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66 それから①
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――翌年の、奉納祭が始まる数日前。
奉納祭で狩りをする役目を持つ当主の父親よりも一足早く、ハイレリウスが辺境地へとやってきた。単身で栗毛馬に跨り辺境の城を訪れた彼は、出迎えた領主に満面の笑顔で挨拶をした。
「やあ。久しぶりだねラズラウディア。変わりないかい」
「その名で呼ぶなと何度言えば分かるのだ」
「それならば、ラズと呼ぼうか辺境伯」
「……いい加減にしろ」
ラズラウドは眉一つ動かさず無表情ではあったが、不機嫌さは口調に出ている。
――『ラズラウディア』というのが、実はラズラウドの本名だ。
女性の名としても通じる華やかな響きのそれは、鋭くも宝石のような美貌を持つ彼には似合いだ。だが、どういう理由か彼自身は、その名を嫌っていた。さすがに公の場では毛筋ほども感情を出さなかったが、こうして気の置けない仲であるハイレリウスの前では、それを隠そうともしない。
そして、子供の頃から本名を名乗らず『ラズラウド』と名乗っていた。こちらは男性にしか付けられない名だ。本名を知らずにいる学友が何人かいたし、知っていても愛称のようなものとして受け取られていた。
「ところで、シタンはどこにいるのかな。会いたいのだけれど」
「元々住んでいる小屋にいる。今は狩りをしているはずだ」
「別居でもしているのかい」
「そうではない。城ではし辛い仕事もあると言うのだから仕方あるまい。都合に応じて、小屋とこちらを行き来して暮らしているのだ」
ラズラウドの返答を聞いて、ハイレリウスは少しばかり意外だと感じた。
シタンの肌にあった夥しい口付けの痕や、下腹部に残っていた魔力の具合からして、過剰なまでの執着を感じたラズラウドにしては随分と度量が広いようだ。
……ひと月強もの間、行方を暗まされたのが余程に堪えたのだろう。
今、目の前に立つラズラウドは、以前のやつれようが嘘のように美々しい容姿に磨きが掛かっていた。シタンとの仲が良好なのだということが、それだけで察せられた。
……仕置きをした甲斐があったというものだ。
内心でほくそ笑みながら「いつ頃狩りから戻るのかな。できれば小屋の方に行ってみたいのだけれど」と、言うと、ラズラウドがあからさまに嫌そうな顔をした。
「夕方になれば小屋へ戻ってくるはずだ。私が迎えに行くから、お前はそれまで城で待っているがいい」
「私も一緒に行っては駄目なのかい」
「駄目だ」
実に狭量だ。
度量が広いかと思ったが、やはり性根は変わっていない。恋敵ではないにせよ、愛しい狩人が親しみを感じている男に彼の住処を教えたくないのだろう。
「私は執務がある。好きに過ごせ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
奉納祭が間近なこともあるし領主として暇な立場ではないにしても、久しぶりだというのに大してハイレリウスの相手もせずラズラウドは客間を出て行ってしまった。代わりに物腰穏やかで気の利く老侍従から丁重にもてなされたので、暇を持て余すということはなかったが。
――そして、夕暮れ時。
そろそろ来る頃だろうかと窓から中庭の方を伺っていると、雄々しい体躯の黒馬に乗った二人が門から入ってくるのが見えた。ラズラウドがシタンを鞍の前側に乗せていて、後ろからしっかりと腰に片腕を回して抱き締める形で乗っている。
下馬の際にもラズラウドが手を貸して、シタンはそんな彼に構えることなく身を預けてするりと馬を降りた。中庭に寄り添い立つ二人の姿は、初めからそうあるように決められた対のように見えた。
……実に仲睦まじい。
拗れに拗れた関係だっただけに、一年経ってこうして落ち着いた様を見ると感慨深いものがある。そして、遠目に見てもシタンの顔つきには暗さはなく、彼が今幸せであることが見て取れるのがなにより嬉しい。
