88 / 91
番外編
リィの変装④
しおりを挟む
――屋敷を出た二人は馬車で王都の中央通りまで馬車で向かい、そこからは徒歩になった。
無邪気に他愛のない話をするイグルシアスの横を、穏やかな笑みを浮かべて歩くリィに対して「赤痣のリィだ!」などと指をさしたりする者は誰もいない。
伸び伸びとした心地で散策を楽しんだ後、下町へと向かう。
目指すのは裏路地の先にある飯屋だ。そこで出されるのは、すじ肉の煮込みと、クズ野菜のスープに雑穀パン。安いばかりの品々だが、二人にとって思い出が詰まった料理だ。
「なんだか懐かしいね。この路地で君に助けられたのが、何年も前みたい」
「はは、そうだな。アンタがうるさくて、凄ぇしつこかったのもな」
「ざっくり酷いこと言われてる気がする!」
酷い酷いと騒ぐイグルシアスを、笑いながら雑にいなしていたリィの顔から、不意に表情が消えた。やや鋭くなった視線は、路地の奥の方に向けられている。
「どうしたの。急に怖い顔して」
「ここにいろ。動くんじゃねぇぞ」
目を瞬かせて首を傾げたイグルシアスの肩を掴んでその場に留まらせたリィは、ずいと前の方へと進み出た。薄暗い路地の奥から歩いてきたのは、ガラの悪そうな……どこかで見たような若い男の二人組だった。
「よぉ、アンタら、オレらに奢ってくれないか。金に困ってんだよなぁ」
あからさまなたかりだ。
「断る」
短く無感情に放たれた返答に一瞬だけ苛ついた表情を見せた二人組だったが、直ぐにへらへらとした笑い顔になる。こちらを甘く見ているのは明白な態度だ。
「威勢がいいなぁ。ちょっと奢ってくれたら済むんだからいいだろぉ」
「綺麗な顔が台無しになる前に金よこしな。痛ぇのは嫌だろ?」
体格の良い方の男が、一見細身に見えるリィの肩を拳で強く小突いてくる。
「触んじゃねぇよクソが」
色味鮮やかで柔らかそうな唇から、地獄の底から響いてくるような低い声が吐き出された。
その声に驚愕の表情を浮かべた男の胸ぐらを鷲掴みにしておいて、リィは軽やかに膝を振り上げてみぞおちに一撃を食らわせる。
「ゴフッ!」
喉奥からせり上がるような声を漏らした男の胸ぐらを離すと、その体はあっけなく足元に転がった。図体の割には撃たれ弱いのか、起き上がってくる様子はない。
「舐めてんじゃねぇぞコラァ!」
「ひっ、うぎゃあっ!」
怒号とともにもう一人へと躍り掛かり、平手で横っ面を強かに打ってなぎ倒す。
「す、すいませんでしたぁっ!」と、這いずるようにして逃げ出そうとした男を「うるせぇよカスが! てめぇから喧嘩売っといて逃げんな!」と、怒鳴り付けながら横っ腹を蹴り飛ばした。
「わぁ! かっこいい!」
「ったく、こんなクズども片付けたところで、飯の足しにならねぇ……」
「そうだけど、僕だったら勝てないもの。リィはやっぱり凄いね!」
「凄くねぇから騒ぐな!」
リィは平手を食らわせた方の手を、上着の裾辺りで払うようにして拭ってから、倒れた二人を「邪魔だおら。二度とやるんじゃねぇぞ」と、言いながら足で突っついて壁際に避ける。イグルシアスが通るために道を空けたのだ。
「さっさと飯食いに行くぞ」
「うん! でも、この子達は放置しておいていいの? 起き上がれないみたいだけど」
「あ? 軽く撫でてやっただけだぞ。そのうち起きて帰るだろ」
「撫でるって! それ、言葉の意味が違う気がするよ!」と、騒ぐイグルシアスを引き連れて、リィは悠然と飯屋へと歩き始めたのだった。
無邪気に他愛のない話をするイグルシアスの横を、穏やかな笑みを浮かべて歩くリィに対して「赤痣のリィだ!」などと指をさしたりする者は誰もいない。
伸び伸びとした心地で散策を楽しんだ後、下町へと向かう。
目指すのは裏路地の先にある飯屋だ。そこで出されるのは、すじ肉の煮込みと、クズ野菜のスープに雑穀パン。安いばかりの品々だが、二人にとって思い出が詰まった料理だ。
「なんだか懐かしいね。この路地で君に助けられたのが、何年も前みたい」
「はは、そうだな。アンタがうるさくて、凄ぇしつこかったのもな」
