10 / 61
本編第一部「金の王と美貌の旅人」
10 月下の口付け
しおりを挟む
――室内に足を踏み入れた直後。
「キュリオ……なのか?」
こちらへ近付いて来たリヤは、呆然とした表情をしていた。歩み寄って来てそろりとキュリオの端正な白面へと両手を差し出し、その滑らかな頬へと触れてくる。
「驚いたな……。どこの貴人かと思ったぞ」
魅入られたように瞬きもせずじっと顔を覗き込んで来るリヤに、キュリオは思わず目を瞬かせてしまう。そして、
「驚き過ぎだ。ただでさえ慣れない格好をさせられて、落ち着かないのだよ。離してくれまいか」と、苦く笑いながら彼の骨太な手首を、強かに掴んだ。
「あっ、……す、済まない」
夢から醒めたように息を飲んで、詫びの言葉がリヤの唇から零れ落ちた。それと同時に、男らしく骨太な手がゆっくりと頬から引かれていく。
「良く似合っている」
「……贅沢が過ぎるわ」
友人からの熱を孕んだ視線と率直な褒め言葉に、キュリオは眉根を寄せて少々乱雑に言い放った。常の穏やかな空気をまとう彼らしからぬ態度ではあったが、それもこれも、よってたかって侍女達に磨き倒され……いや、弄り倒されて疲れているからに他ならないのだから、仕方のないことだろう。
「今のお前の姿は、贅を尽くしただけの価値があるぞ」
「私には君との晩酌の方が価値がある。……磨き倒されてクタクタだ。一息つかせ欲しい」
まるで口説き文句のように酷く艶めいた言い振りに苦笑しながら、逞しい胸の中央に軽く裏拳を当てると、どことなくではない熱量を持って恍惚と友を見下ろしていたリヤは、大きな声笑い声を上げた。
「あははは! まったくお前らしい。そうだな、お前との晩酌は俺にとっても価値がある……。今日の為に珍しい酒をたっぷり取り寄せておいたんだ。さあ、こちらに座ってくれ」
リヤは微笑みながらキュリオの肩に腕を回し、何種類もの酒が並べられた卓へと誘った。
――ひとしきり酒を飲み語らい、何刻かが過ぎた頃。
ふと窓の外を見れば、庭に淡く青白い光が降り注いでいた。
「外が随分と明るい……」
「ああ。今日は月が殊更明るく大きく見える日だった筈だ」
「少し眺めてみたい。庭へ出ても良いかね?」
「構わないぞ。酔い醒ましに俺も行くとするか」
硝子の大窓を開いて、二人は肩を並べてテラスへと出ていった。庭に所狭しと咲き誇る花々が、月光によって幻想的な鮮やかさで浮かび上がって見える。
美しい庭の中央へと歩み出たキュリオは、月を見上げて眩し気に目を細めた。
「此処は素晴らしく良い庭だな……」
素顔を晒して月光に照らされたキュリオの姿は、月か花の化生であるかのように美しかった。異国の典雅な美貌もさることながら、物静かな口調でありながら存外に感情豊かな表情も魅力的だ。
「……気に入ってくれたのなら、何よりだ」
人外じみたその美しさに魅せられて、リヤはふらりと彼の傍へと歩み寄る。
「お前は、なんというか……、不思議な男だな……」
そうかねと静かに微笑む顔に愛し気な笑みを返しながら、リヤは彼の細身を抱き締めた。
「リヤ……?」
抱きこまれたことに不思議そうな顔をして小首を傾げる姿に目を細めながら、ゆっくりと顔を近づけて唇を重ねてしまう。
「ふ……っ、リヤ、何を……ん……っ!」
「はぁっ、キュリオ……」
優しく頭を撫でながら浅い口付けを何度も施し、最後に深く舌を絡ませた口付けをした後で、強く背中をかき抱いて腕の中に閉じ込める。もう二度と放すまいとでもいうような強く、それでいて優しさを感じさせる抱擁だった。
「……リヤ、リヤ」
キュリオが名を呼びながら逞しい腕を掴んで揺するが、細身を捕らえたその腕は、解かれる気配がない。「リヤ!」と声を強めて名を呼んでようやく、彼は夢から覚めたように目を見開き、愕然とした表情になった。
「あ……」
「急にどうしたのだね」
腕の中から見上げる友を見下ろし、ようやく自らのしでかした行為を自覚したのか、「す、すまん!」と、叫びながらリヤは素早く腕を解いて後ろへ下がる。
「酔っているにしてもだ、ちと度が過ぎるのではないかな」
「キュリオ……、お、俺は、その……」
顔を青ざめさせながら狼狽えるリヤに対して、「誰と間違えたのかね? 君が口付ける相手は、私などではなく美しい姫君こそが相応しいと思うのだが」と、おどけた口調でからかいの言葉を投げた。
途端にリヤの顔は青から一転して、羞恥の赤に染まる。
そして「……間違えてなど……いや、間違えたのかこれは? ……酔いが回ったのか……」などと、呟きながら覚束ない足取りで室内へと戻っていった。
そんなリヤの背中を苦笑しながら見送った後、キュリオは暫しのあいだ美しい庭を堪能したのだった。
「キュリオ……なのか?」
