断罪上等!悪役令嬢代理人

蔵崎とら

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代理人、絡まれる

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 ノアから思い出の曲を弾いてほしいと頼まれたあの日から数日が経過した。
 あの日、ノアは楽譜を貸してくれると言ってくれたのだが、それは丁重にお断りした。
 万が一持ち帰って汚したりしたらと思うと恐ろしかったので。
 そもそも私の暗譜力を侮ってもらっては困る。テンポの速い曲と遅い曲に選別したり、何度も歌詞を見たりするうちに、いくつかの簡単な楽譜ならもう覚えていたのだ。
 それだけの暗譜力がなければやっていけない教室に通っていたからな。日本で。
 そんなわけで、ノアに頼まれた曲は弾けるようになったので私の準備は整った。あとはノアが試験をクリア出来るかどうかだな。
 出来てればいいなぁ。
 なんてことを思いながら、いつものようにジェマに連れられて例の部屋を目指していると、丁度城門をくぐったところで見知った人物に遭遇した。

「こんにちは、トリーナ嬢」

「こんにちは」

 見知ったとはいえ、話したこともなければ名前も覚えていないのだけど。……確かこの前ノアを引っかけるために足を出した奴らとは別の公爵家の息子だった気がする。なんで急に声をかけてきたんだろう。
 不審に思った私は、怪訝そうな表情を隠しもせずに彼の顔を見上げる。
 しかし彼はにこりとした胡散臭い笑顔を湛えたままジェマに「トリーナ嬢は僕が責任をもって部屋まで連れて行きます」と言い、さっさとジェマを帰してしまった。
 相手は公爵家の息子だもんな、ジェマも信用するだろうし、信用していなかったとしても反論など出来るはずもない。
 ジェマに置いて行かれた私は、仕方なく彼と共に歩き出した。
 そして、二人になってしまってからしばらくしたところで、彼が口を開く。

「こうして話をするのは初めてですね。僕はアルムガルト・ライラック・ランス。ランス公爵家の長男です。歳は君より二つほど上」

 突然の自己紹介を聞いていると、彼と私の間に優しい風が吹く。
 風に揺れた彼の紫色の髪からはなんとなくいい香りがした。そして彼の瞳はルビーのように美しい紅色。これは将来色男になるのだろう。

「それで、ご用件は?」

 わざわざ呼び止めたんだから、話があったんだろう。
 私は別にこの人と雑談などするつもりもないのでさっさと本題に入ってほしい。驚いたように目を丸くしてないで。
 今まで散々無視を貫いてきたくせに突然話しかけてきて、不審に思われないとでも思っていたのか?
 公爵家の息子という立場だもんな、今まで周囲の人間は皆自分に媚びへつらってくるのが当たり前だと思っていたのかもしれないな。
 私はしないぞ、そんな面倒なこと。お前が公爵家の人間だろうと色男だろうとこっちには一つも関係ねぇんだからな。

「そうだね、用件を話すよ。君は、ここに何をしに来ているか分かってる?」

「理解ならしています」

 王子殿下の遊び相手として来ている。そう、理解はしている。実行していないだけで。

「理解をしているのに、なぜ王子の相手をしないんだい?」

 私が王子殿下に完全にスルーされていることを知っていてそれを聞くのかい? と、聞きたい気持ちには蓋をして。

「望まれていないから、ですかね。そもそもお邪魔でしょう? 男の子たちの集まりに女が交じると」

「……それが分かっているのに、なぜ君は毎回ここに来るのかな? 来ないという選択肢だってあるはずだ」

 来るなって言いたいんだろうけど、なんでお前に言われなきゃならないのかが分からない。
 もしかして自分が王子だとでも思っていらっしゃる?

