断罪上等!悪役令嬢代理人

蔵崎とら

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代理人、引きずり込まれる

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 あのすっとぼけた感じの先生がこんなにも教育熱心だとは思っていなかった。
 しかしすべては私の油断が蒔いた種だ。文句は言うまい。

「トリーナ、なんか疲れてる?」

 生徒会室に設置されたソファにぐったりと寝そべっていると、王子殿下に声をかけられた。

「見ての通り」

 この状態で疲れてないとでも思ったか、と私は眉間に皺を寄せながら王子殿下のほうを見る。
 すると、そんな私と目が合った王子殿下はふと苦笑を零した。

「大丈夫? というかそんなに勉強してどうするの?」

 どうやら王子殿下は呆れているらしい。
 それもそうだ。こんなに勉強したって、将来はこの国の王妃になることが決まっているのだから。一応。今のところは。

「どうするもこうするも、私だってここまで勉強するつもりではなかったんだよ。ただの興味本位がこんなことになるなんてね」

 私も私自身に呆れ、苦笑を零す。

「先生はトリーナをどうしようとしてるんだろう……」

「立派な魔法使いに育てようとしてるみたいだけど」

「なんでぇ?」

「いや、なんか私がどんどん魔法を使えるようになっていくにつれて、自分はもしかしたら人に魔法を教える才能があるのかもしれないっつって調子に乗ってた」

「先生はトリーナが未来の王妃だってこと覚えてる?」

「多分覚えてないんじゃないかな。覚えてないっていうか興味がないっていうか」

 そもそもあの先生は二つのことを同時進行でこなせるようなタイプではないようだし、今は私のことを立派な魔法使いにすることに集中している。
 おそらく他のことなど考えてすらいないだろう。
 なんて、先生に対して勝手に呆れていると、王子殿下が小難しい顔をしながら首を傾げていた。

「王妃が魔法使いだなんて前例がないな……」

 まぁ普通は高位貴族の大人しいお嬢様がその座についているだろうから、ここまで必死こいて勉強してる人なんていなかったのだろう。
 本来この立場にいるはずの、私が現在代理を務めているあの可哀想な少女も周囲の期待に応えるべく大人しくおしとやかな淑女をやっていたし。演じてた感じだったけれど。自分を押し殺すように。
 しかしあの少女の過去の映像を見たのはもう昔の話だから、正直少しずつ忘れかけている。もちろんあることないこと難癖付けて断罪した挙句婚約者を掻っ攫って行った女に対する復讐心は忘れていないけれど。
 出来ることならもう一回改めてあの映像を見たいな。
 見たいときに見られる再生機能があればいいのに。
 それと、少し気になるのは少女が死んでしまったあとのこと。
 そう遠い未来ではなくなってきたので、そろそろ復讐方法も考え始めなければならない。
 婚約者を掻っ攫ったあの女は、当然王子殿下と幸せになったのだろう。
 その幸せをぶち壊すとしたら、あの少女の敵討ちをするとしたら、何が一番効果的なのか。
 そしてその敵討ちの際、この王子殿下はどうしてやろうか。
 今現在、この王子殿下に恨みはないけれど、この先あの映像のように裏切られるのならばあの女と同罪だ。許す気にはならない。
 ただ、裏切る気配すらなく、疲れた私を見てちょっと心配してる王子殿下を見ると少しくらい手加減してやろうかなと思ってしまう。
 情が移るってこういうことなんだろうな。
 いっそ清々しいくらいに裏切ってくれたらいいな。そうすれば、こっちも心置きなく敵討ちが出来るから。

「まぁ……いいか。とにかく、そんなに疲れるならほどほどにな」

「ん? ああ、私だって出来ることならほどほどにしときたいわ」

 あの先生、自分が夢中になり始めたら他人のペースなんか知ったこっちゃないからな。
 未だにソファの上でぐったりと寝ころんだまま、大きなため息を零していたその時、バーン! とド派手な音を立てて生徒会室の扉が開く。

