【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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番外編

何十年経っても

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 イグルシアスとリィが出逢ってから二十年が過ぎた頃。

 国王の第一子にして、王太子であるラフィンの婚礼が行われた。

 ……ラフィンの叔父であるイグルシアスの姿は当然ながらその祝宴の場にあり、リィもまた……「平民の俺が王族の宴に顔を出すなんて、ないだろ」……などと参列を渋ったものの、涙目で彼に同伴を懇願されて渋々ながらも従っていた。

「立派になったね。キュリオに告白していた頃はどうなることかと思ったけれど、素敵なお妃様を見つけられて良かったねラフィン」
「叔父上、やめてください。その言い方をすると皆が勘違いします。父上に聞かれたらどうするのですか。ただでさえ嫉妬深いというのに」
「大丈夫だよ。兄さんは向こうで、隣国の賓客に捕まってるから」

 軽いやり取りに、ラフィンの隣に座っている王太子妃が扇子で口元を隠しながら身を震わせて笑っている。婚礼のずっと以前から、彼女は王家の面々と交流があった。イグルシアスのこうした態度や、王城の離れ家に住むキュリオとは既知なのだ。

「まったく。もう少し落ち着いたらどうですか」
「このくらいの方が楽しくて良いでしょ」
「イグルシアス様、いい加減にしてください。……殿下、あとで私がよく言って聞かせておきます」

 影のように付き従っていたリィが丁寧な口調ながらもきつい視線をぶつけてイグルシアスを嗜め、ラフィンに向けて深く頭を下げる。

「世話の掛かる身内で済まない。叔父上の手綱をしっかりと引いてくれ」
「御意に。多少荒く引いても構いませんか」
「構わない」
「ちょっとまってよ! 僕、どうされてしまうの?」
「リィ、貴殿ならば叔父上になにをしても私が許す。これからも叔父上を頼んだぞ」
「ラフィン、許可しないで!」
「承知いたしました」
「なんでそんないい笑顔なの! 怖いよ!」

 慌てるイグルシアスを無視して、二人はにこやかに言葉を交わす。彼らはイグルシアスを介して交流を持ち、身分は違えど気心の知れた間柄となっていた。二十年前には誰にも想像すらできはしなかったことだが、今ではありふれた光景だ。

 ――祝宴は夜遅くまで続き、イグルシアスとリィが王宮を出たのは深夜だった。

「はぁーっ。賑やかなのは好きだけれど、さすがに疲れたなぁ」
「おつかれさん」

 馬車へ乗り込むなり上着を脱いで向かい側の席へと置き、「んんっ」と呻きながら伸びをするイグルシアスの横に、闘士らしく華やかな装束に身を包んだリィが笑いながら腰を下ろす。

「君と知り合った頃に生まれたラフィンが、もうお妃を迎える年頃になったんだよ。なんだかすっかり年をとった気分だね」
「なに言ってんだ。二十年も経てば当たり前だろう。急に老け込むなよ」
「僕、もう四十過ぎなんだよ。老け込みもするよ」
「どの口が言っているんだ。ったく……」

 確かに、イグルシアスは年相応に目尻や口元に皺が増えて瑞々しい若さは衰えたが、それが返って恵まれた容貌に深みを増させていた。

 三十歳を越えた辺りから生やし始めた口髭も、常に隙なく整えられていることで上品な見目を引き立てるのに一役買っている。

 ――とても老け込んだという風な衰え方ではない。

 今だに彼に対する女性達からの人気は落ちるどころか増々高まっているのだから、そのほどが知れようというものだ。

「あーあ、若い頃に戻りたいよ。そしたらまた君と楽しく騒げるのに。いまはそういうの、恥ずかしいって思ってしまうのだよね。僕も落ち着いたということなのかな」
「ガキみたいなアンタも悪くなかったが、今の、ちょっとだけ落ち着いたアンタも悪くない」

