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本編
46 零れ落ちていく
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――怖い。
シアのことを、初めてそう感じた。下手な脅しなどよりも、彼の静かな問い掛けには迫力があった。
「だ、だから試合でだって、言っただろ」
「試合ではないよね。顔を打たれてはないのだから」
「なんで、そんなこと知ってんだよアンタ……!」
「忙しくて観に来られない時は、人に頼んで内容を伝えて貰っていたんだよ」
――頭から血の気が引いてくのを感じた。
いなせるかと思ったが甘かった。あっという間に追い詰められて、逃げ場がなくなっていく。
「誰なの? 君に、こんな酷いことをしたのは」
口調は静かで穏やかなものだっだが、優しく無邪気で騒がしい彼ばかり見てきたリィにとっては逆に恐ろしかった。下手に隠さず貴族の令嬢に扇子で打たれたと言ってしまおうと口を開くも、声が思うように出て来ない。
「……ア、アンタには、関係ない……っ」
震えながら顎下に添えられた手を押し除けて、やっとの思いで言葉を絞り出す。
「関係なくはないよ。君のこと、大切だもの」
これ以上は追及して欲しくないのに、シアは引く気配を見せず身を屈めて抱き締めてくる。
「怖がらないで、なにがあったのか教えて。困っていることがあるのなら、僕が助けるよ」
「ひっ! や、やだ! 言いたくないっ! はっ、放して……!」
怯えて思わず上げてしまった声は弱々しくあどけなくて、リィは自分のそれに愕然とした。
「大丈夫だよ。なにも心配いらないからね。落ち着いて、リィ」
甘く優しい声も、背中を撫でる手も、今この瞬間は怖かった。抱えている想いや、令嬢から受けた思い出したくもない仕打ちのことばかりではなく、押し隠してきた弱い部分も含めたなにもかもを暴かれて丸裸にされていく、恐怖――。
「やめてくれ!」
――血を吐くような絶叫。それに応じるように、シアが身を離した。
「リィ……!」
「近寄るんじゃねぇ!」
再び伸ばされた手を払い退け、寝床から転がり降りて部屋の隅へと逃げる。
「もう沢山だ! なんで俺みたいな半端者の、こんな汚い顔をした奴を構うんだよ! 暇つぶしの玩具ならほかを当たれよ!」
令嬢に言われた心無い言葉が次から次へと耳に蘇る。優しいシアにこんなことを言いたくなどないのに、胸の奥底に溜まっていた不安が噴き出してきて止まらない。
「酷いよ! 玩具だなんて思ってないし、君は汚い顔なんてしていないよ!」
「どうだかな。アンタが俺を召し抱えないのは、王族の闘士には相応しくないからだろ」
「ちょ、まって、王族って! なにを言っているの!」
「知ってんだぜアンタの名前……、本当は、イグルシアスなんだってな」
名を口にした途端に、シアの目がすっと細められた。
「……誰に聞いたの……?」
「誰だっていいだろ! なんなら謝罪が必要か? 『今までの御無礼をどうかお許し下さい』ってな!」
皮肉を込めて慇懃な言葉を混ぜ、片膝を突いて優雅に頭を垂れる。
「謝らなくていい! そんなことを望んでなんかいないよ!」
悲痛な叫びに胸を突かれたが、言葉を荒げるのを止める余裕などリィには最早なかった。
「うるせぇ! アンタと俺とでは、生きてる世界が違うんだ!」
頭を垂れたまま言い放つと、大粒の涙が次々とあふれて床を暗い色に変えていく。
「――これ以上っ……、惨めな気分にさせねぇで、くれよ……」
たくさんの涙と一緒に、悲痛な思いを込めた声も零れ落ちていった。
シアのことを、初めてそう感じた。下手な脅しなどよりも、彼の静かな問い掛けには迫力があった。
「だ、だから試合でだって、言っただろ」
「試合ではないよね。顔を打たれてはないのだから」
「なんで、そんなこと知ってんだよアンタ……!」
「忙しくて観に来られない時は、人に頼んで内容を伝えて貰っていたんだよ」
――頭から血の気が引いてくのを感じた。
いなせるかと思ったが甘かった。あっという間に追い詰められて、逃げ場がなくなっていく。
「誰なの? 君に、こんな酷いことをしたのは」
口調は静かで穏やかなものだっだが、優しく無邪気で騒がしい彼ばかり見てきたリィにとっては逆に恐ろしかった。下手に隠さず貴族の令嬢に扇子で打たれたと言ってしまおうと口を開くも、声が思うように出て来ない。
「……ア、アンタには、関係ない……っ」
震えながら顎下に添えられた手を押し除けて、やっとの思いで言葉を絞り出す。
「関係なくはないよ。君のこと、大切だもの」
これ以上は追及して欲しくないのに、シアは引く気配を見せず身を屈めて抱き締めてくる。
「怖がらないで、なにがあったのか教えて。困っていることがあるのなら、僕が助けるよ」
「ひっ! や、やだ! 言いたくないっ! はっ、放して……!」
怯えて思わず上げてしまった声は弱々しくあどけなくて、リィは自分のそれに愕然とした。
「大丈夫だよ。なにも心配いらないからね。落ち着いて、リィ」
甘く優しい声も、背中を撫でる手も、今この瞬間は怖かった。抱えている想いや、令嬢から受けた思い出したくもない仕打ちのことばかりではなく、押し隠してきた弱い部分も含めたなにもかもを暴かれて丸裸にされていく、恐怖――。
「やめてくれ!」
――血を吐くような絶叫。それに応じるように、シアが身を離した。
「リィ……!」
「近寄るんじゃねぇ!」
再び伸ばされた手を払い退け、寝床から転がり降りて部屋の隅へと逃げる。
「もう沢山だ! なんで俺みたいな半端者の、こんな汚い顔をした奴を構うんだよ! 暇つぶしの玩具ならほかを当たれよ!」
令嬢に言われた心無い言葉が次から次へと耳に蘇る。優しいシアにこんなことを言いたくなどないのに、胸の奥底に溜まっていた不安が噴き出してきて止まらない。
「酷いよ! 玩具だなんて思ってないし、君は汚い顔なんてしていないよ!」
「どうだかな。アンタが俺を召し抱えないのは、王族の闘士には相応しくないからだろ」
「ちょ、まって、王族って! なにを言っているの!」
「知ってんだぜアンタの名前……、本当は、イグルシアスなんだってな」
名を口にした途端に、シアの目がすっと細められた。
「……誰に聞いたの……?」
「誰だっていいだろ! なんなら謝罪が必要か? 『今までの御無礼をどうかお許し下さい』ってな!」
皮肉を込めて慇懃な言葉を混ぜ、片膝を突いて優雅に頭を垂れる。
「謝らなくていい! そんなことを望んでなんかいないよ!」
悲痛な叫びに胸を突かれたが、言葉を荒げるのを止める余裕などリィには最早なかった。
「うるせぇ! アンタと俺とでは、生きてる世界が違うんだ!」
頭を垂れたまま言い放つと、大粒の涙が次々とあふれて床を暗い色に変えていく。
「――これ以上っ……、惨めな気分にさせねぇで、くれよ……」
たくさんの涙と一緒に、悲痛な思いを込めた声も零れ落ちていった。
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