ラズラウドとの歪んだ関係をハイレリウスに打ち明けたときの姿は、とても痛ましいものだった。身を守るように背中を丸めて、子供のように泣き声を上げて涙を零していた姿が哀れで……、どうしてか無性に抱きしめたいほど愛おしく思えた。
あの日に見た悲しみに濡れた蜂蜜色の瞳は、今でも忘れられない。
王都の屋敷に連れ帰ってまで彼を匿ったのも、単なる恩返しではない。手元に置いて、愛でたかったのかもしれないと自分自身の成したことを振り返っていると、シタンと目が合った。
目を丸くして驚いた顔をしたかと思うと、笑顔になり大きく両手を振ってくる姿に口元が緩んでしまう。
「ふふ……。シタンはやっぱり可愛いね」
無邪気な仕草に和みながら手を振り返すと、増々笑顔になるのも可愛い。
黙って立っていれば成人した長躯の男であり、見事な銀髪と金の瞳に嫋やかとさえ言い表せる顔立ちをした彼は、ラズラウドと違った近寄り難さのある美形だ。それなのに、ひとたび口を開いて動き出してしまうとラズラウドの言うところの鈍臭さが飛び出してしまい容姿の良さが台無しになる。
ただそれだけの男であったのなら、ハイレリウスとしても彼を友と呼ぶことはなかっただろう。
愚鈍で状況に流されやすく意志が弱いかと思いきやそうでもなく、自分を曲げない芯の強さがある。そして、弓を扱うときの彼は普段の柔和さ……もとい鈍臭さが消えて信じられないほどの雄々しく精悍な狩人に変貌する。容姿や能力に関して驕ることが全くなく、欲のない奥ゆかしい性格は触れていて心地が良い。
少々鈍さの度が過ぎている感もあるが、総じて愛すべき気質をした狩人だ。
「さて、一年ぶりにシタンを愛でようか……」
彼の伴侶であるラズラウドの前でじゃれ付くのはさすがに自制しようかと思っていたが、あんなにまで可愛い様子を見せられては遠慮などする気になれない。少しでも早く、シタンと話したい。
その一心でハイレリウスは客間を出て、出入り扉のある大広間へと急いだ。
奉納祭で狩りをする役目を持つ当主の父親よりも一足早く、ハイレリウスが辺境地へとやってきた。単身で栗毛馬に跨り辺境の城を訪れた彼は、出迎えた領主に満面の笑顔で挨拶をした。
「やあ。久しぶりだねラズラウディア。変わりないかい」
「その名で呼ぶなと何度言えば分かるのだ」
「それならば、ラズと呼ぼうか辺境伯」
「……いい加減にしろ」
ラズラウドは眉一つ動かさず無表情ではあったが、不機嫌さは口調に出ている。
――『ラズラウディア』というのが、実はラズラウドの本名だ。
女性の名としても通じる華やかな響きのそれは、鋭くも宝石のような美貌を持つ彼には似合いだ。だが、どういう理由か彼自身は、その名を嫌っていた。さすがに公の場では毛筋ほども感情を出さなかったが、こうして気の置けない仲であるハイレリウスの前では、それを隠そうともしない。
そして、子供の頃から本名を名乗らず『ラズラウド』と名乗っていた。こちらは男性にしか付けられない名だ。本名を知らずにいる学友が何人かいたし、知っていても愛称のようなものとして受け取られていた。
「ところで、シタンはどこにいるのかな。会いたいのだけれど」
「元々住んでいる小屋にいる。今は狩りをしているはずだ」
「別居でもしているのかい」
「そうではない。城ではし辛い仕事もあると言うのだから仕方あるまい。都合に応じて、小屋とこちらを行き来して暮らしているのだ」
ラズラウドの返答を聞いて、ハイレリウスは少しばかり意外だと感じた。
シタンの肌にあった夥しい口付けの痕や、下腹部に残っていた魔力の具合からして、過剰なまでの執着を感じたラズラウドにしては随分と度量が広いようだ。
……ひと月強もの間、行方を暗まされたのが余程に堪えたのだろう。
今、目の前に立つラズラウドは、以前のやつれようが嘘のように美々しい容姿に磨きが掛かっていた。シタンとの仲が良好なのだということが、それだけで察せられた。
……仕置きをした甲斐があったというものだ。
内心でほくそ笑みながら「いつ頃狩りから戻るのかな。できれば小屋の方に行ってみたいのだけれど」と、言うと、ラズラウドがあからさまに嫌そうな顔をした。
「夕方になれば小屋へ戻ってくるはずだ。私が迎えに行くから、お前はそれまで城で待っているがいい」
「私も一緒に行っては駄目なのかい」
「駄目だ」
実に狭量だ。
度量が広いかと思ったが、やはり性根は変わっていない。恋敵ではないにせよ、愛しい狩人が親しみを感じている男に彼の住処を教えたくないのだろう。
「私は執務がある。好きに過ごせ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
奉納祭が間近なこともあるし領主として暇な立場ではないにしても、久しぶりだというのに大してハイレリウスの相手もせずラズラウドは客間を出て行ってしまった。代わりに物腰穏やかで気の利く老侍従から丁重にもてなされたので、暇を持て余すということはなかったが。
――そして、夕暮れ時。
そろそろ来る頃だろうかと窓から中庭の方を伺っていると、雄々しい体躯の黒馬に乗った二人が門から入ってくるのが見えた。ラズラウドがシタンを鞍の前側に乗せていて、後ろからしっかりと腰に片腕を回して抱き締める形で乗っている。
下馬の際にもラズラウドが手を貸して、シタンはそんな彼に構えることなく身を預けてするりと馬を降りた。中庭に寄り添い立つ二人の姿は、初めからそうあるように決められた対のように見えた。
……実に仲睦まじい。
拗れに拗れた関係だっただけに、一年経ってこうして落ち着いた様を見ると感慨深いものがある。そして、遠目に見てもシタンの顔つきには暗さはなく、彼が今幸せであることが見て取れるのがなにより嬉しい。
ラズラウドとの歪んだ関係をハイレリウスに打ち明けたときの姿は、とても痛ましいものだった。身を守るように背中を丸めて、子供のように泣き声を上げて涙を零していた姿が哀れで……、どうしてか無性に抱きしめたいほど愛おしく思えた。
あの日に見た悲しみに濡れた蜂蜜色の瞳は、今でも忘れられない。
王都の屋敷に連れ帰ってまで彼を匿ったのも、単なる恩返しではない。手元に置いて、愛でたかったのかもしれないと自分自身の成したことを振り返っていると、シタンと目が合った。
目を丸くして驚いた顔をしたかと思うと、笑顔になり大きく両手を振ってくる姿に口元が緩んでしまう。
「ふふ……。シタンはやっぱり可愛いね」
無邪気な仕草に和みながら手を振り返すと、増々笑顔になるのも可愛い。
黙って立っていれば成人した長躯の男であり、見事な銀髪と金の瞳に嫋やかとさえ言い表せる顔立ちをした彼は、ラズラウドと違った近寄り難さのある美形だ。それなのに、ひとたび口を開いて動き出してしまうとラズラウドの言うところの鈍臭さが飛び出してしまい容姿の良さが台無しになる。
ただそれだけの男であったのなら、ハイレリウスとしても彼を友と呼ぶことはなかっただろう。
愚鈍で状況に流されやすく意志が弱いかと思いきやそうでもなく、自分を曲げない芯の強さがある。そして、弓を扱うときの彼は普段の柔和さ……もとい鈍臭さが消えて信じられないほどの雄々しく精悍な狩人に変貌する。容姿や能力に関して驕ることが全くなく、欲のない奥ゆかしい性格は触れていて心地が良い。
少々鈍さの度が過ぎている感もあるが、総じて愛すべき気質をした狩人だ。
「さて、一年ぶりにシタンを愛でようか……」
彼の伴侶であるラズラウドの前でじゃれ付くのはさすがに自制しようかと思っていたが、あんなにまで可愛い様子を見せられては遠慮などする気になれない。少しでも早く、シタンと話したい。
その一心でハイレリウスは客間を出て、出入り扉のある大広間へと急いだ。
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