78 / 91
本編
77 夜明け前
しおりを挟む
――夜が明ける少し前に、リィは目を覚ました。
誰かの腕に腰を抱かれていて、背後から穏やかな寝息が聞こえる。一瞬、どこに居るのか分からなくて混乱したが、すぐに昨日のことを思い出す。
情事で疲れ切った体を休めるために、日暮れまで二人で寄り添い合って眠り、夕飯は目覚めたときに寝台の上で食べた。慣れない行為で疲れていたとはいえ、毎日欠かさずしていた鍛錬をさぼってしまった。
……背中に感じる温もりが、とても心地いい。
まだ横になっていたかったが、さすがにいつまでもだらけているのはマズい。闘士は常に体を鍛えていなければならない。一日さぼれば取り戻すのに何日もかかると、師である父親から言い聞かされて育った。
昨日は夜が更ける前に平屋へ帰ろうとしたが、片時も離れたがらず甘えるイグルシアスがそれを嫌がって大騒ぎになり、結局は屋敷に泊まることになった。
首を巡らせて周囲を見回すと、脱がされた装束や下穿きが脇机に置かれているのが目に入った。昨日は気付けなかったが、酷く汚してしまった敷布もいつの間にか綺麗なそれに替えられている。
……身分の高い人間は、情事まで他人に世話をされるのか。
恵まれた生活というのも気疲れが多そうだ。
生まれたときからそうなら、恥ずかしさを感じないのだろうか。
取り留めなくそんなことを考えながら、眠る彼を起こさないよう腰を抱く腕を慎重にどけて寝床を降りる。
大きく伸びをしたり手足を曲げたりして、全身の筋を解して調子を確かめた。
尻にまだ違和感があり体の筋も少し痛むが、鍛錬をすれば調子はそこそこ戻るだろう。
イグルシアスは休んだ方がいいだの、僕のそばにいてだのとうるさく騒いでいたが、これなら勤めを休む必要などない。
脇机の下穿きを手にしてみると、ほんのりと良い匂いがした。
見違えるほど綺麗に洗濯されたそれに居た堪れない気分を味わいながら、夜着代わりに借りたイグルシアスの上着を脱いで身に着ける。
そうして、粗方の身支度を終えたところで、まだ眠っているイグルシアスの手になんとはなしに触れて、甲に薄く浮いた血管や関節の起伏を辿り、整えられた爪までを指先でなぞった。
――やっぱり綺麗な手だ。
触るだけでも気持ちが良い。
ずっと触っていたい。
初めて出逢ったときから、自分にためらいなく触れてくるこの手が嫌いではなかった。
裏路地でイグルシアスを助けた日が、何年も前のことに感じる。辛い目にもあったが、今となってはそれも遠い記憶だ。
なんとはなしに手に触れ続けていると、イグルシアスが眉根を寄せて身じろぎし始めた。手を引っ込めて離れようとしたが、瞳が開いてしまった。
寝起きのとろりとした顔で彼は瞬きをして、空色の瞳でリィの姿を捉えると穏やかに微笑んだ。
「あれ。リィ……、起きて、しまったの? ねぇ、もう少し一緒にいてよ……」
「ダメに決まってんだろ。俺はいつもこのくらいには起きてんだよ」
二度寝などしていたら、今日の試合に穴を開けてしまう。そんな恥晒しで無責任なマネは冗談でもやりたくない。
「リィったら冷たい……。……ねぇ……お願いだよ」
「我がまま言うな。アンタ、眠いならもう少し寝てろよ」
「離れちゃ……嫌、……だ。寂しいよ……リィ……」
甘えたことを言いながら、眠気に耐えきれなかったのか瞼が下りていく。
薄闇の中でも目立つ金髪を優しく撫でてやると、幸せそうに小さく吐息を漏らしてイグルシアスは眠りに落ちていった。
……これではどちらが年下なのか分からない。
子供じみた我がままな態度に呆れながらも、甘えてくる姿がとても可愛いらしく思えて顔が緩んでしまう。今日は駄目だが、たまにならもう少し一緒に寝てやるのも悪くない。
綺麗な手をひと撫でしてから、静かに寝室を出た。
誰かの腕に腰を抱かれていて、背後から穏やかな寝息が聞こえる。一瞬、どこに居るのか分からなくて混乱したが、すぐに昨日のことを思い出す。
