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本編第一部「金の王と美貌の旅人」
21 明けの月
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キュリオはリヤスーダの視線から不意に目を逸らし、彼の胸板にそっと頬を寄せた。
「――リヤ……、私も君に伝えたいことがある」
「ん? なんだ?」
「……私は、明日には旅立つよ」
朱く色付いた唇から、抑揚のない声で放たれた言葉に、リヤスーダは目を見開く。
「なっ……、なぜだ!」
蕩けていた空色の瞳が、刹那の間に絶望の色に染まっていく。
「ずっと、ここに居れば良いではないか。何の問題がある? 憂いがあるならば、ひとつ残らず言ってくれ。俺に出来ることならば、出来得る限り叶える。だから、居なくならないでくれ……」
「私の決め事だ」
困惑と不安に瞳を揺らすリヤスーダ腕の中から、冴え冴えと澄んだ翡翠の瞳が彼を見上げてくる。
「ずっとなど、居られる訳がないと分かっているだろうに。……私のような身で」
穏やかに柔らかく微笑みながらも、空虚で切ない響きが含まれた声だった。
「嫌だ。行くなキュリオ。俺が、ずっと先まで、どんなことをしてでもお前の居場所を作る。身分もどうとでもなる。そうだ、俺に仕えればいい。代わりに何者からも、お前を守ってみせよう……」
「どのような力を持つ君であったとしても、所詮は人の子。いつかは……、死に別れなければならない。私は、それが怖い……」
「キュリオ……!」
「私にしては、これでも随分と長居をした方なのだよ。……君と出逢えて良かった。私を受け入れてくれて、ありがとう、リヤ……。それだけで私は十分すぎる程に幸せだった……」
か細く、今にも嗚咽に変わりそうなほどに悲みを孕んだ声が、リヤスーダの耳朶を打つ。キュリオの白い優美な手が、くすんだ金色の髪を梳くようにして緩やかに撫でていく。
「どうか、どうか、末永く生きて、健やかでいておくれ。いつまでも、ここを離れてもずっと、君を愛おしく想っている。忘れないから……」
ゆるやかな動きでリヤスーダの頭を引き寄せ、彼の褐色の頬にそっと唇で触れる。まるで、親が愛し子に与える慰撫のように色欲を感じさせず、ひたすら強い慈愛に満ちたものだった。
口付けを受けたリヤスーダの瞳は大きく見開かれ、滴が零れ落ちんばかりの潤みを見せる。
「もう少しだけ、一緒に過ごさせてくれまいかね。今日はまだ終わってはいないのだから」
頬を撫でながらの懇願。
リヤスーダはぐっと唇を噛み締めた。そして背筋を伸ばし歪に笑って見せると、頬を撫でる手から逃れるようにして背を向けて、煌々と光り輝く眩しい月を見上げた。
「……ああ、良いだろう。最後の夜だ。心行くまで話して、飲もう。……明け方まででも構わないぞ」と、放たれた言葉は、先程までの感情の揺らぎを全て捨て去ったかのような、無機質で冷たい響きを含んでいた。
「飲もうか。酒はたっぷりと用意してあるからな。いくらでも飲むといい」
「ありがとう……、リヤ」
そうして、連れ立って部屋へと戻った二人は眠ることなく語り合いながら酒を酌み交わした。
時は緩やかに流れてやがて夜は終わりを迎える。輝きを失いながらも、今だ白く美しい姿を見せる月は稜線へと退いて行き、力強い金色の陽光が夜を押し除けて、澄み切った空色が天を覆い始めた頃。
――床に落ちて砕ける陶器の甲高い音が、二人の居る筈の客間から響いた。
「――リヤ……、私も君に伝えたいことがある」
「ん? なんだ?」
「……私は、明日には旅立つよ」
朱く色付いた唇から、抑揚のない声で放たれた言葉に、リヤスーダは目を見開く。
「なっ……、なぜだ!」
蕩けていた空色の瞳が、刹那の間に絶望の色に染まっていく。
「ずっと、ここに居れば良いではないか。何の問題がある? 憂いがあるならば、ひとつ残らず言ってくれ。俺に出来ることならば、出来得る限り叶える。だから、居なくならないでくれ……」
「私の決め事だ」
困惑と不安に瞳を揺らすリヤスーダ腕の中から、冴え冴えと澄んだ翡翠の瞳が彼を見上げてくる。
「ずっとなど、居られる訳がないと分かっているだろうに。……私のような身で」
穏やかに柔らかく微笑みながらも、空虚で切ない響きが含まれた声だった。
「嫌だ。行くなキュリオ。俺が、ずっと先まで、どんなことをしてでもお前の居場所を作る。身分もどうとでもなる。そうだ、俺に仕えればいい。代わりに何者からも、お前を守ってみせよう……」
「どのような力を持つ君であったとしても、所詮は人の子。いつかは……、死に別れなければならない。私は、それが怖い……」
「キュリオ……!」
「私にしては、これでも随分と長居をした方なのだよ。……君と出逢えて良かった。私を受け入れてくれて、ありがとう、リヤ……。それだけで私は十分すぎる程に幸せだった……」
か細く、今にも嗚咽に変わりそうなほどに悲みを孕んだ声が、リヤスーダの耳朶を打つ。キュリオの白い優美な手が、くすんだ金色の髪を梳くようにして緩やかに撫でていく。
「どうか、どうか、末永く生きて、健やかでいておくれ。いつまでも、ここを離れてもずっと、君を愛おしく想っている。忘れないから……」
ゆるやかな動きでリヤスーダの頭を引き寄せ、彼の褐色の頬にそっと唇で触れる。まるで、親が愛し子に与える慰撫のように色欲を感じさせず、ひたすら強い慈愛に満ちたものだった。
口付けを受けたリヤスーダの瞳は大きく見開かれ、滴が零れ落ちんばかりの潤みを見せる。
「もう少しだけ、一緒に過ごさせてくれまいかね。今日はまだ終わってはいないのだから」
頬を撫でながらの懇願。
リヤスーダはぐっと唇を噛み締めた。そして背筋を伸ばし歪に笑って見せると、頬を撫でる手から逃れるようにして背を向けて、煌々と光り輝く眩しい月を見上げた。
「……ああ、良いだろう。最後の夜だ。心行くまで話して、飲もう。……明け方まででも構わないぞ」と、放たれた言葉は、先程までの感情の揺らぎを全て捨て去ったかのような、無機質で冷たい響きを含んでいた。
「飲もうか。酒はたっぷりと用意してあるからな。いくらでも飲むといい」
「ありがとう……、リヤ」
そうして、連れ立って部屋へと戻った二人は眠ることなく語り合いながら酒を酌み交わした。
時は緩やかに流れてやがて夜は終わりを迎える。輝きを失いながらも、今だ白く美しい姿を見せる月は稜線へと退いて行き、力強い金色の陽光が夜を押し除けて、澄み切った空色が天を覆い始めた頃。
――床に落ちて砕ける陶器の甲高い音が、二人の居る筈の客間から響いた。
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