【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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番外編 

固形食と飲料液

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 ――これはリュディードがネウクレアの素顔を知る前のこと。彼が、ネウクレアに砂糖菓子の差し入れをするに至るまでの物語である。



 魔導研究機関トウルムントから派遣された、魔導騎士ネウクレアは、リュディードが見てきた中でもっとも癖の強い騎士である。

 騎士団着任から今日まで、団長のセディウス以外は、彼が鎧を外したところを見たことがない。最近では、全身鎧そのものがネウクレアというのが団員たちの共通認識だ。

 語彙がことごとく論理的で、社交辞令どころか皮肉のひとつも言わない。枯れた低い声と厳めしい鎧姿。そんな特徴があるのにも関わらず、配属された前線部隊ではファイスどころかほかの騎士たちにまで、いつの間にか弟分として可愛がられている。

 ――むさ苦しい部隊らしく、荒っぽい模擬戦や手合わせという名の遊びで。


 そのむさ苦しさに、ネウクレアはすっかり染まっている。

 『最初の模擬戦から皆に容赦がなかった』と、団長のセディウスが言っていたので、彼は元々そちら側の素養があったようだ。魔導に精通した彼には、戦闘狂のような一面があるらしい。

 ファイス経由で聞いたところによると、ネウクレアは自分が何歳でどこで生まれたかも知らないらしい。気がついたときにはトウルムント公の元で過ごしていたそうだ。
 
 幼少期の誰でも覚えているような子供らしい思い出はなく、魔導の実験と訓練ばかりしていたのだとか。精鋭ぞろいの前線部隊をして、一目置かせるほどの卓越した魔導術式の使い手だ。幼少期からの過酷な教育状況が、その能力の高さの根底にあるのだと見て間違いない。

 魔導の天才……いや、奇人と名高い魔導公の英才教育だったのだと言えば聞こえはいいが、訓練と実験しか思い出がないというのは極端すぎる。人格破綻者ともっぱらの噂のある魔導公らしいといえば、らしいのか。

 それであのような、論理的で淡泊な人間に育ったのか。

 リュディードがファイスからそういった情報を得ているのは、主に昼の食堂だ。副団長同士の情報交換を兼ねて、毎日二人で昼食を取るようにしている。



 ――今日も今日とてリュディードは同僚のファイスと差し向かいで食事をしていた。

「ネウは食堂で飯食べてないんだけど、どこでなに食べてるんだろな。リュデ、知ってるか?」

「……そういえば、姿を見ませんね。知りません。貴方、誘ったりしていないんですか」

「ん? いや、いっぺん誘ったけどさ、ネウは人前で兜外さないからな。一人で食べるって言ってた」

「そうですか……。気になりますね」

「食堂からなんか持ってくとこ、見たことないしな。謎だぞ!」

 肉と野菜とチーズのたっぷり挟まれた薄切りパンを頬張って、モグモグと幸せそうに頬を膨らませるファイス。じつに美味そうにものを食べる男だ。

「ふむ、本人に聞いてみましょうか」

 リュディードは、食欲旺盛なファイスの食べっぷりに目を細めながら、焼き立てパンをひと口大に千切って食べた。風味を楽しみながらじっくりと噛み締め、温かいシチューを飲む。

 コクのあるシチューには大きな野菜と肉がたっぷりと入っていて、しっかりと煮込まれたそれは口の中でほろりと解けていく。

 こうして美味しい食事を楽しむことで、毎日の活力が養えるのだ。そう思うと、ネウクレアの食生活が急に心配になってきた。一体、なにを食べているのだろうか彼は。非常に怪しい。

「――んぐ、それがいいと思うぞ。俺も気になる」

「ファイス、もう少しゆっくり食べなさい。胃に悪いですよ」

「リュデがゆっくり過ぎるんだ。俺はこれじゃないと食べた気がしないぞ!」

 同僚の小言もどこへやら。ファイスは豪快に食事を続ける。

「まあ、それで支障がないのなら……いいですけれど。いつもながらよく食べますね。貴方みたいな食べ方をしていたら、私は胃が持ちませんよ」

「そうかぁ。まあ、俺は俺で、お前はお前だよな。お代わり取ってくる!」

「はい。いってらっしゃい」

 すっ飛んでいく小柄な体を見送った後。

「私の倍以上食べているのに、平気な貴方の胃袋も謎ですよ」

 そう呟きながら、リュディードは苦笑した。
 


 




「――ネウクレア、貴方と話をしたいのですが宜しいですか」

 翌日、ファイスたちとの訓練が終わった後のネウクレアに、リュディードは話しかけた。

「可能だ」

「そうですか。では時間を頂きますよ。……ちょっとした質問です。貴方、食事はどうしていますか。食堂では取らないですよね。天幕で取っているんですか」

「天幕で固形食と飲料液を摂取している」

「固形食と飲料液ですか……」

 耳慣れない単語が出てきた。意味合いは分かるのだが。

「そうだ」

 ……確か、魔導研究機関から木箱がネウクレア宛てに送られていた。あれの中にそれらが入っていたのだろう。煮炊きする必要のない食料を、支給されているということか。

「……あの、差し支えなければ、私にそれをひとつ提供してもらえませんか」

 どんなものを食べているのか、ますます気になった。

 体調を崩している様子がないところからして、問題のない食品類なのだろうと思うが……なにやら得体が知れない感じを受ける。

「支障はない。提供可能」

「そうですか。よかったです。では、後日でいいですから、ひとつずつ提供をお願いします」

「了解した」




 ――こうして、ネウクレアから彼がいつも食べている固形食と飲料液を手に入れた。

「……なにか、不思議な食糧ですね」

 油紙に包まれた棒状の固形食は、薄緑色の乾いたパンのようだ。回復薬と同仕様の広口の瓶に入れられた飲料液は薄い青色だった。リュディードは、それらを食堂でファイスと共に試食することにした。

