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本編

63 心を決めた

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 ――頭の中が、めちゃくちゃだった。わけが分からない。

「うっ……、く……」

 激しい感情のうねりに翻弄されて、たまらず涙を零した。

「……ま、回りくどい真似すんなバカっ! アンタっ、やっぱりすげぇバカだっ! このバカっ! こ、こんなバカ、好きになった俺までバカみてぇじゃねぇかよっ! もうやだっ! シアなんか嫌いだ! 俺っ、もう主無しでいいっ! アンタみたいなバカになんか、仕えてやらないっ! ……うっ、ううっ……! バカぁっ……」

 万感が弾けて罵声となって飛び出し、荒い言葉遣いさえも削げ落ちたあどけない口調で泣きじゃくってしまう。こんな男に泣かされる自分が情けない。

 だが、どんなに堪えようとしても、ひとたび零れ始めた涙は止めることができなくて次から次へと頬を流れ落ちていく。

「ああっ、ごっ、ごめん! 泣かないで! 僕が悪かったよ!」
「う、うるさいバカ……っ! 全部アンタがっ、悪いに決まってんだろアホ……っ!」

 慌てて抱き締めてきたイグルシアスにしがみついて、リィは声を殺して暫くのあいだ泣き続けた。 

 ――こんなに泣いたのは、苛められていた小さい頃以来だった。

 みっともなく泣いて醜態を晒してしまった気恥かしさで、イグルシアスとまともに目を合わせられない。涙と鼻水で汚れた顔を拭かれるなどして、かいがいしく世話を焼かれてさらに恥ずかしさが上乗せされてしまう。
 
「果実水、飲むかい?」

 差し出された硝子の杯を無言で受け取り、一息に飲み干してようやく顔を上げる。

「……なぁ、本気で俺を召し抱えるつもりなのか」
 
 空になった杯を手の中で弄びながら泣き過ぎた瞳でじっと見詰めると、イグルシアスは表情を引き締め咳払いをしてから、おもむろに口を開いた。

「そのつもりだよ」
「俺でいいのか」
「君だけしか欲しくない。闘士としてだけではなくて、そうでない君も含めて全部、欲しい」
 
 リィの手から硝子が杯をそっと抜き取られた。品のいい彫刻が施された卓にことりとそれを置き、振り返った彼は愛し気に目を細めて言葉を続ける。

「……ねぇリィ、もし君がいつか……、ご両親みたいに人並みの家庭を持ちたいと考えているのなら、僕のものになるのは止した方がいい」

 ゆっくりと伸ばされた手が、頬の痣を優しく撫でた。

「僕は君を、一生手放さないから。しっかり考えて決めてね」

 口調はあくまでも穏やかだが抗い難い力を秘めた響きがあり、空色の瞳は濁りなく澄み渡っている。

 ――これは戯言などではないのだと、感じ取れた。

 これだけ真剣に求めてくれるのなら悩むのはもう止めて、口には出せずにいた気持ちを隠さず言ってしまおうと心を決めた。
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