きをしよう。もう今後は、後をつけ回すのは控えてくれまいかね」

 すいっと三本指を立ててキュリオは言った。
 
「三つかぁ……。わかった、贅沢は言えねぇな。よろしく頼むぜ! 顔隠しの旦那!」

 ふうぬと、溜息とも唸り声ともつかない声を漏らしながらも、嬉し気に頷く大男。どうやらリヤの知らないうちに弟子にしろとキュリオを追い回していたらしい。

「よろしい。……ところで君、やたら膝をついて頼み事をするのは頂けない。堂々としていなければ男として箔もつくまいよ」
「ううっ、まるでオレの死んだ親父みてぇなことを言うなぁ顔隠しの旦那は。まあ、親父はオレが悪さするたんびに地べたに這いつくばって頭を下げてたけどな。今考えるとありがてぇことだったな……」
「ふふ……、君の父上は立派な男だったのだな」
「おう! やかましくてむかつくし、ぶん殴ってくるからおっかなかったけどな。なんつぅか、居なくなっちまってから有難さが良く分かったぜ……」

 よくよく見れば愛嬌のある円らな目つきをした大男は、無邪気な満面の笑みを浮かべてキュリオの横に座り、軽く酒を飲みながら和気あいあいと話に花を咲かせる。そして男に負けじと反対側に陣取ったリヤスーダは、苦り切った不機嫌な表情を隠しもせずに、不味そうに酒を飲んでいた。
 
 ――面白くない。なんでこんなどこの馬の骨とも知れない、がさつな奴と仲良く話して酒を飲んでいるんだ。うつもなら俺とお前で放しているのに! 俺の友だぞキュリオは!

 という、彼の心が顔にそのまま出ているのが笑いを誘う。

 術の心得がある訳でもなく、心の中が見えるのではないのだが、これは万人に見せても分かりやす過ぎる感情の漏れ具合だった。

 店主が生暖かい笑顔で、香り高い琥珀色の酒を杯に注いでリヤスーダの前に差し出す。
 
「奢っといてやるよ。大人しく飲んどけ」
「……礼は言わないからな」
「へいへい。好きにしな」

 子どものようにに拗ねるリヤをよそに、大男とキュリオの会話は続く。



 ――さて、こうして顔隠しの二つ名を持つ闘キュリオの教えを受けることになった大男。以後は心を入れ替えて無鉄砲な決闘をすることもなく、自ら進んで地道で的確な修練を積むようになった。そして、見違えるように堂々とした風格を身に着けてそれなりの二つ名を持つことになるのだが……。

 それはまた別の話である。
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