「少しずつにしましょう。どんな味と素材なのかも分かりませんから」

「毒じゃないだろ。そんなびくびくしなくていいと思うぞ」

「そういうつもりではないんですが、ちょっと見た目が……。得体が知れません」

「美味そうじゃないな」

 厨房の方からカップと皿を借りてきて、それぞれ少しずつ分けた。

「では、食べてみましょう」

「おう」

 二人は同時に固形食をかじる。

 そして、無言でしばし咀嚼してから、顔をしかめて飲み込んだ。

「……こっ、これは、なかなかに個性的で複雑な味ですね。の、飲み込めないかと思いましたよ」

 なんというか、不味い。

 砂と薬草を練り固めたような味だ。カビの生えたパンのほうがまだましだろう。どこをどうしたら、こんな物体ができあがるのか。

「ぶっは! まっずい! 不味いってことを難しく言うの上手いなリュデ!」

「褒めないでください。それにしても凄い味ですね。栄養はありそうですが」

「こっちも凄いのか? 飲んでみるぞ!」

 複雑極まりない固形食の味にめげずに、ファイスが液体を飲んでみる。

「うぉ、めちゃくちゃな味がする! これを毎日飲んでるのか! すごいな!」

「感心するところじゃありませんよ」

「だよな! ちょっとどうかと思う!」

 リュディードも意を決して液体を飲んでみたが、これまたなんとも複雑な味だった。

 どぎつい薬品のような香りが鼻へ抜けていくし、舌の上にえぐみというか……表現のできない苦みが残る。

 しかし、やはりこれでは人間らしい食事としての観点からしてあまりにも不十分すぎる。

 もっとまともな、温かく味の良いものを食べた方が、ネウクレアの心身のためだ。

「食堂の料理を食べるよう勧めたほうが、いいかもしれませんね」

「えっ、ネウがいいと思って食べてるんだったら、このままでもいいんじゃないのか」

「そうとも言えますが、しかし、この酷さは研究機関での環境が異常だったからでしょうし……」


  ――本人がいいとしていても、過酷の一言に尽きる。


 その境遇を想像すると、食事が喉を通らなくなりそうだ。

「彼が気兼ねなく食べられるように、仕切りを設けるなどして場所を作りましょうか」

「うーん、そうだなぁ。まず聞いてみろよ。食べる気があるんなら場所作ろうな」

「はい。そうしましょうか。ネウクレア次第ですね」

 ネウクレアの選択に任せる方向で、副団長二人の意見が一致した。



 ――その後。

 リュディードによるネウクレアの食生活改善のための『説得』が繰り広げられた。

「温かいものを食べた方が体に良いですよ」

「なぜだ」

 ネウクレアはじつに淡泊に疑問を口にした。

「貴方の食事は、栄養価は高いとしても味が酷すぎます。貴方は平気なのですか」

「問題はない。身体機能になんら問題はない。消化吸収も良好だ。短時間で摂取できる」

 確かにそうだ。だが、それだけでは味気ないと思わないのだろうか。

「いや、そういうことだけでは、なくてですね」

「温度と味にどのような利点があるのか、理解不能」

 この辺りまでのやり取りでリュディードはネウクレアが本当に、研究機関でまともな食生活を送ってこなかったのだと明確に気付いた。

 そして、これはぜひとも真っ当な食生活を送ってほしいと思った。

 ファイスも彼が食堂で食べるようになれば……ともに卓を囲まないまでも、きっと喜ぶだろう。

 ここが正念場だ。

 気合を入れて押しにかかる。

「……あの、食堂に仕切りを作りますから、そこで兜を外していつもとは違う食事を食べてみてはいかがでしょうか。利点が理解できるかもしれませんよ」

「緊急的な必要性を感じない」

 頑固だ。そして隙がない。どうしてこうなるのか。

「そ、そうですか……。もし、食事を変えたくなったら、いつでも言ってください」

「了解した」

 だが、ネウクレアが実際に食堂を訪れることはなく、食生活を改善する気が本人にまるでないのだと、リュディードが思い知らされただけだった。

 そうしたやり取りの後に、リュディードは、ネウクレアへの感謝や気遣いなどを込めて団長のセディウス経由で砂糖菓子を差し入れるに至った。

 少しでも食に興味を抱いてほしい……という、思いも込めて。

 

 ――しばらくして、ネウクレアはリュディードに礼を言いに来た。

「リュディード……差し入れ、感謝する」

 職務上では会話を交わすことはあっても、こんなふうに個人的に礼を言われることがなかった。実に素直な言葉に、リュディ-ドは驚いて書類を落としそうになった。

「えっ、あ、はい。気に入って貰えましたか」

「甘くて美味しい」

 感想も、これまた素直で……どことなくあどけない。割れ鐘のような声ではあるが、なにやら可愛げまで感じるのが不思議だった。

「……そうですか。それはよかったです」

 セディウスがいつぞやに言っていた『素直で、可愛げがある』とは、こういうことだったのか。これは、確かに癒されるかもしれないと、納得してしまった。

 こうして、ネウクウレアの反応に気を良くしたリュディードは、皇都で有名な美しい砂糖菓子や、果物の砂糖漬けなどを取り寄せては、時折彼に差し入れるようになったのだった。










 ――しかし、まさか夜な夜なネウクレアがあどけなく「あ」と、口を開けてセディウスに甘味をねだっているなどとは……、リュディードは知る由もないのであった。




※本編「朝の風景」「副官の好奇心」「砂糖菓子の夜」辺りの省略した部分の話です。
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