【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

60 少し胸が痛んだ

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 ――路地でのひと騒動のあと、どこにも寄らずに装束専門店へ向かった。

 新しい装束を受け取り試着室で袖を通したリィは、着心地のよさに目を見張った。

 上等な生地は肌触りがいいのはもちろん、しっくりと体に馴染む。採寸を徹底的にして作ったのだから当然と言えば当然だが、丈も幅も過不足がなく手足を大きく動かしても突っ張ったりしない。加えて知らない間に追加で頼まれていた半長靴も、とても履き心地がいい代物だった。 
 
「なんか、感じが全然違うな」

 黒と深い色合いの緑を基調として意匠を凝らした装束は、白に近い肌と赤く鮮やかな痣を良い意味で際立たせる。輝くような艶のある赤糸を使い随所に施されている躍動感のある大鳳や花、風を象った文様の刺繍も実に見事だ。

 全てが相まって、これ以上なくリィを華やかで凛々しい姿に見せていた。 

「総仕立てだと凄く着心地が良いでしょ?」
「ああ、すげぇいいな……。こんなもん着ちまったら、ほかのが着られなくりそうだ」

 ――姿見の中に、長躯の青年に寄り添われ幸せそうに綺麗な笑みを浮かべる若者の姿がある。

 今になって改めて、自分の容姿が大きく変わったことに驚きを覚えた。髪形や装束といった見た目だけではなくて、内から溢れるものがぱっと明るくなったと感じる。古ぼけた鏡の中に見ていた不機嫌さや悲しみに満ちた顔よりも、今の方がずっといい。

「とてもいい試合が出来そうだよね!」
「そんな気がするな」

 ……自分を変えてくれたのは、間違いなく目の前に居るイグルシアスだ。

「ありがとうな、シア」

 顔を綻ばせ目一杯の想いを込めて礼を言うと、彼は満足気に微笑んで抱き締めてくれた。

「どの闘士よりも恰好良くて、綺麗だよリィ……」
「大袈裟な褒め方すんなよ。恥ずかしい奴だなアンタ」
「そんなことないよ! きっとまた人気が上がるよ! もう誰にも見せたくないくらいだ」
「はは。折角こんな立派な装束ができたんだから、試合で着なくちゃもったいねぇだろ」
「……そうなんだけどね。変な虫が寄ってこないか心配だよ。独り占めしたい……」

 またしても大袈裟なことを言いながら頭に頬擦りをしてくるのがなんだか可愛く思えて「ククッ」と、笑ってしまった。

「なぁ、俺の披露目式……、観に来てくれねぇか」

 広い背中に腕を回して抱き返してやりながら、耳元で前々からの願いを囁く。

 ――二つ名持ちの闘士の主が決まった際に行われる式のことを、披露目式というのだ。この式で主従の契約を結んだあとに主の名を背負っての初試合が行われ、勝つことができれば主に華を持たせられるのに加えて闘士の誉れにもなる。

「必ず行くよ。君の晴れ舞台だからね」

 大きな手が優しくリィの頭を撫でて、絶対に行くよと甘く密やかな声で応えてくれた。

「忙しいなら無理すんなよ」
「大丈夫大丈夫。仕事は人に押し付けたりしてくるから!」
「おい、なに考えてやがんだ。無理すんなって言ってんだろが」

 不真面目な返答に呆れて強く肩を押しやって睨みつけると、イグルシアスは途端にすねた顔をして駄々をこね始める。

「嫌だよ! リィの試合は全部観たいのに、いつもいつも我慢してばかりいるんだよ! 特別な試合の日に仕事なんて、とてもしていられないから! 気になり過ぎて失敗ばかりしてしまいそうだよ!」
「……アンタな……。ったく、駄目なら駄目で別にいいんだからな……」

 仕事よりも優先したい程に、試合を観たがってくれているのが嬉しい。しかしその嬉しさを顔に出すのは照れ臭くて、わざと渋面を作りちゃんと仕事はしろと釘を刺す。

「そんな気難しい顔しちゃって、ほんとは嬉しいんでしょ?」

 だが、ニヤニヤと笑いながら本音を見透かされてしまい、恥かしさで熱くなった顔を胸元に埋めることになった。
 
「……う、うるせぇ」
「ふふ、可愛い……。早く主を決めないとね。そうしないと披露目式も出来ないから……」

 強く抱き込まれて頭を撫でられながら言われた言葉に、胸が少し痛んだ。
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