「さあトリーナ! お勉強の時間だ!」

「出たよ」

 そんなこんなで、今日も今日とて資料館に連行決定です。
 ぐったりしながら疲れたとか言ってたけれど、この資料館に来てしまえばなんだかんだでワクワクしてしまうんだよな。
 なんか意味わかんない本とかを見るのも案外楽しくて。
 資料館内では魔法を使えないので先生のスパルタ化についても心配しなくていいしな。
 そんなことを考えながら、本棚と本棚の間を先生と共に歩く。
 基本的に一緒に行動するけれど興味がある本があれば好きに読んでいいよ、みたいなスタンスなので私の視線は常に本棚のほうを向いている。
 高い高い本棚に、みっちりと本が詰め込まれている様子は圧巻で、見ているだけでワクワクする。
 あとたまに変なタイトルの本とかが紛れてるのも面白いんだよな。
 前回来た時、帰り際にちらっと見かけた「魔力を馬鹿にするやつはハゲる」って本が気になって夜しか眠れないんだけどあの本はどの棚で見かけたんだったか。

「ん……?」

 どの棚もみっちり詰まっているのに、一部が空になっている棚が目に入った。
 誰かがごっそり持って行っているのかとも思ったが、今日は私と先生以外に人はいなかった気がする。
 いや、でもこの資料館にあるものは例の窃盗事件以来持ち出せなくなっているんだから、私が気付かなかっただけで誰かがいたのかも?
 どちらにせよこれだけごっそり持っていくってことはこの辺のジャンルは面白いのだろうか?
 そう思った私は、一部が空になっている箇所の近くにあった本を手に取った。
 表紙にも背表紙にも文字はない。おかしな本だとは思ったが、そもそもこの資料館には普通の本のほうが少ないので気にはならない。
 そっと表紙を開くと、ほんの一瞬だが目の前が暗くなった気がした。本当に、気のせいかと思うくらいほんの一瞬。だから、その時の私は気が付かなかったのだ。何もかもに。

『昔々あるところに、とても可哀想な少女がいました』

 表紙に何も書いてなかったからどんな内容なのかと思えば、昔話が始まったわ。

『少女は親の決めた好きでもない人と婚約をします。いい子でいようとした少女は両親の期待に応えて、応えて、応えて、自分を押し殺したまま、我慢して、我慢して、ついに壊れてしまいました』

 ……あれ? これ日本語じゃね? と思ったときには遅くて、私はいつの間にか本の中に引きずり込まれていた。
 引きずり込まれた先では、あの日、私が見せてもらったあの少女の人生が繰り広げられている。
 あの日と少し違うのは、単なる映像ではなく、没入型だということだろう。
 手を伸ばせば触れられそうな位置に少女や王子殿下がいる。しかし、触れることは出来なかった。そこにいる人も、そこにある物も、実体を伴っていないから。
 リアルに見えるけれど、リアルじゃない。だから少女や王子殿下からもこちらが見えていない。
 結局不思議な映像だ、と己の頭が理解してくれるまでにまあまあの時間を要した。
 そのまあまあの時間の中で、少女はどんどん追い詰められていく。
 あの女に嵌められて、婚約者を奪われて、立場を、居場所を奪われて。何もかもを奪われて、最後は命までも奪われてしまう。
 最終的には自殺だったけれど、全ての原因を作ったのはあの女だ。
 やはり、何度見たってあの女だけは許せない。許さない。

「あ、れ……?」

 あの日見た映像は、少女の死をもって幕を閉じたのだが、今回はまだ続くらしい。

「丁度見たいと思ってたやつじゃん」

 都合が良すぎて気味が悪いけれど、一応見るだけ見よう。
 少女は最期に『私が何をしたって言うの? ただ頑張っただけなのに』と言い残してこの世を去った。
 その言葉が耳に残ったまま、私はあの女がいる場所を目指した。
 どこにいるのかなんて知らなかったけれど、どうやら足を動かすだけであの女の場所に行けるらしい。なんと都合のいい。……まぁ映像だしな。

