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vs秘密結社クロノス
73話 シルvs透明人間
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シルの生成した水は瞬く間に部屋を満たした。現状では不利と判断しフィールドを変えた。
グレーと透明人間はそれぞれ顔の周りに空気を固定化して対応する。透明人間もヘルメットから不要な空気を排出している。
ただ、魔動人形である。だから彼には酸素は必要ない。マナさえあれば事足りるのだ。
生物なんだ…
二人がが酸素を必要とする生物であることが確定した。
シルは二人も人に作られた者なのではないか、とシンパシー感じていた。
何の根拠もない感覚ではあるものの勝手に仲間を期待し親近感を感じていた。しかし、当てが外れてしまい少し寂しい感覚を覚える。
実は二人が生物であること以外にもう一つ分かることがある。それは外界の人間だということである。
源界生物が魔法で生成された物質を体内に入れると拒否反応が起こる。これはマナで出来た物質を攻撃あるいは異物と判断して免疫反応を示すためである。
だが、外界の外界生物はそれが無い。体の全てがマナで構成されでいるため異物とは判断されない。
ここで同じ条件を持つのがリオンなどのランク外と成った者。確かに彼らは魔法で作られた空気を吸い込んでも拒否反応は起こらない。ただ、彼らは生物として別種である。シルと同じようにマナ以外のエネルギーを必要としない。
ここでシルは迷った。果たして彼女らをモンスターなどと呼称して良いのか。と。
モンスターと言うのは蔑称の意味を含む。
主に知能が低い獣のような印象を与える。何より、彼らは無条件にこちらを餌と定め襲いかかって来る。もし知能が高いものであってもそこに交渉の余地はない。
だが、グレー達には交渉を可能とするだけの価値観がある。そもそも、学園はコアを人間と定めている。ならばこちらも人間なのだろうか。
おっと、いけないいけない
戦いの最中に関係のないことで処理能力を使用するのは無駄である。そんなことをするくらいなら敵の分析をしたほうが何倍も有意義だ。
そもそも敵だし、交渉の余地も無い。モンスターって事にしよう。モンスターなら殺しても問題ない
シルは考えることをやめて戦闘に集中する。
「屈折率の変化で輪郭が見え隠れしてるよ。透明人間くん」
シルの言葉は水中であるにも関わらず、地上と変わらない声で透明人間とグレーの耳に届く。
「黙れっ!」
透明人間は今までの寡黙な印象から打って変わって感情的に叫んだ。戦略の関係で話すことが出来なかったために溜まっていたのだろうか、明らかにかなりの呪詛が含まれていた。
彼の言葉はシルのものと違い魔法の補助の無いため水によって遮られる。が、シルは正確に聞き取った。
あれ、やっぱり説得無理そう?
シルは彼の感情の深さを読み取り自身の読みの甘さを悔いる。原因を取り除けば矛を収めてくれるのではないか考えていたが、彼の声を聞く限りそう言う次元にない気がした。
けれど、戦いにおいて相手が攻撃的なのは望むところ手招きをして挑発する。
「…ッ!」
透明人間は足裏に推進力を発生させてシルに突撃する。水に満たされた戦場であっても動きに問題はない。むしろ、行動範囲が縦に増えたため攻撃が立体的になっている。
「機械の弱点って電気だよね」
彼は右腕のブレードを取り外し雷魔法で無数の礫と放電による攻撃を行う。だがそれは陽動であり目的は他にあった。目に見えない二つの罠である。
水中に隠された水の刃とマナを抑えた屈折率が水と等しいプラスチックの棒のである。どちらも、目には見えないが周囲の水と込められたマナに差があった。
「…ッ!」
透明人間は雷のみならず魔法により生成されたされた二種の罠を掻い潜った。さらに、マナを手に集めて距離を積める
まっ、それくらいはやるよね。
シルは白い光を生成し透明人間との間に巨大な壁を作る。用途は目隠しと行動の制限である。
「それ、とっても熱いよ!」
彼は透明人間が十中八九迂回すると考えた。そのため、手元に杭を生成して迎撃の態勢をとる。
黒いヒビで破壊するならよし、迂回するなら…まぁ、体の半分は覚悟してね
透明人間は奇襲時の好奇にヒビによる攻撃を選択していた。殺すつもりならば発動から発生まで時間差のあり乱数が発生するヒビは悪手である。ナイフでも突き立てる方が効率的だ。
それでも、彼はヒビによる攻撃をを選択した。それは彼の中で最も効率の良い手段だったからだ。つまり、シルを確実に傷つける攻撃の中で最も早いのが黒いヒビだ。
しかし、現状況下でヒビによる攻撃は戦場からの離脱を意味する。
だが、彼の予想は外れることとなる。正体不明の黒い刃が壁を貫通してきたのだ。
シルの生成した壁は生半可な攻撃で貫かれるほど脆くない。正面突破は無いだろうとたかを括っていた。そのため彼の対応が遅れた。
「…ッ!」
シルは腕を重ねて心臓部を庇う。しかし、刃はその腕をも貫く。ならばと、腕を下にずらす事で摩擦発生させる。
だが、それでも止まらなかった。
すり抜けて…!?
