60 / 61
番外編 「旅人にまつわる小さな物語」
ご先祖様は嫉妬深い⑥
しおりを挟む
――キュリオが宿泊していたのは、市内でも指折りの高級ホテルだった。
「凄いとこに泊まってますね……」
ライターをしていると言っていたが、一体どれだけの高給取りなのか。
「私は安いところでいいと言ったのだがね……、リヤが駄目だと言うものだから」
「リヤ……? 誰ですかそれ」
「私の伴侶だ」
淡く微笑んで返されたキュリオの言葉に、カルネは愕然とした。
「ええっ! キ、キュリオさん妻帯者だったんですか!」
「妻……ではないのだけれどね。結婚はしている」
考えてもいなかった事実を聞かされた瞬間に、心臓の辺りがズキズキと痛んだ。
「……そ、そうなんですか……」
「はは。意外だったかな。所帯持ちだと見られないことはよくあるよ」
結婚なんて、していなければよかったのに。
……そんな風に、思ってしまった。恋愛めいた経験がない訳ではなかったから、その感情が何かは直ぐに気付いた。キュリオに恋をしてしまっていたのだと。
苦しくて目眩がした。それでも、カルネは無理をして笑顔でいようとした。ここで変に取り乱してしまってキュリオとの出会いが、楽しいままで終われなくなってしまうのが嫌だったからだ。
「……あ、俺そろそろ帰りますよ。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。ありがとう。気を付けて帰るんだよ」
「はい。それじゃ……」
微笑むキュリオに、手を振って踵を返そうとしたそのとき。
「キュリオ、遅かったな」
ホテルの入口から出て来た長身の男が、キュリオの肩を抱いた。
「ああ、思いのほか楽しくてね。遅くなってしまったよ。夕餉は済んでしまったかな」
「いや、まだだ。お前を待っていた」
「そうかね。では、今から二人で食べよう」
燃えるような金髪をした……リヤスーダ王によく似た男は、ニコリと笑ったキュリオを包み込むようにして抱き締めて愛し気に目を細めた。細身でやや中性的な容姿をしたキュリオとは対照的に、筋骨たくましく男らしい美形だ。
「……世話になったようだな。礼を言う」
突然現れたキュリオの『伴侶』にあ然としていたカルネは、彼の空色の瞳に見据えられてびくりと身を竦ませた。男は口の端を上げて笑ってはいるが、目が笑っていない。
「いっ、いえ。こちらこそ、色々と教えて頂きましたし」
「そうか。……余程に話が合ったのだろうな」
「ま、まあ、俺もキュリオさんも、歴史に興味があったんで、それなりに」
「ほう……」
低く良く通る声は怒っているようには聞こえないが、肌に突き刺さるような圧を感じる。……明らかに威嚇だ。握り締めた手の平にじっとりと汗が滲んで、息が苦しくなった。
「リヤ、殺気など飛ばすでないよ。大人げない……」
キュリオがぺしりと男の額を叩くと、ふっと圧が消えた。
「……ふん。少し外を歩かせるとこれだ。……まったく、油断ならん」
「何を言っているのかね。焼きもちも大概にしたまえよ」
呼吸が楽になり大きく息を吸うと、胸の痛みが少し薄れていく。
薄闇が迫る中、ホテルの入口からの淡い光に照らされているキュリオと彼を抱き締めている男の姿は、まるで映画のワンシーンのように絵になっていた。他の誰かが、二人の間に入り込む隙間などない。
「ほら、もう解放してくれないかね」
「……お前な、もう少し危機感を持て」
「君に心配されるほど、私は迂闊でも軽率でもないよ」
「どの口が言っているのか……」
二人の痴話喧嘩めいた会話にカルネは酷く脱力した。一体なにを見せられているのだろう。失恋の痛手を感じていたはずなのに、何かどうでもよくなって笑いが込み上げてくるほどだった。
「あはは。お邪魔みたいですね。また今度、図書館ででも会いましょう」
「そうだね。また会おう。今日は楽しかったよ。ありがとう」
親しく口をきいたのが気に入らなかったらしい男が「愛想を振りまくな」と、キュリオを深く抱きすくめてから、また睨みを利かせてきたが、キュリオが「やめたまえよ」と、言いながらまたぺしりと額を叩いてそれを止めさせた。遠慮のないやり取りがおかしくて堪らなかったが、ここで笑い転げると男にまた睨まれそうだ。
カルネは大声で笑いたいのを必死で堪えながら、駆け足でホテルの前から立ち去ったのだった。
「凄いとこに泊まってますね……」
ライターをしていると言っていたが、一体どれだけの高給取りなのか。
「私は安いところでいいと言ったのだがね……、リヤが駄目だと言うものだから」
「リヤ……? 誰ですかそれ」
「私の伴侶だ」
淡く微笑んで返されたキュリオの言葉に、カルネは愕然とした。
「ええっ! キ、キュリオさん妻帯者だったんですか!」
「妻……ではないのだけれどね。結婚はしている」
考えてもいなかった事実を聞かされた瞬間に、心臓の辺りがズキズキと痛んだ。
「……そ、そうなんですか……」
「はは。意外だったかな。所帯持ちだと見られないことはよくあるよ」
結婚なんて、していなければよかったのに。
……そんな風に、思ってしまった。恋愛めいた経験がない訳ではなかったから、その感情が何かは直ぐに気付いた。キュリオに恋をしてしまっていたのだと。
苦しくて目眩がした。それでも、カルネは無理をして笑顔でいようとした。ここで変に取り乱してしまってキュリオとの出会いが、楽しいままで終われなくなってしまうのが嫌だったからだ。
「……あ、俺そろそろ帰りますよ。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。ありがとう。気を付けて帰るんだよ」
「はい。それじゃ……」
微笑むキュリオに、手を振って踵を返そうとしたそのとき。
「キュリオ、遅かったな」
ホテルの入口から出て来た長身の男が、キュリオの肩を抱いた。
「ああ、思いのほか楽しくてね。遅くなってしまったよ。夕餉は済んでしまったかな」
「いや、まだだ。お前を待っていた」
「そうかね。では、今から二人で食べよう」
燃えるような金髪をした……リヤスーダ王によく似た男は、ニコリと笑ったキュリオを包み込むようにして抱き締めて愛し気に目を細めた。細身でやや中性的な容姿をしたキュリオとは対照的に、筋骨たくましく男らしい美形だ。
「……世話になったようだな。礼を言う」
突然現れたキュリオの『伴侶』にあ然としていたカルネは、彼の空色の瞳に見据えられてびくりと身を竦ませた。男は口の端を上げて笑ってはいるが、目が笑っていない。
「いっ、いえ。こちらこそ、色々と教えて頂きましたし」
「そうか。……余程に話が合ったのだろうな」
「ま、まあ、俺もキュリオさんも、歴史に興味があったんで、それなりに」
「ほう……」
低く良く通る声は怒っているようには聞こえないが、肌に突き刺さるような圧を感じる。……明らかに威嚇だ。握り締めた手の平にじっとりと汗が滲んで、息が苦しくなった。
「リヤ、殺気など飛ばすでないよ。大人げない……」
キュリオがぺしりと男の額を叩くと、ふっと圧が消えた。
「……ふん。少し外を歩かせるとこれだ。……まったく、油断ならん」
「何を言っているのかね。焼きもちも大概にしたまえよ」
呼吸が楽になり大きく息を吸うと、胸の痛みが少し薄れていく。
薄闇が迫る中、ホテルの入口からの淡い光に照らされているキュリオと彼を抱き締めている男の姿は、まるで映画のワンシーンのように絵になっていた。他の誰かが、二人の間に入り込む隙間などない。
「ほら、もう解放してくれないかね」
「……お前な、もう少し危機感を持て」
「君に心配されるほど、私は迂闊でも軽率でもないよ」
「どの口が言っているのか……」
二人の痴話喧嘩めいた会話にカルネは酷く脱力した。一体なにを見せられているのだろう。失恋の痛手を感じていたはずなのに、何かどうでもよくなって笑いが込み上げてくるほどだった。
「あはは。お邪魔みたいですね。また今度、図書館ででも会いましょう」
「そうだね。また会おう。今日は楽しかったよ。ありがとう」
親しく口をきいたのが気に入らなかったらしい男が「愛想を振りまくな」と、キュリオを深く抱きすくめてから、また睨みを利かせてきたが、キュリオが「やめたまえよ」と、言いながらまたぺしりと額を叩いてそれを止めさせた。遠慮のないやり取りがおかしくて堪らなかったが、ここで笑い転げると男にまた睨まれそうだ。
カルネは大声で笑いたいのを必死で堪えながら、駆け足でホテルの前から立ち去ったのだった。
2
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる