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番外編 「旅人にまつわる小さな物語」
ご先祖様は嫉妬深い③
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――そして、週末になった。
いつもよりずっと身形に気を使い、待ち合せの時間よりも早くに大学前に来たカルネは。そわそわとしながらキュリオを待っていた。
「ちょっと早すぎたかな。でもまあ、遅刻よりはいいよな……」
友人達との待ち合わせでも、こんなに早くない。そうしてようやく約束の時間になろうかという頃合いに、ちらちらと時計を見ていたカルネの耳に「やあ、待たせたねカルネ」という、やわらかい声が聞こえた。
時計から目を離して横を向くと、スニーカーにも合う藍染めのカジュアルなスーツに麻の開襟シャツ姿で、淡く色のついた黒縁の眼鏡を掛けた青年がいた。まるで、雑誌から切り取ったようなすっきりとした容姿の美青年だ。
「もう少早く来ればよかったね。待たせてしまって申し訳ない」
肩上で切り揃えた艶のある黒髪や、きめ細やかな白い肌から、一瞬の間を置いてその美青年がキュリオだということに気付く。パーカー姿でさえも綺麗だと思っていたが、被っていたフードを外した顔は想像よりもずっと美形だった。
「あ……、いえ。そんなに待ってません。キュリオさん、いつもと全然違うからちょっとビックリしましたよ」
「さすがにあの恰好では野暮かと思ってね。外を歩くのに支障のない、身形にしてきたよ」
「……そ、そうなんですか。凄く似合ってます」
お世辞でなく本気で思わず言うと、「ありがとう。今日の君もとてもよく似合っていて、素敵だよ」と、微笑みながら返された。並みの男が言えばぞっとするほど歯の浮くようなセリフだろうが、彼が言うと耳障りがとてもよくて言われても悪い気がしないのだから不思議だ。
「早速いこうかね。楽しみだよ」
「はい。それじゃ、ご案内します」
大学通りを走っているレトロな路面電車を乗り継いで、史跡巡りに出発した二人は、ほどなくして市の中心部にある闘技場へと到着した。
「うちの国の有名な史跡と言えば、まずここです。こんな大きな建造物は、国内でも類を見ません」
「やはり一番大きいのだね。現代の建築物と比較してもそん色ない大きさだ」
「当時から建築技術が高かった証拠ですよね。地震が少ないのも幸いして、中の施設なんかは大部分がほぼ当時のままです」
入場料を支払って、灯りの点された長い通路を歩いて闘技場の観客席へと向かっていく。
「観客席に来たのは初めてだ。綺麗に整備されているね」
「今でも市が管理して、ちゃんと使われてます。お祭りの会場になったり、演劇の舞台に使われたり……」
灰色の岩盤で造られた大きな舞台を、客席のひとつに腰かけて見下ろす。
かつては、幾人もの闘士達がしのぎを削っていた場所だ。凄まじい身体能力を持った彼らは、成人男性の体を膝蹴りひとつで軽々と舞台の外まで叩き出すこともあったらしい。格闘とは無縁の生活を送っているカルネからすると、闘士はもう空想の存在に近い。
有名な観光地なだけあって周囲には若い男女や外国人旅行客などがあちこちにいて、闘技場の写真を撮ったりして観光を楽しんでいた。
「ふむ。昔のように闘士が戦う賭博はしていないのかね」
「ああ、してませんよ。祖父の子供の頃くらいまではあったんですけどね」
「……荒くれ者のいい働き口だったのだがね。少し残念なことだよ」
どこか寂し気に言うキュリオの口振りは、どこか祖父と似ていた。若く整った見た目をしているのに、妙に年寄りじみているそのギャップが面白くて、思わず小さく笑ってしまう。
「あはは。祖父もそんな事言ってましたよ。ちなみに、闘技場で働けなくなった闘士の人達は、アスリートや軍人になった人が多いそうです。有名な闘士の子孫もけっこうあちこちで活躍してるんで、合わせて調べてみると楽しいですよ」
「二つ名持ちの闘士達のその後か。調べたことがなかったが、面白そうだ。私も調べてみるとしよう」
「意外な職業に就いた人もいて、ほんとに面白いですから、お勧めです」
そんな闘士達の中には、映画のモデルになった人物もいる。それも含めて知っている話の中でいくつかをかいつまんで話すと、驚いたり笑ったりしながら楽しそうに聞いてくれた。
観客席だけではなく、舞台の上に登ってみたり、選手の控室や特別席も見て回った。中でも見ものだったのは、王室専用の貴賓席だ。ドーム型の美しい硝子窓と洗練された調度品が設えられた室内は、当時の栄華を感じられる見事な造りだ。
「――そろそろ出ましょうか。昼も近いですし」
闘技場内を一通り巡り終えた頃には、陽は高く昇り切っていた。
「ああ、そうだね。なんとなく腹も空いてきたところだ。どこかいい飯屋などがあったら案内してもらえるかな」
「任せてください。史跡巡りにぴったりな、いいレストランがありますよ」
この日のためにと、下調べも準備も万全にしてきた。食事ひとつにしても、キュリオの期待に沿える場所を選んだつもりだから、きっと喜んでくれるだろう。
闘技場を出て、今度は徒歩で料理店へと向かった。
いつもよりずっと身形に気を使い、待ち合せの時間よりも早くに大学前に来たカルネは。そわそわとしながらキュリオを待っていた。
「ちょっと早すぎたかな。でもまあ、遅刻よりはいいよな……」
友人達との待ち合わせでも、こんなに早くない。そうしてようやく約束の時間になろうかという頃合いに、ちらちらと時計を見ていたカルネの耳に「やあ、待たせたねカルネ」という、やわらかい声が聞こえた。
時計から目を離して横を向くと、スニーカーにも合う藍染めのカジュアルなスーツに麻の開襟シャツ姿で、淡く色のついた黒縁の眼鏡を掛けた青年がいた。まるで、雑誌から切り取ったようなすっきりとした容姿の美青年だ。
「もう少早く来ればよかったね。待たせてしまって申し訳ない」
肩上で切り揃えた艶のある黒髪や、きめ細やかな白い肌から、一瞬の間を置いてその美青年がキュリオだということに気付く。パーカー姿でさえも綺麗だと思っていたが、被っていたフードを外した顔は想像よりもずっと美形だった。
「あ……、いえ。そんなに待ってません。キュリオさん、いつもと全然違うからちょっとビックリしましたよ」
「さすがにあの恰好では野暮かと思ってね。外を歩くのに支障のない、身形にしてきたよ」
「……そ、そうなんですか。凄く似合ってます」
お世辞でなく本気で思わず言うと、「ありがとう。今日の君もとてもよく似合っていて、素敵だよ」と、微笑みながら返された。並みの男が言えばぞっとするほど歯の浮くようなセリフだろうが、彼が言うと耳障りがとてもよくて言われても悪い気がしないのだから不思議だ。
「早速いこうかね。楽しみだよ」
「はい。それじゃ、ご案内します」
大学通りを走っているレトロな路面電車を乗り継いで、史跡巡りに出発した二人は、ほどなくして市の中心部にある闘技場へと到着した。
「うちの国の有名な史跡と言えば、まずここです。こんな大きな建造物は、国内でも類を見ません」
「やはり一番大きいのだね。現代の建築物と比較してもそん色ない大きさだ」
「当時から建築技術が高かった証拠ですよね。地震が少ないのも幸いして、中の施設なんかは大部分がほぼ当時のままです」
入場料を支払って、灯りの点された長い通路を歩いて闘技場の観客席へと向かっていく。
「観客席に来たのは初めてだ。綺麗に整備されているね」
「今でも市が管理して、ちゃんと使われてます。お祭りの会場になったり、演劇の舞台に使われたり……」
灰色の岩盤で造られた大きな舞台を、客席のひとつに腰かけて見下ろす。
かつては、幾人もの闘士達がしのぎを削っていた場所だ。凄まじい身体能力を持った彼らは、成人男性の体を膝蹴りひとつで軽々と舞台の外まで叩き出すこともあったらしい。格闘とは無縁の生活を送っているカルネからすると、闘士はもう空想の存在に近い。
有名な観光地なだけあって周囲には若い男女や外国人旅行客などがあちこちにいて、闘技場の写真を撮ったりして観光を楽しんでいた。
「ふむ。昔のように闘士が戦う賭博はしていないのかね」
「ああ、してませんよ。祖父の子供の頃くらいまではあったんですけどね」
「……荒くれ者のいい働き口だったのだがね。少し残念なことだよ」
どこか寂し気に言うキュリオの口振りは、どこか祖父と似ていた。若く整った見た目をしているのに、妙に年寄りじみているそのギャップが面白くて、思わず小さく笑ってしまう。
「あはは。祖父もそんな事言ってましたよ。ちなみに、闘技場で働けなくなった闘士の人達は、アスリートや軍人になった人が多いそうです。有名な闘士の子孫もけっこうあちこちで活躍してるんで、合わせて調べてみると楽しいですよ」
「二つ名持ちの闘士達のその後か。調べたことがなかったが、面白そうだ。私も調べてみるとしよう」
「意外な職業に就いた人もいて、ほんとに面白いですから、お勧めです」
そんな闘士達の中には、映画のモデルになった人物もいる。それも含めて知っている話の中でいくつかをかいつまんで話すと、驚いたり笑ったりしながら楽しそうに聞いてくれた。
観客席だけではなく、舞台の上に登ってみたり、選手の控室や特別席も見て回った。中でも見ものだったのは、王室専用の貴賓席だ。ドーム型の美しい硝子窓と洗練された調度品が設えられた室内は、当時の栄華を感じられる見事な造りだ。
「――そろそろ出ましょうか。昼も近いですし」
闘技場内を一通り巡り終えた頃には、陽は高く昇り切っていた。
「ああ、そうだね。なんとなく腹も空いてきたところだ。どこかいい飯屋などがあったら案内してもらえるかな」
「任せてください。史跡巡りにぴったりな、いいレストランがありますよ」
この日のためにと、下調べも準備も万全にしてきた。食事ひとつにしても、キュリオの期待に沿える場所を選んだつもりだから、きっと喜んでくれるだろう。
闘技場を出て、今度は徒歩で料理店へと向かった。
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