【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

45 見たことのない表情

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 闘技場から平屋へと真っすぐに帰ってきてしまって、昼も食べずにいたのを思い出した。さすがにこのまま夜を過ごすのは体に悪い。なにか腹に入れた方が良いなと起き上がろうとした……、そのとき。

「リィ! 体の調子はどう?」

 ガタリと音がして粗末な一枚扉が開き、ひょいと顔を見せたのはシアだった。

「うわぁあっ! ……なっ、なんで、アンタここにっ!」 
 
 叫び声と共に慌てて起き上がろうとして、もんどりうって頭から床に落ちた。鈍い音が響いて「わあっ! リィ、大丈夫?」と、シアが駆け寄ってくる。

「痛ぇ……。驚かせるんじゃねぇよバカ! こんなとこまで一人で来たのかよ! 危ねぇだろっ!」 
  
 強かに打ち付けた痛みに顔をしかめながら半身を起こして怒鳴りつけると、申し訳なさそうに長身を竦めたシアは、起き上がるのに手を貸してくれた。

「ご、ごめん。でも、途中までは馬車を使ったし、危なそうな裏路地は通っていないよ」
「へぇ……。少しは用心したんだな」
「呆れた目で見ないで! ちゃんと用心したのだからね!」
 
 その騒がしい返答に「ああ、わかったから騒ぐな。うるせぇ……」と、呻くように言って溜息をついてから、寝床にどかりと腰を下ろす。

「心配だったから、お見舞いに来たよ。顔色は悪くないみたいだね。具合はもういいの?」
「……ああ、まあな」
「そう! それは良かった」
 
 微笑みながら顔を覗き込まれて、心臓が躍る。

「……この傷……、どうしたの?」
「試合でやられた」

 ――口をついて出たのは、もっともらしい嘘。

 多忙な青年が全ての試合を観ているはずがない。嘘を付き通せると思ったのだが、空色の瞳にじっと見つめられると、腹の底まで見透かされている気がして落ち着かない。

「ふうん……。君がこんな風に傷を負うなんて珍しいね」
 
 壊れ物を扱う慎重さでもって、シアの指先が傷をなぞった。

「んっ……、やめろよ」

 くすぐったさに顔を背けようとすると、両手を顎下に添えられて前を向かされる。逃がさないという意思の伝わる行動に、小さくだが体が跳ねてしまった。 
  
「一体どこで……、こんな酷い傷を付けられたの」

 吐息が感じられる距離で問い掛けてくる顔は、まったく笑っていなかった。無表情に近いその顔の中に、微かにだが怒りの色が混じっているのに気付いて身を震わせる。

 それは、今までに見たことがない表情だった。
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