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本編

61 心の澱み

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 ……ほかの誰かなんて嫌だ、やはりイグルシアスに主になって欲しい。

 独り占めしたいと言いながら、どうして求めてくれないのだろう。こうして優しく触れて貰えても、それでもまだ胸のどこかが満たされていない。想いが通じただけでは不足と感じるのは、贅沢なのか。

 王弟殿下のお抱え闘士という、派手な肩書きが欲しいのではない。そんな肩書などあったとしても、なんの足しにもならない。ただ……、彼が自分のもので、自分もまた彼のものだという、消えない印が欲しいのだ。

 主従の繋がりを持てたからといって、ずっと先まで彼との関係が揺るぎないものになるという約束にはならないが……。そんなものでも、縋れるものがないよりはましだ。

 ――『どうせ弄ばれて捨てられるのがオチだぞ!』

 嫌な言葉が、耳に蘇る。

 昼飯のあと店から追いかけてきた好敵手の言葉に怒りを覚えたのは、単純に好きな相手を侮辱されたのが許せなかったというのもあるが、お互いの本心はどうあれ、結果的にで終わってしまうのではないのかという不安を抱いていたからだ。

 ……よりにもよって、不安のど真ん中を突かれた形だった。

「――甥っ子の誕生祝いなんかで忙しいけど、顔合わせの追加はすぐにするから待っていて」
「……ああ」

 彼の兄である王と王妃との間には、つい最近王子が生まれている。

 リィにとってはただの『シア』という名のバカっぽくて無邪気な青年だが、この国で最も尊ばれる存在とされている王家の人間だ。優秀な公爵である彼の血を受け継ぐ跡取りを遺すことを、周囲に望まれているのかもしれない。

 そうならば当然、伴侶を探さず子の産めない男と付き合っているのはどう考えても歓迎されない。もし、彼自身がいずれ子を儲けることを考えているのなら、自分などが文句を言う筋合いなどなく、辛くとも身を引く以外には道がないのだ。

 誰にもシアを渡したくない。

 なにもかもを壊して、奪い去ってしまいたい。いつまでもこうして自分だけを見て、好きでいてくれと言ってしまえたら……、そして、それを受け入れてもらえたのなら、どんなに幸せだろうか。

 ――決して吐き出すことなど許されない身勝手で浅ましい感情が、汚いよどみとなって心の深い場所に溜まっていくような気がした。

 優しく居心地のいい腕の中で、リィは小さく溜息をついた。
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