「残念ながら私の両親は私がここに来ることを誇りに思っているようでして。ここに来ず、両親に失望されるより、あのお部屋の隅っこを間借りさせていただくことを選んだまでです」

 王子殿下から直々に来るなと言われれば、素直に従うつもりではあるのだけれど、あの人は基本的に完全スルーするつもりみたいだからな。

「そ、そうか。しかし、あの場にいるのに王子の相手をしないだけじゃなく常にノアベルト・ティールと共にいるのはどうなんだい?」

 ノアかぁ。

「あー……彼は皆さんと違って伯爵家のご子息ですからね。なんとなく居場所がないんだと思います。だから私で妥協しているのでしょう。一人よりもマシだって」

「妥協……なるほど」

 妥協で納得されるのもちょっと悲しいけど、納得してくれるならもうなんだっていい。話しかけないでいてくれるのなら。

「トリーナ!」

 噂をすればなんとやら、背後から弾んだ声で私の名を呼ぶのはノアだ。
 くるりと振り返れば、ほんのりと頬を染めて、心底嬉しそうな顔をしたノアがいる。ちらりと隣を見上げると、公爵家の長男もノアの顔を見ている。「妥協……」と小さな小さな声で零しながら。

「見てトリーナ! 俺、試験合格したんだ!」

 見せられたのは賞状のようなもの。書かれていたのはE級騎士の文字だった。

「E級?」

「そう! 俺、試験の後にある試合で全勝したんだ。それで見習い騎士を飛び越えてE級騎士!」

 まさかの好成績を収めた、ということだろう。

「ちょっと前まで痛いから訓練が嫌だとか言ってたのに」

 私がそう呟くと、ノアは照れ笑いを浮かべる。

「俺、痛みの最大値を知ったんだよ」

「へぇ」

「訓練や試合で受けるどの痛みよりも、トリーナに殴られた腕と鎖骨のほうが断然痛かったんだ」

「……そう」

 ノアは気が付いていないのかな? 今私たちの隣には、公爵家の長男さんがいるんだけど。見えてないかなー?

「あとね、トリーナがあの曲を歌ってくれるって思ったら頑張れた」

「そっか」

「ありがとう、トリーナ」

「どういたしまして」

 私がそう言うと、ノアはルンルンで歩き出した。
 ふと隣を見上げると、怪訝そうな顔をした公爵家長男と目が合う。

「……ね、妥協でしょう?」

「……いや?」

 さっきまでは納得していたはずの彼の首はしっかりと傾げられていたのだった。
 私と公爵家の長男は、ルンルン状態のノアの後ろを追うように歩く。
 部屋に着くまで一緒にいるつもりなのだろうかと思っていると、隣から大きなため息が聞こえてきた。

「王子は退屈してるのに、君たちがこんなにも楽しそうなのは失礼じゃないかな?」

 なんか面倒臭いこと言い出しやがった。

「私たちが楽しそうなのと王子殿下が退屈なのは無関係ですよね。楽しいことってのは人に見つけてもらうもんじゃなくて自分で見つけるものっすよ」

 私のその言葉に、彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「ご自分が楽しくないのを、私たちのせいにしないでください」

 楽しくないのは王子殿下ではなく、他でもないご自分のほうなのでは?
 高位貴族だからってなんでも人にやってもらってるから、それに慣れてしまっているだけなのでは?
 人にねちねち文句言ってないで楽しいこと、好きなことくらい自分で見つけろよ。
 なんでもかんでも他人が提供してくれると思うなよ。
 その点ノアはお利口さんだよ。アイツ自分から私に話しかけてきて、その結果今ルンルンなんだから。
 なんてことを思いながら、ノアがドアを開けるのを見て、私もすぐに続く。
 いつも通りピアノの椅子に座るつもりで足を踏み入れたのだが、ノアが突然ぴたりと止まってしまったので思いっ切りノアの背中に激突してしまった。

「おぶっ」

「うわ」

 ノアの背中に激突した私に、公爵家の長男がぶつかって来た。潰されるかと思った。

「どうしたのノア……ん? ピアノの音?」

 誰かがピアノを弾いているらしく、下手なピアノの音がする。
 誰が弾いているんだろうと部屋の中を覗き込もうとしたところ、ピアノよりも先にノアの真ん前にコピペたちのピンク頭が見えた。
 渋滞の原因はコピペたちだったようだ。邪魔だなコピペ。