 疲れたと言う割には元気に喋り続けるイグルシアスに、リィは軟らかく慈しみを含んだ笑みを浮かべ、節くれ立った男らしい手で優しく頬を撫でて顔を引き寄せる。

「ちょっとだけなの?」
「ああ、ちょっとだけだ」
「えぇ……。僕はそんなに成長してないのかな」

 子供のように拗ねた顔をするイグルシアスに対して艶やかに低く笑い、「アンタは今でも、俺の惚れたバカのまんまだ」と、甘く熱のこもった声音で囁きながら彼の程よいふくらみを持つ下唇へと軽く噛みついた。

「んっ、リィは驚くくらいに大人になったね。凄く恰好良くて色っぽくなって……。僕をこれ以上惚れさせてどうするの」

 不意打ちのように与えられた甘い言葉とやや乱暴な愛撫に、イグルシアスは頬を薄く染めて顔に触れているリィの手に自らの手を重ねた。

 二十年の年月を経て、リィもまた相応に齢を重ねている。

 イグルシアスに深く愛され続けてきたがゆえに醸し出される落ち着きと、成熟した色気を兼ね備えた美丈夫ぶりが人目を引く。

 年齢からすると、そろそろ引退を視野に入れなければならないはずだが、若々しく覇気の漲る戦いぶりはまだ十分に現役のそれで、男女を問わず人気が高い。

「はは。俺が大人になったって? アンタからしたら俺だっていつまでもガキだろう」
「そんなことないったら。僕の方がすっかり甘やかされて、駄目な大人にされてるくらいだもの」

 クスクスと上品に笑いながら甘噛みを返し、引き締まった細い腰回りへと両手を滑らせていく。

「駄目な大人なのは元からだから、気にするな」
「リィったら、酷い!」

 がばりと身を伏せて嘆く素振りをして膝に顔を埋めてきた彼の頭を、「くくっ」と、笑いながらリィはあやすようにさらさらと撫でた。

「アンタのこういう甘えたがりなところ、可愛いって昔から思っていた」
「えっ。そうなの? 昔からって、どれくらい?」
「そうだな……、俺がアンタの闘士になる少し前くらいだ」

 リィがまだ、少年の面影を残したあどけない容貌だった頃だ。となると、二十年も前になる。弟のように可愛いと感じていた若者から、逆に可愛いと思われていたということだ。

「……なっ、なんだか恥ずかしいっていうか、複雑な気分になってしまったよ……」

 見たこともないほどに顔を赤くしながらも、しっかりと腰にしがみつき更に甘える姿に「恥じらいをどこかに忘れてきたようなアンタでも、こんなふうに照れることもあるとはな」と、言ってまた小さく笑い声を漏らした。

「ああもう! 茶化さないでよ。僕にだって恥じらいくらいあるのだからね」
「そうだな。こんなに赤くなって……、照れるアンタも可愛い」
「リィの意地悪っ!」

 ひとしきり騒ぎ顔から赤みが引く頃には、さすがに疲れが出たのかイグルシアスは大人しくなった。

「……ねぇ、家に帰るまでこのままでいていい?」
「ああ、構わない。眠ってもいいぞ。なにかあったら俺が起こしてやるから」
「ふふ……。君に撫でられていると、凄く幸せ……」
「安い幸せだな」

 皮肉めいた言葉を零しながらも、リィの手は優しく頭を撫で続けていた。闘いの最中は猛者然として眼光鋭く引き締まるその顔は、今は穏やかに綻んで女性的に整った容貌に似合う柔和さを醸し出している。

「お金を積んだって、手に入らない幸せだから安くなんてないよ」

 ふにゃふにゃと表情を緩めて「僕は幸せ者なんだよ」やら、「ずっと捨てないでね」などと甘く蕩けた声で言い続け、しばらくしてようやく微かな寝息を立てて眠り始める。完全に寝落ちた頃合いに、リィは微かな声音で「俺も幸せだ」と、彼に言葉を落とす。

「何十年経っても、アンタらしいバカでいてくれ」

 無防備であどけなくさえある寝顔を見詰めながら、愛し気に目を細めて囁いた。
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