情事で疲れ切った体を休めるために、日暮れまで二人で寄り添い合って眠り、夕飯は目覚めたときに寝台の上で食べた。慣れない行為で疲れていたとはいえ、毎日欠かさずしていた鍛錬をさぼってしまった。
……背中に感じる温もりが、とても心地いい。
まだ横になっていたかったが、さすがにいつまでもだらけているのはマズい。闘士は常に体を鍛えていなければならない。一日さぼれば取り戻すのに何日もかかると、師である父親から言い聞かされて育った。
昨日は夜が更ける前に平屋へ帰ろうとしたが、片時も離れたがらず甘えるイグルシアスがそれを嫌がって大騒ぎになり、結局は屋敷に泊まることになった。
首を巡らせて周囲を見回すと、脱がされた装束や下穿きが脇机に置かれているのが目に入った。昨日は気付けなかったが、酷く汚してしまった敷布もいつの間にか綺麗なそれに替えられている。
……身分の高い人間は、情事まで他人に世話をされるのか。
恵まれた生活というのも気疲れが多そうだ。
生まれたときからそうなら、恥ずかしさを感じないのだろうか。
取り留めなくそんなことを考えながら、眠る彼を起こさないよう腰を抱く腕を慎重にどけて寝床を降りる。
大きく伸びをしたり手足を曲げたりして、全身の筋を解して調子を確かめた。
尻にまだ違和感があり体の筋も少し痛むが、鍛錬をすれば調子はそこそこ戻るだろう。
イグルシアスは休んだ方がいいだの、僕のそばにいてだのとうるさく騒いでいたが、これなら勤めを休む必要などない。
脇机の下穿きを手にしてみると、ほんのりと良い匂いがした。
見違えるほど綺麗に洗濯されたそれに居た堪れない気分を味わいながら、夜着代わりに借りたイグルシアスの上着を脱いで身に着ける。
そうして、粗方の身支度を終えたところで、まだ眠っているイグルシアスの手になんとはなしに触れて、甲に薄く浮いた血管や関節の起伏を辿り、整えられた爪までを指先でなぞった。
――やっぱり綺麗な手だ。
触るだけでも気持ちが良い。
ずっと触っていたい。
初めて出逢ったときから、自分にためらいなく触れてくるこの手が嫌いではなかった。
裏路地でイグルシアスを助けた日が、何年も前のことに感じる。辛い目にもあったが、今となってはそれも遠い記憶だ。
なんとはなしに手に触れ続けていると、イグルシアスが眉根を寄せて身じろぎし始めた。手を引っ込めて離れようとしたが、瞳が開いてしまった。
寝起きのとろりとした顔で彼は瞬きをして、空色の瞳でリィの姿を捉えると穏やかに微笑んだ。
「あれ。リィ……、起きて、しまったの? ねぇ、もう少し一緒にいてよ……」
「ダメに決まってんだろ。俺はいつもこのくらいには起きてんだよ」
二度寝などしていたら、今日の試合に穴を開けてしまう。そんな恥晒しで無責任なマネは冗談でもやりたくない。
「リィったら冷たい……。……ねぇ……お願いだよ」
「我がまま言うな。アンタ、眠いならもう少し寝てろよ」
「離れちゃ……嫌、……だ。寂しいよ……リィ……」
甘えたことを言いながら、眠気に耐えきれなかったのか瞼が下りていく。
薄闇の中でも目立つ金髪を優しく撫でてやると、幸せそうに小さく吐息を漏らしてイグルシアスは眠りに落ちていった。
……これではどちらが年下なのか分からない。
子供じみた我がままな態度に呆れながらも、甘えてくる姿がとても可愛いらしく思えて顔が緩んでしまう。今日は駄目だが、たまにならもう少し一緒に寝てやるのも悪くない。
綺麗な手をひと撫でしてから、静かに寝室を出た。
18
あなたにおすすめの小説
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【本編完結済】神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】少年王が望むは…
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる