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本編
62 美しい貴人
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――イグルシアスが勧める主候補との、顔合わせをする日がやってきた。
普段であれば試合後にひとりで特別席まで向かうが、この日は様子が違っていた。
係の者に誘導されて、今までに立ち入ったことのない通路に足を踏み入れた。埃ひとつなく掃き清められ磨かれた通路の先に、大きな扉があった。厳かささえ漂う、特別な空気で満ちている。
その扉の前で「ここから先は一人で行って下さい」と、係の者が言い置いて立ち去っていく。
主候補の名は知らされていない。加えて通い慣れた場所以外での……、特別な場での顔合わせに緊張を覚えながら重みのある扉を静かに開くと、淡く軟らかな光が中から溢れ出してきた。
最初に目がいったのは、硝子板を用いて半円状に造られた美麗な窓だった。そこには白い薄布が幾重にも下ろされていて、和らげられた日差しが室内を程よく照らしている。
「――やぁ、よく来たね」
部屋の奥から、低く甘く穏やかな男の声が響く。声のした方を見ると、やや赤みが強い金髪をした青年が長椅子に座っていた。
輝く金髪は、王族たる徴だ。褐色の肌をした端正な面に、気品に満ちた笑みを浮かべている、涼し気で鮮やかに輝く空色の瞳が綺麗だ。ゆったりとした動きで長椅子から立ち上がると、こちらへ歩んでくる。すらりと均整の取れた長躯にまばゆい純白の衣をまとった姿は、近寄り難いまでの神々しさを醸し出していた。
浮世離れした美しい貴人の姿に、我を忘れてぼうっと見惚れた。
――だが、次の瞬間。
「あはは! 驚いたかい? 僕が最後の主候補だよ!」
気品がごっそり剥がれ落ちる音が、聞こえた気がした。
「――――は?」
あまりにも軽い態度に強烈な苛立ちを覚えて、殺気をほとばしらせて青年を睨み付ける。
「ひっ! そんな怖い顔で睨まないでよ! 僕がイグルシアスだって分かってるよね?」
見慣れない装いと髪色で別人に見えていたが、青年は間違いなくイグルシアスだった。
「あぁ? ふざけんなよコラァ! なにの冗談だ! 下手な返答しやがったらぶち殴って潰す!」
こぶしを握り締めて身構え、犬歯を剥き出しにして怒気も露わに激しく吠えたてる。もしや手の込んだ悪戯を仕掛けられたのか。
そうだとしたら、到底許す気にならない。
「お、怒らないで! 話を聞いて!」
「誰も召し抱えるつもりはないって言ったじゃねぇかよ! どういうつもりだ!」
「ええっと、王族だと知られて引かれたくなかったから、それらしい理由をこじつけて断ったのだけど、成り行きとはいえ君が僕のことを好きだって分かったし、身分がばれてしまったからね。もう、我慢できなくて」
「なんで、それを早く言ってくれなかったんだ!」
「それはね、君を驚かせたかったから! その方が喜んでくれるかと思って!」
胸を張って得意気な顔をした彼に、嬉しさよりも悔しさが一気に膨らんだ。叫び出したいほどの強い気持ちを心に押し込めて、独りでずっと悩んでいた自分は一体何だったのか。
憎しみすら覚えたが、それでも求められているのは嬉しいのだから質が悪い。
彼以外の人間に膝を折るなんて、もう二度と考えられない。
膨らんだ憎らしさや悔しさを押し除けて安堵や喜びも次々と沸き出してきて、大きな渦に心が飲み込まれていった。
普段であれば試合後にひとりで特別席まで向かうが、この日は様子が違っていた。
係の者に誘導されて、今までに立ち入ったことのない通路に足を踏み入れた。埃ひとつなく掃き清められ磨かれた通路の先に、大きな扉があった。厳かささえ漂う、特別な空気で満ちている。
その扉の前で「ここから先は一人で行って下さい」と、係の者が言い置いて立ち去っていく。
主候補の名は知らされていない。加えて通い慣れた場所以外での……、特別な場での顔合わせに緊張を覚えながら重みのある扉を静かに開くと、淡く軟らかな光が中から溢れ出してきた。
最初に目がいったのは、硝子板を用いて半円状に造られた美麗な窓だった。そこには白い薄布が幾重にも下ろされていて、和らげられた日差しが室内を程よく照らしている。
「――やぁ、よく来たね」
部屋の奥から、低く甘く穏やかな男の声が響く。声のした方を見ると、やや赤みが強い金髪をした青年が長椅子に座っていた。
輝く金髪は、王族たる徴だ。褐色の肌をした端正な面に、気品に満ちた笑みを浮かべている、涼し気で鮮やかに輝く空色の瞳が綺麗だ。ゆったりとした動きで長椅子から立ち上がると、こちらへ歩んでくる。すらりと均整の取れた長躯にまばゆい純白の衣をまとった姿は、近寄り難いまでの神々しさを醸し出していた。
浮世離れした美しい貴人の姿に、我を忘れてぼうっと見惚れた。
――だが、次の瞬間。
「あはは! 驚いたかい? 僕が最後の主候補だよ!」
気品がごっそり剥がれ落ちる音が、聞こえた気がした。
「――――は?」
あまりにも軽い態度に強烈な苛立ちを覚えて、殺気をほとばしらせて青年を睨み付ける。
「ひっ! そんな怖い顔で睨まないでよ! 僕がイグルシアスだって分かってるよね?」
見慣れない装いと髪色で別人に見えていたが、青年は間違いなくイグルシアスだった。
「あぁ? ふざけんなよコラァ! なにの冗談だ! 下手な返答しやがったらぶち殴って潰す!」
こぶしを握り締めて身構え、犬歯を剥き出しにして怒気も露わに激しく吠えたてる。もしや手の込んだ悪戯を仕掛けられたのか。
そうだとしたら、到底許す気にならない。
「お、怒らないで! 話を聞いて!」
「誰も召し抱えるつもりはないって言ったじゃねぇかよ! どういうつもりだ!」
「ええっと、王族だと知られて引かれたくなかったから、それらしい理由をこじつけて断ったのだけど、成り行きとはいえ君が僕のことを好きだって分かったし、身分がばれてしまったからね。もう、我慢できなくて」
「なんで、それを早く言ってくれなかったんだ!」
「それはね、君を驚かせたかったから! その方が喜んでくれるかと思って!」
胸を張って得意気な顔をした彼に、嬉しさよりも悔しさが一気に膨らんだ。叫び出したいほどの強い気持ちを心に押し込めて、独りでずっと悩んでいた自分は一体何だったのか。
憎しみすら覚えたが、それでも求められているのは嬉しいのだから質が悪い。
彼以外の人間に膝を折るなんて、もう二度と考えられない。
膨らんだ憎らしさや悔しさを押し除けて安堵や喜びも次々と沸き出してきて、大きな渦に心が飲み込まれていった。
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