彼は刃に実体がない事を悟った。腕を下げたことにより刺さっている場所が上にずれたのだ。無論、傷ついてもいない。
だが、無害かと言えばそうでは無い。刃は一定の熱を放ち続けているのだ。現に腕内部の回路を焼き切られ手首から先が操作不能となった。
この程度ならば問題ない。すぐに治せる。だが、核付近を焼かれたら体の大部分が数秒動かなくなる。それは大問題だ。
「離れろっ!」
足の装甲を伸ばし、壁ごと透明人間を蹴る。そして、杭の先を地面に向ける。そこはドルトンの手駒を討った際に焦げた場所である。狙うはもちろん床の破壊。
だが、そこにグレーが立ち塞がった。
「はぁ!?」
シルは慌てて照準を透明人間に移す。狙いは正確でしっかりと透明人間の中心を捉えた。
だが、タイミングが悪かった。杭は容易に躱され彼の剣が届くところまでの接近を許した。
「…ッ!」
咄嗟に白い光を拡散。さらに強烈な破裂音を発生させて即席で閃光弾を再現する。
しかし、敵は怯まない。相打ち上等で特攻した。どんな事が起きようともその剣と拳を届かせる気なのだろう。
「グッ…!」
透明人間の頭部に杭が放たれる。ヘルメットにより損傷はしなかったが、縦に回転しながら後方に吹き飛ばされた。
だが、彼は推進力を発生させて無理矢理止まる。体制を持ち直し再び斬りかかる。
それらを止める手段は今のシルには無い。だが、その場から動かなかった。透明人間を意に返さず胸の少し下あたりで手を結んだ。
「気になる?爆弾だよ」
彼の手の中には尋常ならざる量のマナが圧縮されている。今まさに魔法へと変換されようとしていた。
スゥー…
黒い刃がシルの胸を音もなく切り裂く。そして、体を包むほど大きく燃え上がった。
「…ッ!」
透明人間は黒いヒビを作る拳を炎の前で止める。
「クッソーー!!」
そして、悲観し叫んだ。
彼は糸の切れた操り人形のように崩れたシルの奥に見覚えの無い青年が立っているのを見たのだ。
「残念だ。君が止まらなければウィンウィンだったのにね」
透明人間の脳内にシルの声が響く。ここでわざわざ声の聞こえ方を変えるのはかなり皮肉めいている。
「まだだ!」
透明人間は赤い炎で巨大な刀を形成しシルへと振り下ろす。だが、水中である事とこれまでの無理が祟り刀は届く前に消失した。
「もう遅い」
ガラクタと化したシルの装甲から光が漏れる。同時に透明人間の周りに白い球が出現した。それらは、マナの総量に差があるが同一のものである。
水中で爆発が起こった時、破壊力は地上の数十倍にもなる。空気の入った風船と水の入った風船を想像して欲しい。殴られた時どちらの方が痛いかは考えるまでも無い。
そして、この場所は長時間に渡り水を生成し続けた事で深海並みの水圧下となっていた。
500℃を超えるレーザーが存在し続けても沸騰しないのがその証拠である。
ーーー
学園の中心でビルの最上階が破裂した。中にから体積以上の水を撒き散らし、それは上空の”窓”にも届いた。
「シュタ!うーん、完璧!さらに…完璧!」
シルは音もなく闘技場の中央に着地した。そして、飛んできた透明人間をキャッチする。落下場所を計算していたのだ。
あれー、ここが一番安全だと思ったんだけどなー。リオンは何してるんだろ?