「後ろが詰まっているよ」

 私の背後で、公爵家の長男が言う。
 するとくるりと振り向いたコピペたちがむすっとした顔でこちらを見る。
 ここに立ってるだけなのにむすっとされましても、と思っていたら、コピペたちがどすどすとこちらに歩いてきた。
 なんだなんだと言う間もなく、コピペたちは手に持っていた物を私の胸に押し付けてきた。

「え、な、なに」

 押し付けられた物を手に取ったところで、彼らは何も言わずに相変わらずどすどすと足音を立てながらボードゲームゾーンのほうに去っていった。
 なんだなんだ。
 視線を落として、うっかり手に取った物を見てみると、思わぬものがそこにはあった。

「楽譜ー!」

 楽譜が手に入ったことで無条件に喜んでしまったけれど、貰ったのかどうかが謎なので喜ぶところではなかったかもしれない。
 なんなんだこの楽譜。
 コピペたちがいなくなって渋滞が解消されたことで、ノア、私、公爵家の長男の順で室内に雪崩れ込む。私だけ、首を傾げたまま。
 雪崩れ込んだ先に、くすくすと苦笑を零す王子殿下がいた。
 何を笑っているんだろう、とさらに首を傾げたところ、王子殿下が私に近付いてきて小さな声で話し始めた。

「あの二人、ピアノの音を聞いて君が弾いてるんだと思って部屋に飛び込んできたんだよ」

 私が弾いてたらなんだっていうんだ。

「それ、弾いてほしいみたい」

 それ、と言って王子殿下が指したのは、私の手元にある楽譜だった。
 え、弾いてほしいと思って押し付けてきたの? 無言で?

「そうだったんですね」

「そうみたい」

 くすくすと笑った王子殿下は、そのままコピペたちの元へと歩き出した。
 いつまでも私の背後にいる公爵家の長男も王子殿下について行くのだろうと思っていたのだが、彼は未だに動かず私の背後にいる。
 そしてそこから楽譜を覗き込んでいた。
 私の前にいたノアはご丁寧に私の隣に並んできてから楽譜を覗き込んでいる。

「弾くの?」

「弾いてくださいお願いしますって頭下げられたら弾こうかな」

 私がそう言うと、ノアはくすくすと笑う。私の言動に慣れたからだろう。
 公爵家の長男はぎょっとした様子で言葉を失っていた。私の言動に慣れていないからだろう。

「冗談ですよ」

 と、公爵家の長男に向けて言えば、彼は小さな声で「そ、そう」と呟いていた。
 お願いされなきゃ弾かないのであながち冗談でもないんだけどね、内心。

「さて、どうする? ノア」

 今日はノアのご希望通り彼の思い出の曲を弾く予定だったのだけど、今現在ピアノの前には銀髪の兄弟がいる。
 銀髪の兄弟、前回ノアを転ばせようとして足を出してきた奴らだ。背後の公爵家の長男とは違う公爵家の兄弟だな。
 あの兄弟がいるんじゃピアノは弾けないし、そもそもノアもあの兄弟には近付きたくないだろう。

「今日は、諦めようかな」

「うん。じゃあ、お菓子でも食べる?」

 ピアノに近付けないのなら、中央のテーブルに行くしかないだろう。ボードゲーム側にも行きたくないし。

「お菓子食べよう。トリーナはどれが好き?」

「チョコレートタルトかなぁ」

 なんて、私とノアがそんな他愛のない会話を交わしていると、さっきからずっとそばにいる公爵家の長男もなんとなくついて来ようとしているのが視界に入る。
 この人が付いてきたら面倒だな、と思っていたら救世主の声がする。

「アルムガルト、早く」

 王子殿下が公爵家の長男を呼ぶ声だ。

「僕もお菓子をいただこうと思ったのに」

 と、公爵家の長男がぽつりと零す。
 やっぱり呼ばれなかったら来るつもりだったのか。良かった、王子殿下が呼んでくれて。

「いくつか持っていけばいいじゃないですか。待ってるみたいですよ、王子殿下」

「まぁ、そうなんだけど。君ともう少し話してみたかったんだ」

 私は話すことなんてないですけどね。

「どうだろう? 僕のこともアルムって呼ばない? そこの彼を呼ぶみたいに」

「お断りいたしますわ、アルムガルト様」

 私はにっこりと笑って彼から距離をとった。物理的にも精神的にも。
 ノアのように、なんて無理だ。無邪気さがないし、腹の中で何を考えているのかが一切分からない。
 面倒臭さの度合いはコピペたちよりも上な気がする。単なる勘でしかないけれど。
 それから普通に第一印象も悪かったしな、こいつ。やっぱり関わり合いになるわけにはいかない。
 なんて思いながら、テーブルに着く。
 どれでも自由に食べていいんでしょ、と言いつつノアと好きなお菓子をいくつかお皿に盛った。