「ざっくり酷いこと言われてる気がする!」
酷い酷いと騒ぐイグルシアスを、笑いながら雑にいなしていたリィの顔から、不意に表情が消えた。やや鋭くなった視線は、路地の奥の方に向けられている。
「どうしたの。急に怖い顔して」
「ここにいろ。動くんじゃねぇぞ」
目を瞬かせて首を傾げたイグルシアスの肩を掴んでその場に留まらせたリィは、ずいと前の方へと進み出た。薄暗い路地の奥から歩いてきたのは、ガラの悪そうな……どこかで見たような若い男の二人組だった。
「よぉ、アンタら、オレらに奢ってくれないか。金に困ってんだよなぁ」
あからさまなたかりだ。
「断る」
短く無感情に放たれた返答に一瞬だけ苛ついた表情を見せた二人組だったが、直ぐにへらへらとした笑い顔になる。こちらを甘く見ているのは明白な態度だ。
「威勢がいいなぁ。ちょっと奢ってくれたら済むんだからいいだろぉ」
「綺麗な顔が台無しになる前に金よこしな。痛ぇのは嫌だろ?」
体格の良い方の男が、一見細身に見えるリィの肩を拳で強く小突いてくる。
「触んじゃねぇよクソが」
色味鮮やかで柔らかそうな唇から、地獄の底から響いてくるような低い声が吐き出された。
その声に驚愕の表情を浮かべた男の胸ぐらを鷲掴みにしておいて、リィは軽やかに膝を振り上げてみぞおちに一撃を食らわせる。
「ゴフッ!」
喉奥からせり上がるような声を漏らした男の胸ぐらを離すと、その体はあっけなく足元に転がった。図体の割には撃たれ弱いのか、起き上がってくる様子はない。
「舐めてんじゃねぇぞコラァ!」
「ひっ、うぎゃあっ!」
怒号とともにもう一人へと躍り掛かり、平手で横っ面を強かに打ってなぎ倒す。
「す、すいませんでしたぁっ!」と、這いずるようにして逃げ出そうとした男を「うるせぇよカスが! てめぇから喧嘩売っといて逃げんな!」と、怒鳴り付けながら横っ腹を蹴り飛ばした。
「わぁ! かっこいい!」
「ったく、こんなクズども片付けたところで、飯の足しにならねぇ……」
「そうだけど、僕だったら勝てないもの。リィはやっぱり凄いね!」
「凄くねぇから騒ぐな!」
リィは平手を食らわせた方の手を、上着の裾辺りで払うようにして拭ってから、倒れた二人を「邪魔だおら。二度とやるんじゃねぇぞ」と、言いながら足で突っついて壁際に避ける。イグルシアスが通るために道を空けたのだ。
「さっさと飯食いに行くぞ」
「うん! でも、この子達は放置しておいていいの? 起き上がれないみたいだけど」
「あ? 軽く撫でてやっただけだぞ。そのうち起きて帰るだろ」
「撫でるって! それ、言葉の意味が違う気がするよ!」と、騒ぐイグルシアスを引き連れて、リィは悠然と飯屋へと歩き始めたのだった。
17
あなたにおすすめの小説
白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜
西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。
だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。
そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。
◆
白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。
氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。
サブCPの軽い匂わせがあります。
ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。
◆
2025.9.13
別のところでおまけとして書いていた掌編を追加しました。モーリスの兄視点の短い話です。
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる