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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

35 愚かな男のままだった

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 ――どうして、なんの関係もないはずの男に、久々の抱擁を邪魔されなければならないのか。腕の中から消えた温もりに、ふつふつと怒りが湧き上がる。

「ハイレリウス、なぜお前がシタンを連れている」

 敵意と憤怒を込めて、友を睨み据える。

「シタンは私の命の恩人であり、友だ。君が彼を悩ませていると聞いてね、一肌脱ぐことにしたんだ」

 動じることもなく告げられた内容に、虚を突かれた。いったいどこでいつ、そんなことになっていたのか。

「恩人だと? どういうことだ」と、問えば、ハイレリウスはこう答えた。

「魔獣に追われていた私を助けてくれた。彼の弓の腕前は素晴らしいね。私はシタンのことをとても気に入ったよ。召し抱えたいくらいだ」

 手慣れた様子で肩を抱き寄せる姿に、激しい怒りが生じる。誰にも、例え王族であろうとも渡す気などない。もしもシタンを奪うと言うのならば、即座に斬り掛かっていくだろう。

「みだりに触れるな。シタンは私のものだ」

 奪い返そうと手を伸ばしたが、背中に庇いながら距離を取られてしまう。

「いつから君のものになったんだ」

 怒りに忘我しかけているラズラウディアとは真逆に、ハイレリウスの物言いはごく冷静なものだった。

「辺境伯ともあろう者が、恥を知れ。ありもしない罪を着せ、それを免れる対価として慰みにしていたのだろう? まさか君がそんな卑劣な人間だとはね」

 淡々と語られる、ラズラウディアの罪。

 シタンの口から全てを聞いたのだろう。友の視線には侮蔑すら含まれていて、今までにぶつけられたことのない類の視線に、冷水を浴びせられたような心地にさせられた。罪の重さを思い知らされながら過ごしてきたが、こうして他者の口から語られることで、また新たに認識させられることになったのだ。

「シタンは、心の底から君のことを受け入れてなどいない」

 容赦のない言葉に、胸に激痛が走った。

 ……そうだ。

 戻って来たからといって、救いが訪れたなどと思ってはいけなかった。

 シタンへの償いなど何ひとつ、していない。地獄のような苦しみを味わったとて、それで罪があがなえるはずもないのだ。ラズラウディアがこれまでに感じていた苦しみも叫びも、彼には欠片も、届いてはいない。

 ――罪の重さを知った後であっても、己は愚かな男のままだった。
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