彼は巨大な”窓”を見上げた。それは闘技場を中心に開いており、ここが渦中の中心であることは想像に難く無い。
それに、”窓”は自然発生と異なる形と島全体を覆うほどの大きさをしている。明らかにこれから何かが起こる。
「ガハッ!ガハッ!」
透明人間は水を吐き出した。黒いヘルメットから水がもれでる。
マナを使い切ったためか、制御できないほどに消耗したためか彼のボディスーツは透明化が解除されていた。
「…え!?」
シルは反射的に手を離し、蹴り飛ばした。かなり動揺しているがその回し蹴りにブレは無い。
生きてる!?何で!?水を少し飲んだくらいじゃ対して変わらないはず…
透明人間が吐き出した水はシルが生成したものではなかった。誰が生成したものか定かではないが十中八九彼なのだろう。
空気よりも水の方が重く衝撃波の影響を受けにくい。きっと胃や腸のみならず肺にまで水を満たしたのだろう。
しかし、それでは焼け石に水だ。当たり前であるが体内の水分よりも深海の方が圧力が強い。それにシルの攻撃を躱す以上彼のスーツに爆破を防ぐ力はない。
そして、落下場所もおおむね計算通りであるため衝撃を和らげた訳でもない。
「……」
透明人間はゆっくりと立ち上がった。体のあらゆる所から血が排出されており今にも倒れそうである。それなのに彼は血まみれの右腕を上げ、手刀の構えを取った。
彼の手を流水が覆う。しかし、量、密度共にシルを脅かすほどでは無い。無防備で受けても傷つきはしない。
カタ、カタカタカタ…
彼のヘルメットが独りでに動き出す。薄く折り畳まれ首裏の襟に収納された。少しでも多く空気を取り込むつもりだ。
さらに、少しでも締め付けを緩くするためスーツの一部を剥がす。
「…ッ!」
そう言う事か。無茶するね…人って思ったより丈夫だ
シルは彼が生き残った事に対してようやく合点がいった。
透明人間の体はボロボロであり、裂けたような傷とクレーターのような痕があちらこちらについていた。
さらに、スーツが剥がれた事で彼の持つコアを感知した。その中には『血液魔法』のコアがあった。今更ではあるが彼が流した血は致死量である。魔法で量を水増ししたのだろう。
「お前を殺せれば後はどうなってもいい…!」
彼の左腕が指先から徐々に消滅していく。それに反比例するように右腕の流水が大きくなる。
「君…本当に何者?外界の生物はそれ使えないはずだよ」
あれは、リオン達がランク外に成った際に使えるようになったヤツ…そもそも、モンスターはコアを媒介に魔法を使えないはず
「知るか…!あっ…」
左腕の消滅が肩まで達した時、右手の流水が弾けた。
「えっ…!?」
シルは彼の予想外の行動に一瞬フリーズする。本来はその一瞬が命取りになるのだが、今回に限りそうはならなかった。
透明人間の戦意がすでに失われていたのである。先程までの行動が嘘のように彼の眼からは殺しの意志が感じられない。
「なに…!?いきなりどうしたの!?罠…?えっ?」
足踏みしているシルの元に透明人間が小走りで近づいて来る。
不自然な状況に混乱する。彼の残りのマナでは自身を傷つける事が出来ない。さらに、黒いヒビによる攻撃も正面であれば見てからの回避が余裕である。
「退け…!」
彼はシルを押し退けて前に進んで行った。口が半開きになり心ここに在らずと言った様子である。
わずかに残ったマナも生命維持と最低限の自衛に使う。もはやシルに対しての敵意は攻撃してきたら追い払う程度に落ちていた。
「は…?え?なにその顔?どう言う表情?」
彼は道を譲り見送るが、混乱はまだ続いていた。
えっと、僕はどうでもいいの?離脱していい?大丈夫?後ろから襲って来ない?
熟考の上、不意打ちなども考慮して彼の行動を最後まで見届ける事にした。
「師匠ーーッ!!」
透明人間が一人の女性に抱きついた。彼の体は血まみれでとても人に触れられる状態では無い。だが、それを超える出会いであったようだ。
その女性とはトウカであった。
「えっ?あなた誰!?」
彼女も度重なる戦闘により傷ついていた。
巨大な窓の出現によって力が上がったものの、動けない者たちを庇いながら戦っていた。そして、手元のコアは強力なものとは言えず、使用したマナも回復しない体質のため限界が近づいていた。
「あ、そうですよね。俺は……グフゥ!!」
ただ、彼の方が限界であった。話の最中に血を吹いて倒れてしまった。
「はぁ!?あなた大丈夫!?」
「師匠、最後に言いたい事が……」
彼はトウカの手の中で最後の言葉を残す。
「待って、私、分体だから本体に言って」
「何でですか!?遺言ですよ!?聞いてください!」
「今それどころじゃ無いの!第一、あなた怪しすぎるのよ!満身創痍じゃ無かったらブン殴ってるわよ!」
遠目から見ればもう長く無い男が女性に抱かれている感動の別れのように見える。
僕はなにを見せられているのだろう…
シルには内容を抜きにしてもただの茶番にしか見えなかった。
確かに彼は死にかけである。ただ、シルならば救える。余裕である。
「リュウ…よかったわね」
グレーがシルの隣で目に涙を浮かべている。心の底から彼を
「彼はリュウって言うんだ…。ねぇ、いつ来たの?魔法?すごいびっくりしたんだけど」
シルには彼女の移動を感知する事が出来なかった。気づけば直前にそばに立っていたのだ。
彼は態度には表していないものの、透明人間の奇襲を受けた時並みに驚いていた。
「私の使える魔法は一つだけ」
「…彼は知ってるの?」
シルには彼女の魔法に心当たりがあった。
違和感は奇襲を受けた時である。生成魔法と似たマナの動きを感じたのだ。それに、シルに精神魔法が効かなかったのもこれで説明がつく。
「知ってる…と思う。初めてじゃ無いから」
グレーは俯むく。少し思うところがあるようだ。彼女の表情には迷いが見える。
「でも、殺さない方がいいよね」
「うん…」
「そこー、イチャついてないで怪我人を引き渡しなーい!」
「誰がイチャついて…って!何であなたがッ!」
「いいからいいから」
「や、やめろぉー!俺は師匠から離れない!離れたら死ぬ!」
「…ッ!離れなさい!」
「君、結構余裕ある!?」
「あ、師匠に渡したいものが…」
ーーーーー
「……」
グレーは少し離れたところから彼らを見守っていた。彼女は満足そうにそして少し羨ましそうな顔をしていた。
「羨ましいなら混ざればいいじゃ無いですか」
長耳の黒装束がグレーの隣に降りて来た。
「拷問?」
グレーはどうして良いのか分からなかった。
だから、これ以上踏み込むな。と、話の話題を変えた。彼女が自分の元に来るのはそれなりの目的があるのだろう。考えるのはそれを済ましてからでも遅くは無い。
「まぁ、そんなところ。力を貸して」
彼女は手を差し出した。
「……」
グレーは手を重ね彼女に導かれるまま空の窓へと飛んだ。
「ここに人がいるの?私、精神魔法以外使えないわよ」
窓の真下あたりまで来た時、彼女は違和感を感じた。
「…知ってますよ」
長耳の黒装束はおもむろにグレーの首裏に手を回した。そして、首を鷲掴みにした。
「いきなりなn…ッ!何であなたがそれを!や、やめ………マニュアルモード。」
グレーは何かを言いかけたものの程なくして糸の切れた操り人形のようの頭や腕が項垂れた。
その後、彼女の背中に管のようなものが無数に生成された。それは窓のほうに伸び外界からエネルギーを大量に吸い上げた。
「バックアップ、復元、No.8、白龍」
耳長の黒装束は抜け殻のようになったグレーを首を持ち支え、単語を囁いた。
「10、9……3、2、1」
グレーはカウントダウンの最中に仰反りガタガタと痙攣する。そして、動きがだんだん大きくなり最後には関節が壊れるほど跳ねて壊れたおもちゃのように動きを止めた。
「完了。」
グレーと透明人間はそれぞれ顔の周りに空気を固定化して対応する。透明人間もヘルメットから不要な空気を排出している。
ただ、魔動人形である。だから彼には酸素は必要ない。マナさえあれば事足りるのだ。
生物なんだ…
二人がが酸素を必要とする生物であることが確定した。
シルは二人も人に作られた者なのではないか、とシンパシー感じていた。
何の根拠もない感覚ではあるものの勝手に仲間を期待し親近感を感じていた。しかし、当てが外れてしまい少し寂しい感覚を覚える。
実は二人が生物であること以外にもう一つ分かることがある。それは外界の人間だということである。
源界生物が魔法で生成された物質を体内に入れると拒否反応が起こる。これはマナで出来た物質を攻撃あるいは異物と判断して免疫反応を示すためである。
だが、外界の外界生物はそれが無い。体の全てがマナで構成されでいるため異物とは判断されない。
ここで同じ条件を持つのがリオンなどのランク外と成った者。確かに彼らは魔法で作られた空気を吸い込んでも拒否反応は起こらない。ただ、彼らは生物として別種である。シルと同じようにマナ以外のエネルギーを必要としない。
ここでシルは迷った。果たして彼女らをモンスターなどと呼称して良いのか。と。
モンスターと言うのは蔑称の意味を含む。
主に知能が低い獣のような印象を与える。何より、彼らは無条件にこちらを餌と定め襲いかかって来る。もし知能が高いものであってもそこに交渉の余地はない。
だが、グレー達には交渉を可能とするだけの価値観がある。そもそも、学園はコアを人間と定めている。ならばこちらも人間なのだろうか。
おっと、いけないいけない
戦いの最中に関係のないことで処理能力を使用するのは無駄である。そんなことをするくらいなら敵の分析をしたほうが何倍も有意義だ。
そもそも敵だし、交渉の余地も無い。モンスターって事にしよう。モンスターなら殺しても問題ない
シルは考えることをやめて戦闘に集中する。
「屈折率の変化で輪郭が見え隠れしてるよ。透明人間くん」
シルの言葉は水中であるにも関わらず、地上と変わらない声で透明人間とグレーの耳に届く。
「黙れっ!」
透明人間は今までの寡黙な印象から打って変わって感情的に叫んだ。戦略の関係で話すことが出来なかったために溜まっていたのだろうか、明らかにかなりの呪詛が含まれていた。
彼の言葉はシルのものと違い魔法の補助の無いため水によって遮られる。が、シルは正確に聞き取った。
あれ、やっぱり説得無理そう?
シルは彼の感情の深さを読み取り自身の読みの甘さを悔いる。原因を取り除けば矛を収めてくれるのではないか考えていたが、彼の声を聞く限りそう言う次元にない気がした。
けれど、戦いにおいて相手が攻撃的なのは望むところ手招きをして挑発する。
「…ッ!」
透明人間は足裏に推進力を発生させてシルに突撃する。水に満たされた戦場であっても動きに問題はない。むしろ、行動範囲が縦に増えたため攻撃が立体的になっている。
「機械の弱点って電気だよね」
彼は右腕のブレードを取り外し雷魔法で無数の礫と放電による攻撃を行う。だがそれは陽動であり目的は他にあった。目に見えない二つの罠である。
水中に隠された水の刃とマナを抑えた屈折率が水と等しいプラスチックの棒のである。どちらも、目には見えないが周囲の水と込められたマナに差があった。
「…ッ!」
透明人間は雷のみならず魔法により生成されたされた二種の罠を掻い潜った。さらに、マナを手に集めて距離を積める
まっ、それくらいはやるよね。
シルは白い光を生成し透明人間との間に巨大な壁を作る。用途は目隠しと行動の制限である。
「それ、とっても熱いよ!」
彼は透明人間が十中八九迂回すると考えた。そのため、手元に杭を生成して迎撃の態勢をとる。
黒いヒビで破壊するならよし、迂回するなら…まぁ、体の半分は覚悟してね
透明人間は奇襲時の好奇にヒビによる攻撃を選択していた。殺すつもりならば発動から発生まで時間差のあり乱数が発生するヒビは悪手である。ナイフでも突き立てる方が効率的だ。
それでも、彼はヒビによる攻撃をを選択した。それは彼の中で最も効率の良い手段だったからだ。つまり、シルを確実に傷つける攻撃の中で最も早いのが黒いヒビだ。
しかし、現状況下でヒビによる攻撃は戦場からの離脱を意味する。
だが、彼の予想は外れることとなる。正体不明の黒い刃が壁を貫通してきたのだ。
シルの生成した壁は生半可な攻撃で貫かれるほど脆くない。正面突破は無いだろうとたかを括っていた。そのため彼の対応が遅れた。
「…ッ!」
シルは腕を重ねて心臓部を庇う。しかし、刃はその腕をも貫く。ならばと、腕を下にずらす事で摩擦発生させる。
だが、それでも止まらなかった。
すり抜けて…!?
彼は刃に実体がない事を悟った。腕を下げたことにより刺さっている場所が上にずれたのだ。無論、傷ついてもいない。
だが、無害かと言えばそうでは無い。刃は一定の熱を放ち続けているのだ。現に腕内部の回路を焼き切られ手首から先が操作不能となった。
この程度ならば問題ない。すぐに治せる。だが、核付近を焼かれたら体の大部分が数秒動かなくなる。それは大問題だ。
「離れろっ!」
足の装甲を伸ばし、壁ごと透明人間を蹴る。そして、杭の先を地面に向ける。そこはドルトンの手駒を討った際に焦げた場所である。狙うはもちろん床の破壊。
だが、そこにグレーが立ち塞がった。
「はぁ!?」
シルは慌てて照準を透明人間に移す。狙いは正確でしっかりと透明人間の中心を捉えた。
だが、タイミングが悪かった。杭は容易に躱され彼の剣が届くところまでの接近を許した。
「…ッ!」
咄嗟に白い光を拡散。さらに強烈な破裂音を発生させて即席で閃光弾を再現する。
しかし、敵は怯まない。相打ち上等で特攻した。どんな事が起きようともその剣と拳を届かせる気なのだろう。
「グッ…!」
透明人間の頭部に杭が放たれる。ヘルメットにより損傷はしなかったが、縦に回転しながら後方に吹き飛ばされた。
だが、彼は推進力を発生させて無理矢理止まる。体制を持ち直し再び斬りかかる。
それらを止める手段は今のシルには無い。だが、その場から動かなかった。透明人間を意に返さず胸の少し下あたりで手を結んだ。
「気になる?爆弾だよ」
彼の手の中には尋常ならざる量のマナが圧縮されている。今まさに魔法へと変換されようとしていた。
スゥー…
黒い刃がシルの胸を音もなく切り裂く。そして、体を包むほど大きく燃え上がった。
「…ッ!」
透明人間は黒いヒビを作る拳を炎の前で止める。
「クッソーー!!」
そして、悲観し叫んだ。
彼は糸の切れた操り人形のように崩れたシルの奥に見覚えの無い青年が立っているのを見たのだ。
「残念だ。君が止まらなければウィンウィンだったのにね」
透明人間の脳内にシルの声が響く。ここでわざわざ声の聞こえ方を変えるのはかなり皮肉めいている。
「まだだ!」
透明人間は赤い炎で巨大な刀を形成しシルへと振り下ろす。だが、水中である事とこれまでの無理が祟り刀は届く前に消失した。
「もう遅い」
ガラクタと化したシルの装甲から光が漏れる。同時に透明人間の周りに白い球が出現した。それらは、マナの総量に差があるが同一のものである。
水中で爆発が起こった時、破壊力は地上の数十倍にもなる。空気の入った風船と水の入った風船を想像して欲しい。殴られた時どちらの方が痛いかは考えるまでも無い。
そして、この場所は長時間に渡り水を生成し続けた事で深海並みの水圧下となっていた。
500℃を超えるレーザーが存在し続けても沸騰しないのがその証拠である。
ーーー
学園の中心でビルの最上階が破裂した。中にから体積以上の水を撒き散らし、それは上空の”窓”にも届いた。
「シュタ!うーん、完璧!さらに…完璧!」
シルは音もなく闘技場の中央に着地した。そして、飛んできた透明人間をキャッチする。落下場所を計算していたのだ。
あれー、ここが一番安全だと思ったんだけどなー。リオンは何してるんだろ?