「お、いたいたクソ女」

 あの女を見付け、私は早速そのすぐ側で女を観察することにした。
 女は王子殿下の腕に巻き付くようにしてべったりと張り付いている。顔には不気味な笑顔を浮かべながら。その姿はさながら蛇のようだった。
 そして、ちらりと覗いた王子殿下の顔に表情はない。それがなんとも言えず異様だった。
 私の知ってる王子殿下は、アシェルはこんな顔しない。
 もちろんボケっとしてて無表情になってる時はあるけれど、こんなに血の通っていない人形のような顔なんて見たことがない。
 一体何がどうなったらこんな顔をするようになるのか、考えを巡らせようとしていたその時、二人の前に息を切らした騎士服の男が現れた。バタバタと音がしていたので走ってきたのだろう。

「殿下の元婚約者……いえ、罪人が、自害を」

 罪人であるあの少女が刑の執行前に自らの命を絶ったという知らせだった。
 それを聞いても、王子殿下の表情は変わらなかった。それどころか、極々小さな声で「そうか」と零しただけだった。そのビー玉のような目に、目の前にいるはずの騎士服の男は写っていたのだろうか。
 そして、この王子殿下を少女から奪い取った女はさぞ嬉しそうな顔をするのだろうな、と予測はしていたけれど、確かにしっかりと予測はしていたけれど、ダメだった。
 私は思わず女の顔面を目掛けて拳を突き出した。今ここに実体がある状態だったら、おそらく女の顔面の形が変わるレベルの強さだったと思う。
 だって笑ったんだもん、この女。ニヤリと、勝ち誇ったように。
 そうして腹立たしく弧を描いた唇が、薄く開かれる。何かを言おうとしている。
 何を言うにしろ最低な言葉を吐くに違いない。分かってる。分かっているけれど、想定以上に酷い言葉を吐いたとしたら、現世で出会った瞬間、右ストレートをぶちかましてぶっ飛ばしてしまうかもしれない。

「トリーナさん! トリーナ!!」

「あぁん!?」

「えぇっ!?」

 肩を揺さぶられる感覚で現実世界に引っ張り戻された。
 私の肩を揺さぶっていたのは先生で、私は直前まで本の中でガチギレ寸前状態だったため思いっ切り睨みつけてしまった。しかも怒声を漏らしながら。やっちまったな。

「だ、大丈夫? 何見てたの?」

「何って、その本……あれ?」

 私が持っていた本はいつの間にか先生に取り上げられており、現在先生の手元にあるその本の中身は真っ白になっていた。

「数ある本の中からよりによってこんなのを選ぶなんて。この本はね、持った人の魔力を勝手に吸いあげてその人にとって都合のいい夢を見せる本だよ」

「都合のいい夢……」

 確かに都合よくあれこれ見たい物を見せてくれた。
 そういうことならば、もう一度その本に触れれば、私が本当に見たかった少女の死後の世界が……あの女と王子殿下の未来が見られるじゃないか。

「先生、貸してください」

「ダメだよ!」

 先生はそう言って、本を己の頭よりも上にあげてしまった。背の低い私には到底届かない高い位置に。腹立たしい。

「なんで!」

「だから、この本は勝手に魔力を吸いとるんだって。君の魔力が枯渇する!」

「しない!」

「するってば!」

「じゃあ先生の魔力を貸してください!」

「えぇっ!?」

 私があまりにも食い下がるから、先生もドン引きしている。しかし、見たいのだから仕方がないだろう。

「そんなに見たいの?」

 普段絶対にわがままを言わない私が必死になっているからか、先生も興味を持ち始めたようだ。

「もう少しだけでいいので」

「うーん……少しだよ? 共倒れになるわけにはいかないからね」

「はい」

「先生も同じものを見ちゃうけどいいの?」

 先生の魔力を借りるということは、一緒にその本を持つということで、結果的に一緒に見てしまうことになるらしい。
 後で冷静に考えたら、見せるわけにはいかなかったんだと思う。
 けれど、その時の私は冷静ではなかった。
 あの女のにたりとした嫌な笑顔のせいで頭に血が上り切っていたのだから。




 
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