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本編第一部「金の王と美貌の旅人」
19 愛弟子との別れ
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――睡眠と温かな食事で、すっかり体調を回復したキュリオは、幸いなことに手元へと戻ってきた外套のフードで顔を隠したいつも通りの姿で、昼下がりの頃に街へと帰って来た。
闘技場に赴いたキュリオは、闘士の登録抹消の手続きをした。そして、ちょうど愛弟子もとい大男の試合の最中だったので、観戦がてら終わるまで待っていた。
退場路から出てきた彼に「良い試合だったよ」と、声を掛けると「師匠! 無事だったんだな! 試合に来ねぇから心配したぜ!」と、驚き混じりの声を上げながら大男が喜び勇んで駆け寄って来る。
「少々、貴族と揉めて困ったことになったがリヤに助けて貰えてね。この通り無事だよ」
「そうかぁ。気取り野郎に声掛けて良かったぜ! 揉めたってのは気味悪ぃ貴族だろ? あんな奴ぶん殴りたかったけどなぁ……!」
気取り野郎とはリヤスーダのことだ。
弟子騒動のことで犬猿の仲となった大男とリヤスーダではあるが、キュリオを気に掛ける者同士そういったところでは協調できていたらしい。
「俺じゃ逆にもっと揉めそうだしなぁ」と、しょんぼりと肩を落とす大男に対して、キュリオは「君が報せてくれたお陰もあるのだよ。ありがとう。とても助かった」と目細めて礼を言ってやった。
「へへっ。オレにゃ、こんくらいしか出来ねぇからな!」
「それにしても、今日は見事に勝てたね。良い動きだった」
「おっ! 観ててくれたのか! 段々相手の動きも良く見えるようになってきたんだぜ」
得意気に嬉しそうに話す大男の無邪気な様子にキュリオは唇を綻ばせて微笑み、「それは良かったね。忘れずに鍛錬を頑張るように」と言って丸太のような腕を軽く叩くと、「もちろんだ! これからも毎日鍛えるぜぇ!」と、威勢のいい声が返って来た。
「ふふ。これならもう私など居なくとも大丈夫そうだね」
「んなこたぁねぇよ! 褒めてくれる師匠がいると百人力だからな!」
「大層な褒め言葉だね。しかし……、私はそろそろ旅暮らしに戻ろうと思うのだよ」
唐突に切り出された話に、厳ついながらも愛嬌のある男の目がまん丸に見開かれ、「そっ、そんな急に! なんでだよぉ!」と、野太い叫びが上がった。
「元々、長く留まるつもりなどなかったのでね」
「も、もうちょっと、もうちょっとだけでも居てくんねぇのか? おっ、俺、やっと強くなってきたとこだってのに!」
「いやいや。君はもう、十分に強くなった。それに、君を応援してくれる観客だって増えてきているだろうに。これからは、皆に褒めてもらえるだろう。……どうか、元気で」
キュリオの揺るぎのない意志を含んだ静かな声音に、大男はぐっと眉間に皺を寄せて苦し気な顔をした後、「御達者で師匠!」と、声を張り上げて叫んだかと思うと、おんおんと盛大に男泣きをし始める。
「やれやれ。涙もろいね君は」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔に苦笑して、手拭いを渡してやると「母ちゃんにだって、こんな褒めてもらえて……優しくしてもらったこたぁねぇんだよ!」力いっぱいそれを握りしめたまま号泣する始末。
「親にはなんも褒められなかったからなっ! オレぁ、師匠に褒められて自信がついたんだ!」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「師匠、ほんとに、ありがとうございましたああっ!」
――この後、キュリオは泣き止まない大男を宥めるのに、小一時間ほど掛かったのだった。
闘技場に赴いたキュリオは、闘士の登録抹消の手続きをした。そして、ちょうど愛弟子もとい大男の試合の最中だったので、観戦がてら終わるまで待っていた。
退場路から出てきた彼に「良い試合だったよ」と、声を掛けると「師匠! 無事だったんだな! 試合に来ねぇから心配したぜ!」と、驚き混じりの声を上げながら大男が喜び勇んで駆け寄って来る。
「少々、貴族と揉めて困ったことになったがリヤに助けて貰えてね。この通り無事だよ」
「そうかぁ。気取り野郎に声掛けて良かったぜ! 揉めたってのは気味悪ぃ貴族だろ? あんな奴ぶん殴りたかったけどなぁ……!」
気取り野郎とはリヤスーダのことだ。
弟子騒動のことで犬猿の仲となった大男とリヤスーダではあるが、キュリオを気に掛ける者同士そういったところでは協調できていたらしい。
「俺じゃ逆にもっと揉めそうだしなぁ」と、しょんぼりと肩を落とす大男に対して、キュリオは「君が報せてくれたお陰もあるのだよ。ありがとう。とても助かった」と目細めて礼を言ってやった。
「へへっ。オレにゃ、こんくらいしか出来ねぇからな!」
「それにしても、今日は見事に勝てたね。良い動きだった」
「おっ! 観ててくれたのか! 段々相手の動きも良く見えるようになってきたんだぜ」
得意気に嬉しそうに話す大男の無邪気な様子にキュリオは唇を綻ばせて微笑み、「それは良かったね。忘れずに鍛錬を頑張るように」と言って丸太のような腕を軽く叩くと、「もちろんだ! これからも毎日鍛えるぜぇ!」と、威勢のいい声が返って来た。
「ふふ。これならもう私など居なくとも大丈夫そうだね」
「んなこたぁねぇよ! 褒めてくれる師匠がいると百人力だからな!」
「大層な褒め言葉だね。しかし……、私はそろそろ旅暮らしに戻ろうと思うのだよ」
唐突に切り出された話に、厳ついながらも愛嬌のある男の目がまん丸に見開かれ、「そっ、そんな急に! なんでだよぉ!」と、野太い叫びが上がった。
「元々、長く留まるつもりなどなかったのでね」
「も、もうちょっと、もうちょっとだけでも居てくんねぇのか? おっ、俺、やっと強くなってきたとこだってのに!」
「いやいや。君はもう、十分に強くなった。それに、君を応援してくれる観客だって増えてきているだろうに。これからは、皆に褒めてもらえるだろう。……どうか、元気で」
キュリオの揺るぎのない意志を含んだ静かな声音に、大男はぐっと眉間に皺を寄せて苦し気な顔をした後、「御達者で師匠!」と、声を張り上げて叫んだかと思うと、おんおんと盛大に男泣きをし始める。
「やれやれ。涙もろいね君は」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔に苦笑して、手拭いを渡してやると「母ちゃんにだって、こんな褒めてもらえて……優しくしてもらったこたぁねぇんだよ!」力いっぱいそれを握りしめたまま号泣する始末。
「親にはなんも褒められなかったからなっ! オレぁ、師匠に褒められて自信がついたんだ!」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「師匠、ほんとに、ありがとうございましたああっ!」
――この後、キュリオは泣き止まない大男を宥めるのに、小一時間ほど掛かったのだった。
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