彼は巨大な”窓”を見上げた。それは闘技場を中心に開いており、ここが渦中の中心であることは想像に難く無い。
それに、”窓”は自然発生と異なる形と島全体を覆うほどの大きさをしている。明らかにこれから何かが起こる。
「ガハッ!ガハッ!」
透明人間は水を吐き出した。黒いヘルメットから水がもれでる。
マナを使い切ったためか、制御できないほどに消耗したためか彼のボディスーツは透明化が解除されていた。
「…え!?」
シルは反射的に手を離し、蹴り飛ばした。かなり動揺しているがその回し蹴りにブレは無い。
生きてる!?何で!?水を少し飲んだくらいじゃ対して変わらないはず…
透明人間が吐き出した水はシルが生成したものではなかった。誰が生成したものか定かではないが十中八九彼なのだろう。
空気よりも水の方が重く衝撃波の影響を受けにくい。きっと胃や腸のみならず肺にまで水を満たしたのだろう。
しかし、それでは焼け石に水だ。当たり前であるが体内の水分よりも深海の方が圧力が強い。それにシルの攻撃を躱す以上彼のスーツに爆破を防ぐ力はない。
そして、落下場所もおおむね計算通りであるため衝撃を和らげた訳でもない。
「……」
透明人間はゆっくりと立ち上がった。体のあらゆる所から血が排出されており今にも倒れそうである。それなのに彼は血まみれの右腕を上げ、手刀の構えを取った。
彼の手を流水が覆う。しかし、量、密度共にシルを脅かすほどでは無い。無防備で受けても傷つきはしない。
カタ、カタカタカタ…
彼のヘルメットが独りでに動き出す。薄く折り畳まれ首裏の襟に収納された。少しでも多く空気を取り込むつもりだ。
さらに、少しでも締め付けを緩くするためスーツの一部を剥がす。
「…ッ!」
そう言う事か。無茶するね…人って思ったより丈夫だ
シルは彼が生き残った事に対してようやく合点がいった。
透明人間の体はボロボロであり、裂けたような傷とクレーターのような痕があちらこちらについていた。
さらに、スーツが剥がれた事で彼の持つコアを感知した。その中には『血液魔法』のコアがあった。今更ではあるが彼が流した血は致死量である。魔法で量を水増ししたのだろう。
「お前を殺せれば後はどうなってもいい…!」
彼の左腕が指先から徐々に消滅していく。それに反比例するように右腕の流水が大きくなる。
「君…本当に何者?外界の生物はそれ使えないはずだよ」
あれは、リオン達がランク外に成った際に使えるようになったヤツ…そもそも、モンスターはコアを媒介に魔法を使えないはず
「知るか…!あっ…」
左腕の消滅が肩まで達した時、右手の流水が弾けた。
「えっ…!?」
シルは彼の予想外の行動に一瞬フリーズする。本来はその一瞬が命取りになるのだが、今回に限りそうはならなかった。
透明人間の戦意がすでに失われていたのである。先程までの行動が嘘のように彼の眼からは殺しの意志が感じられない。
「なに…!?いきなりどうしたの!?罠…?えっ?」
足踏みしているシルの元に透明人間が小走りで近づいて来る。
不自然な状況に混乱する。彼の残りのマナでは自身を傷つける事が出来ない。さらに、黒いヒビによる攻撃も正面であれば見てからの回避が余裕である。
「退け…!」
彼はシルを押し退けて前に進んで行った。口が半開きになり心ここに在らずと言った様子である。
わずかに残ったマナも生命維持と最低限の自衛に使う。もはやシルに対しての敵意は攻撃してきたら追い払う程度に落ちていた。
「は…?え?なにその顔?どう言う表情?」
彼は道を譲り見送るが、混乱はまだ続いていた。
えっと、僕はどうでもいいの?離脱していい?大丈夫?後ろから襲って来ない?