こちらへ近付いて来たリヤは、呆然とした表情をしていた。歩み寄って来てそろりとキュリオの端正な白面へと両手を差し出し、その滑らかな頬へと触れてくる。
「驚いたな……。どこの貴人かと思ったぞ」
魅入られたように瞬きもせずじっと顔を覗き込んで来るリヤに、キュリオは思わず目を瞬かせてしまう。そして、
「驚き過ぎだ。ただでさえ慣れない格好をさせられて、落ち着かないのだよ。離してくれまいか」と、苦く笑いながら彼の骨太な手首を、強かに掴んだ。
「あっ、……す、済まない」
夢から醒めたように息を飲んで、詫びの言葉がリヤの唇から零れ落ちた。それと同時に、男らしく骨太な手がゆっくりと頬から引かれていく。
「良く似合っている」
「……贅沢が過ぎるわ」
友人からの熱を孕んだ視線と率直な褒め言葉に、キュリオは眉根を寄せて少々乱雑に言い放った。常の穏やかな空気をまとう彼らしからぬ態度ではあったが、それもこれも、よってたかって侍女達に磨き倒され……いや、弄り倒されて疲れているからに他ならないのだから、仕方のないことだろう。
「今のお前の姿は、贅を尽くしただけの価値があるぞ」
「私には君との晩酌の方が価値がある。……磨き倒されてクタクタだ。一息つかせ欲しい」
まるで口説き文句のように酷く艶めいた言い振りに苦笑しながら、逞しい胸の中央に軽く裏拳を当てると、どことなくではない熱量を持って恍惚と友を見下ろしていたリヤは、大きな声笑い声を上げた。
「あははは! まったくお前らしい。そうだな、お前との晩酌は俺にとっても価値がある……。今日の為に珍しい酒をたっぷり取り寄せておいたんだ。さあ、こちらに座ってくれ」
リヤは微笑みながらキュリオの肩に腕を回し、何種類もの酒が並べられた卓へと誘った。
――ひとしきり酒を飲み語らい、何刻かが過ぎた頃。
ふと窓の外を見れば、庭に淡く青白い光が降り注いでいた。
「外が随分と明るい……」
「ああ。今日は月が殊更明るく大きく見える日だった筈だ」
「少し眺めてみたい。庭へ出ても良いかね?」
「構わないぞ。酔い醒ましに俺も行くとするか」
硝子の大窓を開いて、二人は肩を並べてテラスへと出ていった。庭に所狭しと咲き誇る花々が、月光によって幻想的な鮮やかさで浮かび上がって見える。
美しい庭の中央へと歩み出たキュリオは、月を見上げて眩し気に目を細めた。
「此処は素晴らしく良い庭だな……」
素顔を晒して月光に照らされたキュリオの姿は、月か花の化生であるかのように美しかった。異国の典雅な美貌もさることながら、物静かな口調でありながら存外に感情豊かな表情も魅力的だ。
「……気に入ってくれたのなら、何よりだ」
人外じみたその美しさに魅せられて、リヤはふらりと彼の傍へと歩み寄る。
「お前は、なんというか……、不思議な男だな……」
そうかねと静かに微笑む顔に愛し気な笑みを返しながら、リヤは彼の細身を抱き締めた。
「リヤ……?」
抱きこまれたことに不思議そうな顔をして小首を傾げる姿に目を細めながら、ゆっくりと顔を近づけて唇を重ねてしまう。
「ふ……っ、リヤ、何を……ん……っ!」
「はぁっ、キュリオ……」
優しく頭を撫でながら浅い口付けを何度も施し、最後に深く舌を絡ませた口付けをした後で、強く背中をかき抱いて腕の中に閉じ込める。もう二度と放すまいとでもいうような強く、それでいて優しさを感じさせる抱擁だった。
「……リヤ、リヤ」
キュリオが名を呼びながら逞しい腕を掴んで揺するが、細身を捕らえたその腕は、解かれる気配がない。「リヤ!」と声を強めて名を呼んでようやく、彼は夢から覚めたように目を見開き、愕然とした表情になった。
「あ……」
「急にどうしたのだね」
腕の中から見上げる友を見下ろし、ようやく自らのしでかした行為を自覚したのか、「す、すまん!」と、叫びながらリヤは素早く腕を解いて後ろへ下がる。
「酔っているにしてもだ、ちと度が過ぎるのではないかな」
「キュリオ……、お、俺は、その……」
顔を青ざめさせながら狼狽えるリヤに対して、「誰と間違えたのかね? 君が口付ける相手は、私などではなく美しい姫君こそが相応しいと思うのだが」と、おどけた口調でからかいの言葉を投げた。
途端にリヤの顔は青から一転して、羞恥の赤に染まる。
そして「……間違えてなど……いや、間違えたのかこれは? ……酔いが回ったのか……」などと、呟きながら覚束ない足取りで室内へと戻っていった。
そんなリヤの背中を苦笑しながら見送った後、キュリオは暫しのあいだ美しい庭を堪能したのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
71
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる