【完結】金の王は美貌の旅人を逃がさない

ゆらり

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番外編  「旅人にまつわる小さな物語」

ご先祖様は嫉妬深い⑤

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 ――リヤスーダ王とその一族が居とした王城は、華やかというよりも実用的な姿をしている。

 それは質素という事では、決してない。

 金銀貴石の類いをあしらう部位を極限にまで減らした装飾や随所に配置された調度品などは、一見すると清貧な印象を覚えるが、そのどれもが目利きを唸らせるほど上質で、細部まで熟練した職人達の心意気が伺えるこしらえなのだ。
 
「――こんな自由に、城の中を見て歩けるとは思わなかった」

 王城の天井が高く広い廊下を歩きながら、キュリオが思わずといった風に言った。

「キュリオさんに喜んでもらうために、コネを最大限に活用しました」

 常に一般公開しているのは、外周りだけだ。城のあちこちを歩き回ることは、普段なら到底許可が下りない。実のところはキュリオを楽しませようと、割と無理を言って許可をもらったところがある。

 許可を取るまでには多少骨が折れたが、彼の翡翠色の瞳が眼鏡の奥で生き生きと輝いているのを見ているだけで、その苦労が無駄にならなかったことが、カルネにとっては何よりも嬉しかった。

「俺が歴史好きだって、親戚は知ってますからね。その辺は信用してもらえましたし」
「君の人徳のお陰ということだね」
「あはは! 人徳かぁ……。まあ、そういうことかもしれませんね。これで素行が悪かったらきっと話すら聞いて貰えなかったと思うから」

 今となっては主が不在となった城の中は静けさに包まれている。他の観光客を気にすることなく、キュリオと二人で満足するまで城の中を見て回ることができた。

「……城だけでなくて、もう少し特別な場所も入れますよ。城の脇にある、離れ家があるんですが、そこの庭が凄いんですよ。ちょっとしたいわくもある場所ですし、今からそこに行きましょう」
「ほう。離れ家か……」

 王城の一角に、ぐるりと高い塀で囲まれた場所がある。入口が一つだけ作られていて、そこから内側に建てられている平屋造りの離れ家へと繋がる短い通路がある。

 その通路を通り、あらかじめ預かっていた鍵を使い内扉を開いて、カルネ達は離れ家の中へと入っていった。

 離れ家に入ってすぐのところは、広い間取りの居間だった。食事や来客との歓談に使われた場所らしく、簡素だがしっかりとした造りのテーブルと椅子が設えられていた。

 正面には天井から床までの大きさの硝子窓が全面にはめ込まれている。草花や木々をあしらった真鍮製の飾り金具で縁取られたその窓の向こう側には、森と見まがうような美しい庭が広がっていた。

「病気がちだった王妃の療養のために建てられた場所だそうですが……、リヤスーダ王の時代には別の使われ方をしていたという噂もありますね。キュリオさんは、その辺の噂は知ってますか?」

 説明をしていたカルネの横合いを、キュリオがすっと通り抜けていった。

 突然の予想していなかった彼の行動にカルネが驚いている間に、天井から床まである大きな硝子窓に近付いたキュリオは、自然な動作で花の形をした留め金を外した。そして、硝子窓を開き向こう側に見える庭へと出て行った。

「えっ、あの、キュリオさん?」

 彼はここへ来たことがあるのだろうか。

 それはないはずだ。この離れ家へ入れるのは王族の縁者にほぼ限られている。こうまで慣れた動作で、よく見ないと気付けない硝子窓の留め金を外して、庭へと出ていくのはどう考えても不自然だ。そもそも、初めてここへ来たキュリオは、本当なら窓が扉のように開くことさえ知らないはずだ。

 穏やかな風が、空けられた窓から中へと吹き込んでくる。慌てて後を追って外へ出てみると、キュリオの姿は既に庭にある林の奥へと消えていく。まるで彼が何か恐ろしい物にとり憑かれているかのように見えて、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「キュリオさん!」

 背中を追いかけて庭へと走り出す。「まって、まってくださいよ!」と、呼びかけても振り返らない姿に、焦燥感が高まっていく。

 庭の奥に続く小路を抜けると、古びてはいるが手入れの行き届いた四阿があった。その四阿の中にある椅子に、キュリオは腰を下ろしていた。

「はぁっ、はあ。……キュリオさん、急に一人で行かないで下さいよ」

 焦りと恐怖感からか、ほんの少し走っただけで酷く息が切れた。肩で息をするカルネを見て、キュリオは「ああ、すまないね」と、申し訳なさそうに謝ってくれた。

「い、いえ。……ちょっと、驚いただけです、から……」

 僅かに眉根を寄せて苦微笑する彼がほんの一瞬だけ、全く別の姿に見えてカルネは声を失った。

 ――長く伸ばした絹糸のように艶やかな黒髪を肩に流し、優美な衣に身を包んだ……まるで王国時代の貴人のように美しい青年だった。

 息をするのも忘れて、青年を見詰めていたカルネだったが「――大丈夫かね? 急に黙ってしまって……」という彼の心配気な声によって現実に引き戻された。

「えっ、あ……、いえ、大丈夫です。はは……」

 瞬きをして再び四阿の中を見遣ったときには青年の姿はなく、スーツ姿のキュリオが座っていた。今のキュリオも美青年ではあるが、一瞬だけ目にした彼と酷似した顔をした貴人は、まさに幻のように美しい姿だった。

「ここは、いい場所だ」
「そうですね……」

 木々をざわめかせながら吹いてきた風が、キュリオの黒髪を揺らす。知らないうちに汗をかいていた体には、その風は心地良いものだった。体の火照りが冷めていくと、今さっきまでの焦りと恐怖は薄れて、勝手に安堵の息が小さく吐き出された。

「それにしてもキュリオさん、ここに来たことがあるみたいな感じで歩いていくから、びっくりしましたよ」
「はは。庭が見事なものだからついね……」
「ここの庭は、大切にしなくてはならないと、代々言い伝えられているんですよ。毎月庭師が入って手入れをしていて、使われていた当時のまま残されています」
「そうなのかね。それはまた……。ふふ、ありがたいことだね」

 キュリオは眼鏡を外して胸ポケットに仕舞い、嬉しげに笑いながら立ち上がった。

「もっと庭を見て回っても良いだろうかね」
「ええ、いいですよ。一緒に行きましょう」

 白く端正な顔が、幸せに満ちた笑みに彩られている。黒く長い睫毛に縁どられた翡翠色の瞳がこちらに向けられると、胸が妙に疼くのを感じた。突然の行動に驚きはしたが、キュリオのこんな表情を見られるのは嬉しい。

「ほんとうに、いい庭だ。とても……気が休まるよ」
「俺もそう思います。自然に出来た小さな森みたいですよね」
「そうだね。ここまで造り上げるのは大変だっただろうに。見事なものだ」

 キュリオに付き添う形で、庭の散策を楽しんだカルネだったが、その間も四阿で一瞬だけ目にした……あの幻のように美しい貴人の姿が焼き付いて離れなかった。一体、キュリオは何者なのか。そんな疑問が、湧き上がってくる。

 昔、この離れ家には異国の青年が食客として住んでいたと言われている。

 その青年の正体や役割については複数の説があって、王子の教育係だったのだとか、闘士であったとか……突飛なところでは、不老不死の魔物であったとか、リヤスーダ王の愛妾が軟禁されていた……などというゴシップのような説まである。

 正確な記録は残っていないが、彼が『住んでいた』ことだけは事実らしい。

 ――もしかしたらキュリオは、その青年の子孫なのかもしれない。

 親しく付き合っている訳でもない他人に、貴方は一体、何者なのかとあからさまに踏み込んで尋ねるのは気が引けた。何度か、疑問を口にしそうになっては飲み込むのを繰り返し、結局は散策中に聞き出すことはできなかった。

「さて、そろそろ帰りましょうか。いい時間ですから」
「そうだね。今日は、頼もしいガイドが隣にいてくれて、とても楽しかったよ」
「俺も楽しかったです」

 城の外へと出た頃には、空は黄昏色に近付いていた。もうすぐキュリオとの一日が終わる。名残惜しいくらいだが、流石に夜は帰らなくてはならない。

 ――今日が終われば、こんなに長い時間キュリオと一緒に行動することはもう二度とないかもしれない。

 一ヵ月後にはどこかへ行ってしまうのだ。それまでに図書館で何度か会えるかもしれないが、付きまとうのは迷惑になるだろう。偶然知り合った流れでこうしてガイドを買って出たが、友人でも何でもないのだから。

 そこまで考えが行き着いてしまうと、妙に胸が苦しくなった。

「ホテル、どこですか? 送っていきますよ」
「いや、そこまではさすがに」
「一人歩きは物騒ですよ。割と治安は良いですけど、事件がない訳じゃないですし」
「はは。多少は心得がある。心配には及ばないよ」
「いやでも……、やっぱり送ります。俺よりもキュリオさんは目立ちますから」
「……絡まれることはないでもないが、君を盾にする訳には……」
「二人組なら、絡まれにくいですよ絶対」

 自分自身の心の変化に内心で戸惑いながら、遠慮をするキュリオに強く主張する。……何かあってはいけないから……と、言いながら、本音はもう少しだけでもキュリオと過ごしたいという想いで頭の中は埋め尽くされていた。

「ふふ、仕方ないね。では、護衛をおねがいしようか」
「はい!」

 最後にはキュリオが折れて、宿泊中のホテルの前まで送っていくことになった。
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