【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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番外編

リィの変装③

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 ――ベルセニアが腕まくりをして半刻ほどが過ぎた。

「ご確認くださいませ」という声に応じて目を開いたリィは、「……えっ」と、動揺した声を上げることになった。

 ベルセニアが手にした大ぶりの鏡に映るリィの顔からは、左側を覆っていた大きく赤い痣が跡形もなく消えている。誇張でもなく、まさしく跡形もなくだ。肌の色に違和感がない。まるで元から痣などなかったかのように……。

「……う、嘘だろ……」

 呆然とした声を漏らすリィを前に、得意気に胸を張ったベルセニアが「いかがでございましょうか。半日ほどでありましたら、お食事などして頂いて問題はありません。極力、手などでお顔に触れないようにしてくださいませ。お化粧が崩れますので」という説明をする。

「……ああ、わかった。……それにしてもすげぇな」
「お褒め頂き、恐縮でございます。ご不満がないようでございましたら、これにて仕舞いとさせて頂きます」
「ああ、ありがとう。十分だ」

 時として攻撃的な印象をもたらす赤痣がないというだけで、顔付きがまるで違った。……鏡に映っているのは荒事とはまるで無縁の、女性的で優し気な美貌の若者だった。今の彼を見ても、勇猛果敢かつ百戦錬磨の闘士だとは誰も気づかないだろう。

「俺じゃねぇなこれ。落ち着かねぇ。おふくろに似てるな」

 眉間に皺を寄せて鏡を眺めていると、身支度を終えたイグルシアスが部屋に戻ってきた。

「あ、変装終わっていたんだね」と、近付いてきてじっと顔を覗き込んでくるその顔は、今までに見たことのない表情をしていた。

 それは、途方に暮れたような、心細そうな……、複雑な表情だ。

「リィじゃないみたいだ」
「変か?」
「ううん。変じゃないけど、いつもの君が好きだよ」

 声音はいつものように甘いが、恐ろしく真顔だ。好きだの愛してるだのと言うときは、大抵は他人に見せられないほどの脂下がった顔をしているので、珍しいことだ。

「なっ、なに真顔になってんだよ」

 照れ臭くなったリィが、イルシアスの端正な顔面を無造作に押しやると、「んっ。だって、僕は君の痣も愛しているもの。なくなれば寂しいよ」と、押しやっていた手を掴んで、その平に口付けを落とす。

「恥ずかしいこと言ってんじゃねぇし!」
「ふふ。恥ずかしいことではないよ。大切なことだ」

 続いて手の甲に口付けを落としてから、イグルシアスはそっと腕を取ってリィを椅子から立ち上がらせる。それから、微笑まし気に二人の様子を眺めていたベルセニアに向けて「見事な仕事をありがとう、ベル!」と、親しみの込められた笑顔を向けた。

「ご要望にお応えできまして嬉しゅうございます。では、わたくしはこれにて戻らせて頂きます。変装の落とし方につきましてはこちらの侍女方に事前指導しておきました。就寝前までに必ず取り除くようにしてくださいませ。肌の負担となります」
「わかったよ。ああ、キュリオによろしくね。近いうちに遊びに行くと伝えておいて」
「承りました。では、失礼致します」

 美しい所作で深く会釈をする彼女は、体の芯のぶれがまったくない。そして、静々と部屋を出ていくその歩き方でさえも、武人のように一部の隙もなく足音も最小限だった。

「なんかすげぇな……あの侍女」

 ぽつりと漏らされた呟きに、「否定はしないよ」という苦笑混じりの言葉が返された。
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