【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

48 溶けてしまいそうだ

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「――俺にはもう会いに来るなよ。いつかアンタを、どうにかしちまうから」

 くしゃりと顔をゆがめ、微動だにしないイグルシアスを残してすっと立ち上がった。

「暗くならねぇうちに帰れよ」

 寝床へ戻り木枠を軋ませながら腰を下ろして項垂れる。

 ……これで終わりだ。

 胸に大きな穴が開いた気分だったが、抱えていた不安や想いを吐き出せたせいか痛みや苦しさはなく、それどころか不思議と安堵すら感じた。

 会えなくなるのは辛いが、これで良かったのだと思えてしまう。

「こんなことをしてしまうくらいに、リィは僕が好きだったんだね」  

 小さな声が耳に届いた。

「それなら、また君に会いに来るよ」

 立ち上がり歩み寄って来たイグルシアスを、鋭く睨み付けてやった。

「帰れって言ったのが聞こえなかったのか! さっさと出て行けよ! 二度と来るな!」
「嫌だよ! 君に会えないなんて! リィのばかっ!」
 
 今まで、散々にイグルシアスをバカ呼ばわりしていたが、逆に彼がそんな言葉を吐くのを聞いたことがなかった。らしからぬ不意打ちの罵声にぎょっとしている間に、肩を掴まれて押し倒されてしまう。

「なにす、んぅ……っ!」

 覆い被さってきたイグルシアスの柔らかな唇がリィのそれに触れて、直ぐに離された。

「お返しだよ。沢山してあげる」
「んんっ……!」
 
 低く色気のある声で囁かれ、髪や頬を撫でられながら幾度も浅く口付けられて唇を甘く食まれる。

「ふ、あっ、シアっ……」
「優しくするから、逃げないでね」

 どうしてこんなと困惑するのも束の間で、唇が触れ合う心地良さに意識を絡め取られて溺れさせられていく。

「ふぁ……っ。はっ、あぅ……」

 好敵手にされた口付けとは別物の、優しく戯れなそれはリィの胸中を温かく満たしていった。

 ……凄く気持ちがいい。幾らでも、もっと深く……、されたい。

 飢えにも似た欲求に逆らわず、ぎこちない動きで自分から唇を押し付けてせがむ。すると、イグルシアスの舌が合間に挿し込まれて歯列をそろりと舐めてきた。

 浅いそれとは明らかに違う淫らさを含む舌の動きに、大きく口を開いて深い部分を許す。緩やかに内側を探られ舌を絡められて、腰から背中へぞくりと甘い疼きが這い上がってきた。

「んく、ふ……っ」

 深く、浅く、繰り返される愛撫。息苦しさを覚えさせない口付けにただ酔わされて、くらくらと眩暈がした。頭の中が溶けてしまいそうだ。

「んぁっ……、……くぅ……んっ……」 

 うなじを大きな手で温める様に撫でさすられながら強く舌を吸われ、小刻みに体が震えて甘えた鳴き声が喉の奥から漏れ鼻へと抜けていく。

「ん、可愛いい声……」 
「はっ、ん……、はぁ……、はぁっ……」

 ややして唇が離れていき、快楽による涙で霞む目で見上げた端正な顔は、甘く蕩けるような笑みが浮かび滴らんばかりの色気に溢れていた。

「――ああもう!」
 
 薄っすらと頬を上気させたイグルシアスが、不意に感極まったような声を上げた。

「女の子みたいに柔らかくないし僕より強くて乱暴なのに、どうしてこんなに可愛いの! リィが口付けなんかするから、我慢できなくなっちゃったでしょ!」
「が、我慢って……、なに……」
「僕も、こういうことをもっとしたいくらい君が好きなんだよ」
「ひぅっ!」

 ちゅっと軽い音を立てて唇に口付けを落とされて、リィは妙な悲鳴を上げてしまった。

「今日はこれで帰るよ。我慢できなくなるから」
「え、あ……、ああ……」
「傷のことはもう聞かないから、安心して。よく考えれば見当はつきそうだし」

「どうしてやろうかなぁ……」という、のんびりとしている口調だが、どこか剣呑な響きを含んだ呟きとともに、覆い被さっていた長躯が退いていく。 

「それじゃ、またね」
 
 驚きに目を白黒させるリィの頬をひと撫でして愛し気に目を細めてから、彼はゆっくりとした足取りで平屋から出て行った。
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