熟考の上、不意打ちなども考慮して彼の行動を最後まで見届ける事にした。
「師匠ーーッ!!」
透明人間が一人の女性に抱きついた。彼の体は血まみれでとても人に触れられる状態では無い。だが、それを超える出会いであったようだ。
その女性とはトウカであった。
「えっ?あなた誰!?」
彼女も度重なる戦闘により傷ついていた。
巨大な窓の出現によって力が上がったものの、動けない者たちを庇いながら戦っていた。そして、手元のコアは強力なものとは言えず、使用したマナも回復しない体質のため限界が近づいていた。
「あ、そうですよね。俺は……グフゥ!!」
ただ、彼の方が限界であった。話の最中に血を吹いて倒れてしまった。
「はぁ!?あなた大丈夫!?」
「師匠、最後に言いたい事が……」
彼はトウカの手の中で最後の言葉を残す。
「待って、私、分体だから本体に言って」
「何でですか!?遺言ですよ!?聞いてください!」
「今それどころじゃ無いの!第一、あなた怪しすぎるのよ!満身創痍じゃ無かったらブン殴ってるわよ!」
遠目から見ればもう長く無い男が女性に抱かれている感動の別れのように見える。
僕はなにを見せられているのだろう…
シルには内容を抜きにしてもただの茶番にしか見えなかった。
確かに彼は死にかけである。ただ、シルならば救える。余裕である。
「リュウ…よかったわね」
グレーがシルの隣で目に涙を浮かべている。心の底から彼を
「彼はリュウって言うんだ…。ねぇ、いつ来たの?魔法?すごいびっくりしたんだけど」
シルには彼女の移動を感知する事が出来なかった。気づけば直前にそばに立っていたのだ。
彼は態度には表していないものの、透明人間の奇襲を受けた時並みに驚いていた。
「私の使える魔法は一つだけ」
「…彼は知ってるの?」
シルには彼女の魔法に心当たりがあった。
違和感は奇襲を受けた時である。生成魔法と似たマナの動きを感じたのだ。それに、シルに精神魔法が効かなかったのもこれで説明がつく。
「知ってる…と思う。初めてじゃ無いから」
グレーは俯むく。少し思うところがあるようだ。彼女の表情には迷いが見える。
「でも、殺さない方がいいよね」
「うん…」
「そこー、イチャついてないで怪我人を引き渡しなーい!」
「誰がイチャついて…って!何であなたがッ!」
「いいからいいから」
「や、やめろぉー!俺は師匠から離れない!離れたら死ぬ!」
「…ッ!離れなさい!」
「君、結構余裕ある!?」
「あ、師匠に渡したいものが…」
ーーーーー
「……」
グレーは少し離れたところから彼らを見守っていた。彼女は満足そうにそして少し羨ましそうな顔をしていた。
「羨ましいなら混ざればいいじゃ無いですか」
長耳の黒装束がグレーの隣に降りて来た。
「拷問?」
グレーはどうして良いのか分からなかった。
だから、これ以上踏み込むな。と、話の話題を変えた。彼女が自分の元に来るのはそれなりの目的があるのだろう。考えるのはそれを済ましてからでも遅くは無い。
「まぁ、そんなところ。力を貸して」
彼女は手を差し出した。
「……」
グレーは手を重ね彼女に導かれるまま空の窓へと飛んだ。
「ここに人がいるの?私、精神魔法以外使えないわよ」
窓の真下あたりまで来た時、彼女は違和感を感じた。
「…知ってますよ」
長耳の黒装束はおもむろにグレーの首裏に手を回した。そして、首を鷲掴みにした。
「いきなりなn…ッ!何であなたがそれを!や、やめ………マニュアルモード。」
グレーは何かを言いかけたものの程なくして糸の切れた操り人形のようの頭や腕が項垂れた。
その後、彼女の背中に管のようなものが無数に生成された。それは窓のほうに伸び外界からエネルギーを大量に吸い上げた。
「バックアップ、復元、No.8、白龍」
耳長の黒装束は抜け殻のようになったグレーを首を持ち支え、単語を囁いた。
「10、9……3、2、1」
グレーはカウントダウンの最中に仰反りガタガタと痙攣する。そして、動きがだんだん大きくなり最後には関節が壊れるほど跳ねて壊れたおもちゃのように動きを止めた。
「完了。」
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