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本編第一部「金の王と美貌の旅人」
11 リヤの懊悩と安堵
しおりを挟む……自分はどうしてしまったのだろうか。
椅子に身を投げ出して天井を仰ぎ、両手で顔を覆うと頬が熱を持っているのが嫌になるほど分かる。
人の上に立つ身分に相応しく在れと幼い頃から己を律することを教え込まれて育った自分が、我を忘れる程に振り回されているのが信じられない。キュリオに出逢ってからずっと、彼の人柄に魅了され続ていたのは確かだが、その感情はこんな行為に繋がる方向のものではない筈だった。
着た切りの旅装束に、良く言えば大切に着古した……、悪く言えば薄汚れた外套を身に纏った姿はお世辞にも身綺麗とは言い難いが、その下には目の覚める様な美貌が隠されている。路銀を稼ぐために長刀を片手に闘士として舞台に立ち、瞬く間に勝ち星を重ねて二つ名を与えられた。酒場に立ち寄れば度数の高い酒を必ず求め、ほとんど酔いもせずに何杯も空けてしまう。
誰に頼るでもなく、独り世を渡り歩く旅人。
良い意味での強かな無頼さを持ち、男らしく豪気な行動をする彼だが、それらとは裏腹に話す声は穏やかで柔らかい。加えて年若い見目のくせに長い年月をかけて老成した者の、安心感のある落ち着きすら持ち合わせている。
目鼻立ちや肌色、体格等はこの辺りで言ういわゆる美形だの美丈夫だのという基準からは全く外れているのだが、持ち合わせた要素が絶妙の調和を果たし、不思議な事に思わず我を忘れて見入るほど美しい姿を作り上げているのだ。これは、そもそも美しさの種類が違うのだろう。
ひと口には言い表せない魅力を持った彼と知り合い、酒を飲みながら語り合うのはとても愉しいもので、掛け替えのない友となるのには、幾日も掛からなかった。
――希有な容姿を持ちながらも見た目には気を遣わず、長い旅の間に汚れの染みついた装束の下に全て隠している節のあるキュリオを、磨き上げて身形を整えるように侍女らに命じたのはちょっとした戯れの気持ちからだった。
キュリオが少しばかり躊躇う仕草を見せながらも、結局は我が家に来ることを了承してくれたのに浮かれて、日頃から素顔を晒そうとしない彼の気持ちなど汲もうともしなかった。
徹底的に磨き上げられ、彼のためにと手づから布を選んで職人に仕立てさせた長衣を纏った姿は、佳人と言って差し支えない姿だった。予想以上の仕上がりに気分が高揚し、その感情のままに遠慮もなく触れてしまうのを止められなかった。
贅沢が過ぎると言い捨てた不機嫌そうな顔が何処か幼く見えて実に愉快で、月光の下で花々を背に微笑む姿は例え様もなく美しかった。露わにされた様々な表情と美しさに魅入られて、気付けば口付けをして抱き締めていたのだ。
――こちらの誘いに頷くのを僅かな間ではあっても躊躇ったのは、友として未だ信用が置けていなかったからか。
強い不安が脳裏をかすめる。
初めて出逢った日に酔って強引に抱き込んで眠ってしまうという失態を犯しているのだから、考えられなくもない。だとしたら、自分は今夜また仕出かしてしまったのだ。
拒絶の言葉すら吐かず、拳を振り上げることもしなかったが、それでも許されているとは考え難い。聡い彼のことであるから、明言しないまでも何かしらの地位に就いている相手に警戒してことを荒立てるのを控えた可能性もある。
最悪、何も告げずに旅立ってしまう可能性すらあるだろう。そんな結末を迎えて、二度と共に酒を飲むことも、話すことも出来なくなるのは余りにも辛い。
考えれば考えるだけずぶずぶと深みにはまり込み、強い後悔とキュリオの有るかなきか判然としない好意に縋りたい願望とが頭の中で渦を巻いて、思わず唸り声を上げて頭を抱えてしまう。
無頼な処のある彼が頷くかどうかは別としても、本来の身分を明かして食客として抱えたいのは本気だとでも言うつもりもあったのだが、こんな状態では言い出せなくなってしまった。
「何を唸っているんだね」
肩に手を置かれ驚いて見上げた視界に飛び込んで来たのは、キュリオの白い顔だった。心配気に眉根を寄せてじっと見下ろしてくるその顔すらもどこか艶めいて美しく、つい見惚れて無意識に手を伸ばしそうになる自分を心の中で殴りつける。
「聞いてくれるな」
「ふむ。ではそうしておこうか。飲み直すかね?」
「ああ、そうする。酔いが醒めてしまった心地だ」
何食わぬ顔で卓の向かい側の椅子へ腰を下ろしたキュリオの態度は、嫌悪など全く含んでおらず、常の穏やかなそれそのもので。陶酔の果てにしでかした無意識の口付けと抱擁は、自分が垣間見た夢だったかのようにも思えた。
「今夜はもう、悪酔いだけはしてくれるなよ。リヤ」
やんわりとした口調で釘を刺しながら微笑んだ彼に、先程までの懊悩が消えていくを感じて、自分の虫の良さに苦笑しながらも頷くしかなく。
――今は、これ以上彼から何かを得ようなどとは、考えてはならにのだと思った。
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