「よし、とりあえず試験合格おめでとう、ノア」

「ありがとう!」

「あとE級騎士? おめでとう」

「ありがとう!」

「ところでE級騎士って何が出来るの?」

 全くもって知らなかったのだが、E級ってことは騎士にもランクがあるんだろうな。

「E級だからね、まだ見習い騎士とそう変わらないんだ。変わることといえば、ちゃんとした剣が持てるってことくらいかな」

「ちゃんとした剣」

「そう。見習いは木で出来た剣しか持てないんだよ」

 木刀みたいなもんかぁ。
 ……待てよ? 私がそのノアが受けたと言う試験を受ければとりあえず見習い騎士くらいにはなれるんじゃないか?
 とりあえず見習い騎士になれば木刀持って歩いてもいいってことだよな?
 ってことは見習い騎士になればさっきの公爵家の長男みたいに絡んでくる奴がいたらその木刀を振り回せばいいのでは!?

「……トリーナ、剣は持てるけど、訓練以外では使えないよ」

「え?」

「今、剣が持てるって便利だな、みたいなこと考えてたよね?」

「思っていませんわね」

「嘘だ。語尾が変なお嬢様言葉みたいになるときのトリーナは大体嘘ついてるか何かを誤魔化してるか変なこと企んでるかのどれかだもん」

 ちっ、ノアが学習しやがった。
 そんな話をした後、しばらく二人はお菓子に夢中になっていた。
 その間ずっとピアノのほうから不協和音が聞こえているのが気持ち悪くて仕方がなかったけれど、お菓子はとても美味しい。さすがは王宮内で出されるお菓子。
 あともう一つ気になったのは、公爵家の長男ことアルムガルトの視線だ。

「そういえばトリーナ、ランス公爵家のお兄さんと仲良かったの?」

「は?」

「さっき喋ってたから」

「喋ってたっていうかあれは絡まれてただけよ」

「ふぅん。公爵家の人とお話したのに、トリーナはあんまり嬉しそうじゃないんだね」

 何を言ってるんだろう、とお菓子からノアに視線を移すと、ノアはきょとんとしていた。純粋な疑問をぶつけました、って顔をしている。

「じゃあ逆に聞くけど、ノアはあれに足を引っ掛けられて嬉しかった?」

 あれ、とはもちろんあのアルムガルトとは別の公爵家の息子たちのことである。
 あれだって一応は公爵家の人間だろうよ。

「え? 全然。嫌だったよ」

「それと似たようなもんよ。足を引っ掛けるほど野蛮ではないけどさ」

「え、何かされたの?」

「いーや、普通に会話しただけ。表面上はね」

 嫌味言われたり文句言われたりしたけど、基本的には普通に会話をしていた。最終的にはその普通さが薄気味悪かった、って感じかな。
 なんて、ノアにそこまで言うつもりはないけれど。

「……そっか。ね、トリーナ」

「ん?」

「俺、E級だけど、でも騎士になったんだ。だから、俺がトリーナを守ってあげるね」

 何を言い出したのかと思えば、なんて笑いそうになったけど、ノアの顔が思ったよりも真剣だったので笑うに笑えなかった。
 だがしかし。

「……いや、でも大丈夫? 今のところ私のほうが強くない?」

「うぐ……」

 ノアは返す言葉を失っていた。

「すぐに俺のほうが強くなるもん」

「まぁ頑張りたまえよ」

 そんなことを言いながらくすくすと笑っていると、目の前を何かが横切っていった。
 そして次の瞬間、ピアノのほうからずっと聞こえ続けていた不協和音が止んだ。




 
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